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計算士と空中戦艦  作者: ディープタイピング
第2部 戦線拡大編
23/72

#23 長射程

『最大戦速! 敵艦隊を追うぞ!』


 副長の号令が響く。機関がけたたましく回り、後部プロペラが空を切る音がこの後部ゴンドラにまで響いてくる。

 が、私は砲長に意見する。


「砲長! このまま前進するよう進言願います!」

「カルヒネン曹長、敵までの距離は13000メルテ、左に舵を切り接近せねば、射程内に入らないぞ!」

「そうです! ですが、このまままっすぐ進めば、敵艦隊を風下に捉えることができます! そこで高度差を確保すれば……」

「そうか、射程外(ロングレンジ)砲撃か!」


 砲長は即座に私の意図を理解する。それを艦橋に伝える。


「砲長、意見具申!」

『具申、許可する。なんだ?』

「はっ、進路そのままで25000メルテほど前進した後に転舵し、敵を風下に捉えるよう進言いたします!」

『風下に捉える? なぜ、そんなことを……ああそうか、そういうことか』


 副長も、砲長のこの意見の意味を解し、進言を聞き入れた。


『進路そのまま、両舷前進いっぱい!』

『前進いっぱーい!』


 以前にやった戦術を、我々は再現することを選んだ。すなわち、風上からの射程外(ロングレンジ)砲撃だ。高度差は500、しかも積乱雲の近くということもあり、風の流れが以前より大きい。私は雲の動きから風速を予測し、どの程度射程が伸びるかを算出する。


「砲長、最大射程で8400メルテは行けます!」


 その結果を、即座に砲長に伝える。予想通り、通常の7800メルテを大きく上回る射程を得ることができると出た。数で圧倒的に不利な我々にとって、その敵と張り合えるだけの有利点(アドバンテージ)がこの長射程からの攻撃である。


「おう、俺のカードも、東方向に『力』と出た、行けるぜ!」


 別に誰も要求していないリーコネン上等兵の占い結果でも、吉と出たらしい。が、占いでもそうだと言われても、何の援護にもならない。むしろ気が散る。頼むから少し、黙っててくれないだろうか?

 だが、そんなリーコネン上等兵がおもむろに機関銃の弾倉を担ぎ出す。それを左舷(ひだりげん)側の機関銃に取り付けて、構える。

 不思議に思った私は、リーコネン上等兵に尋ねる。


「リーコネン上等兵、なぜ、機関銃を?」

「南東方向に『悪魔』のカードが出た。つまり、何か来るってこった」


 と言いながら、機関銃を構える。そんな適当な占い結果だけで、砲長の許可なく機関銃を動かそうとしているのか? 当然、砲長もそれを咎める。


「おいリーコネン上等兵、まだ攻撃命令は出していないぞ。すぐに戻せ」


 ところがだ、リーコネン上等兵が叫ぶ。


「来たぜ、正面!」


 その声に呼応するように、砲長も私も機関銃の先を見る。その先の見えた光景に、驚愕する。

 筋城の雲の影から、小型の飛行船が飛び出してきた。アブローラ級、つまり敵の偵察艦が姿を現した。距離は200メルテあるかないかまで迫ってきたその偵察艦が、左に大きく旋回する。


「砲長、攻撃命令!」


 リーコネン上等兵の叫び声で、砲長は我に帰る。そして攻撃命令を出す。


「機銃射撃始め、撃てーっ!」


 待ってましたと言わんばかりに、リーコネン上等兵が機関銃の引き金を引く。バリバリと音を立てて、13ミルメルテの銃が火を噴いた。

 旋回中の偵察艦のどてっ腹に、曳光弾が弧を描くように飛翔する。その光の先が、徐々にその小型飛行船の気嚢(きのう)へと向く。

 慌てたのは、偵察艦の方だ。こちらが予想以上に早く攻撃し始めたため、回避のため急加速する。同時に、敵艦からも機銃弾が放たれるが、急な加速に追従できず、我が艦の前側をかすめる。

 その間に、リーコネン上等兵の放った機銃弾が敵艦の上部、すなわち、水素の詰まったあの巨大袋を貫く。

 バーンという破裂音と同時に、あっという間に100メルテほどの船体が火だるまに覆われる。その白い炎の熱が一瞬、こちらにも届く。私の顔面と、計算尺を握る左手の甲にも、その熱線が浴びせられた。浮力を失ったゴンドラが、高さ4000メルテほど下に広がる針葉樹林に向かって真っ逆さまに落下していく。

 何度見ても、おぞましい光景だ。ましてや接近戦となれば、その光景がより生々しい。ゴンドラにいる搭乗員が両手を挙げたまま、地面に吸い込まれていく様を私は目にする。たとえ憎い敵国人とはいえ、それはもう目を覆いたくなるような惨状だ。

 が、戦いはまだ終わっていない。いや、始まってすらいない。

 我々が落とすべき敵は、はるか8000メルテ以上先にいる。


「砲撃射撃同時戦だ。偵察艦はもう一隻存在しているはず。その攻撃を防ぎつつ、敵の爆撃艦を仕留める」


 砲長がそう告げると、私は我に返って望遠鏡を手に取る。窓の外、左舷(ひだりげん)方向にいるはずの敵艦を捉える。

 いた。距離にして、およそ8000超。しかし、見えたのはサラトフ級、つまり戦艦の方だ。爆撃艦はどうやら、積乱雲の手前の雲の中に隠れたらしい。


「砲長、戦艦の姿しか見えませんが」


 私はそう告げる。すると砲長は、私にこう返す。


「サラトフ級とはいえ、逃すわけにはいかない。あと30分もすれば、残りの2隻もこちらに到着することになっている。爆撃艦一隻を相手にするのはたやすいが、戦艦がいれば障害になる」


 つまり、あれを沈めろと砲長は私にそう告げているようだ。無言で頷き、私は計算に入る。

 敵艦までの距離は8200。雲の流れから風速を読み、この時期の上空の風も考慮する。さらには積乱雲の作り出す追い風も考慮し……それらを複雑な弾道計算式に入れて、再び望遠鏡を覗く。

 そして私は、砲長にその結果を告げる。


「砲長! 仰角46、艦主軸左87.3度、装填火薬7袋、時限信管設定40秒!」


 それを聞いたキヴェコスキ兵曹長が、すぐに砲弾のダイヤルを回して砲身に詰め込む。二人の砲撃手が、その後から7袋を放り込む。


「仰角46、左87.3!」


 尾栓が閉じられると、砲長の号令と同時に砲身が動き出す。猛烈な速さで回されるハンドルに合わせて、左方向にその砲の先が向く。

 が、砲身がまだ向きを変え終わらぬうちに、リーコネン上等兵が叫ぶ。


「おい、来るぞ!」


 こいつ、どこに目がついているのだろうか。その銃口の先を見ても、何も見当たらない。が、すでに安全装置を外して構えている。それを見た砲長が、この機関銃士に命じる。


「今は回避運動はできない、上等兵の判断で撃て」

「了解っ!」


 と、まさに主砲が敵艦目掛けて放たれようとしているその時、再び雲の中から小型の偵察艦が飛び出してきた。が、その動きを読んでいたかのごとく、リーコネン上等兵が銃を放つ。

 ババババッという乾いた銃声の連射音が轟く。不意を突かれた偵察艦は大きく向きを変える。ゴンドラがグラっと揺れる。この銃声音が響く中、キヴェコスキ兵曹長が叫ぶ。


「仰角46、左87.3! 砲撃用意よし!」

「砲撃始め、撃てーっ!」


 砲長の号令とともに、主砲が砲火を放つ。回避する偵察艦の気嚢をかすめ、砲弾は敵戦艦に向けて飛び出していく。

 一方でその偵察艦は向きを変えて離脱しつつ、雲の中へと逃げていく。敵が機銃の有効射程である200メルテ以下まで接近できなかったために、こちらの銃撃が届かなかったようだ。


「ちっ、逃げられたか!」


 悔しそうに悪態を吐くリーコネン上等兵だが、それにしてもこいつ、よく敵艦の現れる場所が分かったな。

 と思いつつ、よく見ると、手元であのカードを切っている。何度かカードを繰った後に3枚だけ取り出して、それを扇状に広げている。


「右前に『愚者』か……」


 などとぶつぶつ言いながら、銃身をやや右に傾ける。こいつまさか、敵の現れる方向を「占って」いたのか?

 その逃げた偵察艦を捉えられないまま、弾着の時間を迎える。


『だんちゃーく、今!』


 弾着を告げる観測員の声を聞き、私はサラトフ級のいる方角へ望遠鏡を向けた。まさにその戦艦の手前で散弾式砲弾が炸裂した際に発する煙が見える。が、その下にいるサラトフ級は依然、何事もなく浮いている。

 外した、か。

 そう思った私が、次の計算を始めようとしたその時だ。白い光がパッと見えたかと思うと、サラトフ級が火に包まれた。あっという間にその巨大な船体はしぼみ、気嚢の下にぶら下がっていた二つのゴンドラが炎に包まれながら落ちていくのが見える。


「第二射、用意よし!」


 だが、戦闘はまだ終わらない。当然だが、爆撃艦が健在のままでは我々が矛を収めるわけにはいかない。この短時間に二隻を沈めたが、王都を爆撃されては元も子もない。必死の索敵が続く。

 が、その間にもあの偵察艦が執拗にこちらを狙ってくる。再び小型の偵察艦が雲の中から姿を現す。今度は姿を現すと同時に、銃を撃ってきた。

 が、こちらも同時に銃を放つ。大きな気嚢を持つ船体同士が、わずか150メルテまで迫っている。バリバリと響く機関銃と、そこから飛び散る薬きょう。しかしあちらがまだこちらへの攻撃が続く間に、こちらの銃声が止む。


「ああ、くそっ! 弾切れだ!」


 持っていた弾倉の弾が尽きた。空になった弾倉を外してそれを捨て去り、真ん中の支柱の下にある容器に詰められた弾倉を取ろうと、リーコネン上等兵は銃から離れる。

 が、キヴェコスキ兵曹長がその箱容器から弾倉を一つ取り出してリーコネン上等兵に投げるように渡す。それを機関銃士が慌てて受け取る。


「爆撃艦が見つかるまで、俺が弾を渡してやる! おめえは銃を離れるな!」

「お、おう!」


 正しい判断だ。新しい弾を得た機関銃は再び火を噴く。が、互いが互いを当てられないまま、再び偵察艦に逃げられてしまう。


「おい、まだ爆撃艦は見つからねえのかよ」


 ガチャガチャと機関銃に弾倉を突っ込みながら、この銃士は私に向かって叫ぶ。


「観測員だって必死に探してるんだ、それで見つからなきゃ、しょうがないだろう」

「ちっ、しゃあねえなぁ」


 私の返答を聞いていたのか否か、窓の外を眺めたままカードを繰り出す。機関銃の取っ手を持ったまま、カードをさばいている。器用ではあるが、正直、何の役に立つのか。

 などと思う内に、この上等兵は3枚のカードを取り出す。それを表して扇状に並べ、こう述べる。


「後ろが『隠者』、前が『死』、横が『愚者』の逆か……こりゃあ、敵は後ろにいるな」


 ローブをまとった男の描かれた札、その横が無邪気な男児、そして死神の図柄が並ぶ。ただし、真ん中のカードだけが上下さかさまだ。

 こんなカードを見て、どうして敵が後ろだと言えるのか?


「おい、何をわけの分からないことを……」

「まあ聞け、隠者とは、巧みに隠れているやつのことだ。だから、爆撃艦が隠れるさまを現しているんだよ」

「それじゃ聞くが、横と前にはどんな意味があるというのか?」

「このまま前進を続ければ、爆撃艦を逃して王都に『死』が訪れる。んで横に進んだら進んだで、他の艦に先を越されるっていう中途半端な行為になると言ってるんだよ」

「はぁ? 意味が分からん」

「ともかくだまされたと思って後ろを見てみろ。そこに爆撃艦がいる。間違いねぇ」


 と、自信満々に私にそう宣言する機関銃士ではあるが、そんなどうとでも解釈できそうな絵柄を見せつけられて、はいそうですかとはならんだろう。

 とは言いつつも、私は渋々後方に望遠鏡を向ける。たかがカードをめくったくらいで、未だ見つからない敵艦の位置が特定できるなら苦労はしない。ことはそれほど単純ではないから、未だに戦争は終わらない。

 などと思いつつも、ともかく決め手がないのは事実だ。とりあえず、後方も見ておこうという程度で観測を始めたのだが、ちょうど後方にあって積乱雲に吸い込まれつつある帯状の雲の中に、何かが見える。

 うっすらと姿を見せる、白い気嚢(きのう)のようなもの。それは大型艦特有の幾筋もの放射状の縫い目を持つ、飛行船の上部。

 おい、本当に後ろにいたぞ。私は自身の目を疑うが、やはりそれは飛行船らしき物体。が、私の目と観測器具では判別できない。

 そこで私は、伝声管で観測員に向かって叫ぶ。


「砲撃室より観測所! 後方、6時方向、艦影らしきものを視認!」


 しばらく沈黙が続くが、やがて伝声管から観測員から返答が来る。


『艦影視認、ペロルシカ級! 6時方向、距離8300、積乱雲の周辺雲内を航行中!』


 やはりあれは、探していた敵の爆撃艦だ。それを聞いた副長が、転進を命じる。


『転舵、反転! 取り舵いっぱい!』

『とーりかーじ!』


 ググッとゴンドラを吊るすロープがこすれる音が響きながら、大きく船体が向きを変え始める。

 距離は8300と、射程外。方角も、爆撃艦は後方におり、もはや風下とはいえない。一度後退し、射程内に捉えるまで移動してもらうか?

 いや、あのままでは再び雲の中に入って、姿を消される可能性が高い。そうなれば、逃げられてしまう。

 ふと私は、雲の動きを見て思いついたことがある。そうだ、あれのすぐ傍には積乱雲がいる。ということは、あの雲の中心に向かって風が……望遠鏡を片手に、今にも雲の中に消えそうな爆撃艦の気嚢の周囲の雲の動きをつぶさに観測する。

 そして、計算メモに書かれた予測式に、ある項を付け加える。そして計算尺を構え、観測数値を書き並べて計算を開始する。

 この新しい計算尺の滑りは良好だ。私の意思を組み、ピタッと止まる。目盛り線もにじみがなく、読み取りやすい。カリカリと音を立てる鉛筆の先が、その目盛り値を次々に書き出していく。

 それらを加算し、最後にもう一度、望遠鏡を覗く。もう大部分が雲に覆われて、今にも見失いそうな爆撃艦の気嚢を捉えつつ、私は叫ぶ。


「砲長! 仰角45.9度、左143度、火薬袋7、時限信管32秒!」


 これを聞いた砲長は一瞬、硬直する。真後ろの敵を狙うのに、角度が浅すぎる。おまけに信管の設定時間が短すぎる、と。

 が、そこは砲長だ。私の意図を理解しないまでも、それを砲撃手らに伝える。


「信管32秒、7袋投入、急げ!」

「アイサーッ!」


 キヴェコスキ兵曹長の太い腕が25サブメルテの砲身に詰める砲弾を抱え、その後ろに付いたダイヤルをねじっている。弾頭が放り込まれると、2人が7つの火薬袋を詰め込んで、すぐに尾栓を閉じる。


「仰角45.9、左143!」


 私の指示値通りに砲身が回り出す。砲身とハンドルをつなぐチェーンがじゃりじゃりと音を立てつつ、未だかつてないほど後ろ向きにその砲の先が向けられる。もはやその砲身はゴンドラとほぼ平行と言えるほどの向きを向いている。クレーンの先に吊るされた砲身は、まるでこの艦とは別物のように離れてしまった。この砲身がこれほど向きを変えられることは承知していたが、いざそれを目にすると、違和感が半端ない。


「砲撃用意よし!」

「よし、撃てーっ!」


 25サブメルテの砲が、火を噴いた。グラッとゴンドラが前後に揺れる。未だかつてない方向の衝撃だ。が、弾頭は予定通りの方向へと飛翔していく。

 その時だ、その存在を忘れかけていたあの艦が、右脇に広がる雲の壁の中から飛び出してきた。

 あっと思うまもなく、そいつは向きを変えて機銃を構えてくる。距離は50メルテ。もはや、手が届きそうなほどに迫る敵艦を前に、為す術もない。弾頭を撃ち放ち、空になった砲身もこの偵察艦とは逆向きにある。

 これは、撃たれる。

 私は慌てて頭を抱え、床に伏せる。他の砲撃手も、砲長も同様だ。が、一人だけ立ったままの者がいる。


「これでお終いだ、食らえ、悪魔め!」


 そう叫び、いつの間にか右機関銃に弾倉を付け替えていたリーコネン上等兵が、狙いすましていたかのように銃口をその偵察艦に向けていた。引き金を引き、バリバリと銃声が鳴り響く。

 その薬きょうが、伏せる私の前にジャラジャラと落ちてくる。当たったのかどうかは、ここからでは見えない。が、次の瞬間にそれが命中したことを知る。

 バンッとものすごい音とともに、真っ白な光が右舷(みぎげん)側を覆う。その爆風で、ゴンドラが揺れる。かなりの至近距離で、大きな爆発が起きたことをそれは示している。

 慌てて私は立ち上がる。目の前にはあの偵察艦のゴンドラ――といっても、もはや着火した薪木のような状態だが――が、目前を落ちていくのが見える。その窓には、両手を挙げて窓に張り付く兵士の姿が見える。


「やったぜ!」


 奇襲攻撃をかけたが、予想以上の反撃に為す術もなく落ちる偵察艦。形勢逆転、まさにリーコネン上等兵の読み通り、というわけだ。

 が、最期にあの窓際に立つ敵兵の悲壮な顔が、目に焼き付いている。もろ手を挙げて喜べる状況ではない。そしてそのゴンドラはまだその兵士を乗せたまま、火に包まれながらも落下していく。

 なんという残酷な光景だ。敵とはいえ、一人の人間の命が目の前で奪われていく光景を間近で目撃してしまった。心臓がバクバクと音を立てて私の胸の内側を叩く。しかしだ、あちらが先に撃っていたら、ああなっていたのは我々かもしれない。

 そんなことを考えているうちに、先ほど放った砲撃が弾着時間を迎える。


『だんちゃーく、今!』


 観測員からの弾着の合図が響く。が、すでに爆撃艦は雲の中に潜り込み、姿が見えない。何かが起きている様子も、ここからは観測できない。

 いや、これは狙い通りだ。早めに炸裂したであろう散弾は、いつもとは違う軌跡を描いて飛んでいるはずだ。

 その弾着合図から遅れること2秒、その敵艦がいる辺りの雲から、真っ白な光がパッと輝くのが見えた。砲長が、私に尋ねる。


「おい計算士、狙い通りなのか?」


 あれが爆撃艦の放った最後の光だと推測しての質問だろう。私は答える。


「早めに炸裂させた散弾は、積乱雲に向けて吹き付ける風に乗って、軌道を大きく変えます。ちょうどその着地点があの爆撃艦に向くよう、計算しました」


 それを聞いた砲長が、伝声管に向かって叫ぶ。


「砲長より艦橋、ペロルシカ級、撃沈確実と推測される!」


 これを聞いた副長が、即座に返答する。


『砲長へ、これより当艦は、敵艦の撃沈を確認するため転進する!』


 雲の中にいたため、本当にあれが我々の追っていた爆撃艦かどうかが確認できない。このため、あれが落ちた場所へ向かい、それを確認しようというのである。


『転舵、反転! 取り舵一杯!』

『とーりかーじ!』


 大きく左側へ向かって転進を始めるヴェテヒネンだが、ちょうど向きを変えて前進を始めたところで、さっきの光が爆撃艦のものであったことを確実にする事象が起きる。

 積乱雲が作る影、すなわち、その真下の局所的に風雨吹き荒れる場所から、真っ赤な炎が一瞬、立ち昇った。雨に晒されているはずのそれは、その雨にも負けず黒煙を噴き上げている。

 あれは焼夷弾の作り出した炎と煙であることは、一目瞭然だ。これをもって我々は、爆撃艦の撃沈を確信した。

 まさにそれは、私の弾いた計算の勝利でもあった。

 が、さっきの光景が目に焼き付いて離れない私は、その勝利を素直に喜べなくなっていた。


「まさか、積乱雲を隠れ蓑にして接近を試みるとはな」


 それから数時間経ち、念のため爆撃艦の撃沈を確認するため積乱雲のすぐそばまで接近、焦げたペロルシカ級のゴンドラを確認した後にブリーフィングが行われる。艦橋のテーブル周りに集まったのは、艦長と副長、主任観測員、砲長と私、そして機関銃士である。

 艦長のこの一言に、副長が答える。


「この時期は、積乱雲の発生が多い。そのことを考慮すべきでした」


 敵もいろいろと考える。やはり相手は大国だ、こういう工夫を考えるやつが大勢いるのだろう。つくづく、オレンブルクという国の大きさを見せつけられる。が、そこで息巻くやつもいる。


「だから俺の占い結果を最初から信じてくれりゃあよかったんだよ。言ったじゃねえか、北東方向にいるって」


 と、砲長に向かって勇ましい物言いだ。が、砲長がこれに反論する。


「いや、占い結果を戦術に反映することはできない」

「はぁ? なんでだよ」

「簡単なことだ。それがいつも正しいと、どうやって証明する? その占いは万人が扱えて、再現性のあるものなのか?」

「それは……」

「我々は軍隊であり、命を懸けて任務を遂行する必要がある。不可解な方法ではなく、明確な理屈に裏打ちされた手段でなければ、その命は預けられない。それが、私が計算士の結果を信じ、占いを信じない理由だ」

「う……」


 実に明解に、砲長はこの自称占い師を論破した。確かに、砲長の言う通りだ。私の導く予測は力学理論に基づいたものであるし、今回の敵航路予測を外した理由も積乱雲が原因と分かったから、次からは同じ手は通用しない。この振り返りと改善の積み重ねのない手段には、たとえそれが正確だと分かったところで頼るわけにはいかない。


「……が、今回の戦いでは、その占い通りであったことは事実ではある。その結果を採用しないまでも、参考にすることはあるだろう。機関銃士は今後、そのように心得てくれ」


 この砲長の一言に、リーコネン上等兵はやや不満げな表情ながらも、無言で敬礼してその言に同意したことを示す。完全に占いが否定されなかっただけ、こいつの進言も無駄ではなかったというわけだ。

 が、それにしても不可解だ。

 あんな薄っぺらいカードの出す予測が、どうしてあれほど的中したのか。偶然にしては、出来過ぎている。私の持つ手段とは相反する妄想的なその予測手法に、これまでとは違う印象を抱かざるを得なくなった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 計算の悪魔に占いの魔女、おっかない艦だなぁ…(^_^;) これで何隻沈めたのだろう… 25回出撃達成したら帰れるとかは、…ない? [気になる点] 敵とはいえ、なすすべもなく落ちていくの…
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