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計算士と空中戦艦  作者: ディープタイピング
第2部 戦線拡大編
22/72

#22 嫌悪

「……てことで、この先、戦争が終わってから向こう、平穏に暮らせるってことだぜ」

「へぇ、そうなんだぁ」


 マリッタのやつ、あの機関銃士のカード占いを受けている。なんでも、自身の将来について占ってもらっているらしい。

 が、たかが22枚のカードの組み合わせだけで、弾道計算よりも複雑な人生を見通せるわけがない。それっぽい言葉を並べ立て、もっともらしく騙しているだけだ。


「なんでぇ、こっちばっか見て。ユリシーナも、占ってもらいたくなってきたか?」

「まっぴらごめんだ。そんな不明瞭で再現性のない手段で、私の未来を予測などしてほしいとは思わない」

「けっ、素直じゃねえなぁ、おい」


 別にリーコネン上等兵という人物の素性に問題があるわけではない。私と違って社交的で、誰とでも打ち解ける。現に私も、戦闘に備えたブリーフィングの場ではこの機関銃士とはごく普通に話せている。

 が、占いとなれば、話は別だ。その曖昧で不確定な予測手段に対し、私は嫌悪感を抱かざるを得ない。


「そっかぁ、私の将来、平穏なのかぁ。もう一度、家族に会えたなら、私、幸せになれるんだよって報告したいなぁ」


 そんな怪しげな結論をうのみにするマリッタが、こんなことを言い出す。そう、マリッタは敵の大艦隊に追い詰められて積乱雲に突入したあの時に、家族の姿を見ていた。

 他の乗員についても同様だ。あの場にいた26人全員が各々、死んだ者を目にしている。ある者は戦友、そしてある者は家族、祖父や祖母、子供など、それぞれだ。

 いずれも共通しているのは、オレンブルクの魔の手によって葬られた者ばかりだということだ。

 だが、結局あの場所が何だったのか、どうしてあの時に亡くなった者たちと対面できたのか、まるで分っていない。ただ、あの時を境にして、我々は戦闘で感じる恐怖が薄れた、ということだ。うまく言えないが、我々は守られている。まったく根拠はないのだが、そういう確信じみたものが根底にあるからこそ、あの偵察艦による攻撃を受けても冷静に対処できた。


「なんでぇ、もう一度、家族に会うって。おめえの家族は死んだんじゃねえのか?」

「その死んだ家族にこの間、会ったのよ」

「変なことを言うやつだ。そんなわけねえだろうが」


 ところがだ、この機関銃士、マリッタの話を信じようとしない。


「マリッタはウソをついているわけではない。現に私も、それにヴェテヒネン乗員26名全員が目撃している。これは厳然たる事実だ」

「でもよ、どう考えたって、死んだ連中と顔を合わせられるわけねえじゃねえか。お前らみんな、おかしくなっただけじゃねえのか?」


 変なやつだ。占いを信じているくせに、こういう話は信じない。どうなっているんだ、こいつの頭の中は。


 終始、こんなやり取りが続く。その間も、オレンブルクの連中は我が王国を攻めることをあきらめてはいない。

 ブリーフィングを終えて、解散となりかけたその時だ。この司令本部の一角にある会議室に、一人の伝令兵が飛び込んでくる。


「報告! 空軍艦隊司令官カンニスト中将閣下より、ヴェテヒネン艦長へ緊急のご命令です!」


 その伝令兵は何の前置きもなしにこう告げ、中将閣下からの命令書を艦長に渡す。それを受け取った艦長の表情が、みるみる曇っていく。ああ、これは敵が現れたな。まさに私の予想通りのことを、艦長が告げる。


「敵艦隊が出現した。今から2時間前に、キヴィネンマー要塞の北側4サンメルテを通過したとのことだ。まもなく、ハミナ市周辺の観測所にかかるだろう。敵の規模は、サラトフ、ペロルシカ級が各1隻、さらに偵察艦型のアブローラ級が3隻、確認されている」


 奇妙な艦隊構成で進入する敵だが、昨今の状況を考えると、その偵察艦が武装済みであることは明白だろう。


「よって、我が艦はこれより直ちに出港する。総員、直ちに乗艦せよ」

「はっ!」


 大慌てで27人の乗員が出港準備にかかる。私も計算尺を腰のバッグに入れて、マリッタとともに缶詰の運び込みをする。グズグズしていたら、やつらが王都にたどり着いてしまうぞ。せめて国境を超える前に探知できたならと、いつも思う。敵に先手を取られっぱなしだ。

 が、それから一時間後には出港準備が整う。艦長のいつもの号令が伝声管越しに聞こえ、全長300メルテのこの大型飛行船が浮上を開始する。


繋留錘(バラスト)切除! ヴェテヒネン、発進する!』


 バサバサと切られるロープの音の直後、船体が浮き上がり始める。一瞬、この後部ゴンドラがグラっと揺れ、あの機関銃士がよろける。


「おっと!」


 そういえば、今度の出撃がリーコネン上等兵の初陣だったな。慣れない飛行船のゴンドラの中でふらつきながら、そばにある支柱にしがみつく。

 力強く上昇を続けるヴェテヒネンの窓の外には、王都の中央にある宮殿が見える。やがて宮殿とその周りの貴族の屋敷群ごと視界に入るほどの高度に達すると、この艦は前進を開始する。


『高度、まもなく1500!』

『よし、機関始動、前進微速!』


 後部のゴンドラ内には、けたたましい機関音が響く。後ろのプロペラがゆっくりと大きく周囲の空気をかき乱しながら、この艦を力強く押し始める。

 いつもと違うのは、この後部ゴンドラの左右に銃座が二つ、取り付けられていることだ。両側に銃身があるが、弾倉は一つで、それをリーコネン上等兵が抱えて取り付け、その銃を撃つ。機関銃士が一人しかいないから、銃身が2つあってもそれを扱うのは一人だ。どちら側に敵が来るかによって、この機関銃士が移動する。

 2人乗せる案もあったようだが、重くなりすぎると艦長が却下した。実際、すでに設計許容人数である26人と主砲を搭載しており、さらに機銃まで上乗せされたから、当然と言えば当然だ。

 とはいえ、重量増加分の強化はされている。気嚢(きのう)は少し大型化され、重量増加分の浮力は強化された。別に2人乗せても浮上性能には影響しない。

 が、機関はそのままだし、なによりもゴンドラは無改修だ。ただでさえ26人が居住するのにも困っているというのに、そこにさらに1人が加わったのである。

 しかもリーコネン上等兵は女だ。それゆえに、寝る場所が限られる。

 一言で言えば、調理場での寝床が狭くなった。


「うう、せ、狭い」

「そうかな? 全然大丈夫だよ」

「そうだぜ、おめえのそのちいせえ胸で、どこが狭いっていうんだ?」


 などと言いながら、この二人は私を前後に挟み込むようにして寝そべっている。いや、お前らのその大きめの胸が、私の居住空間を奪っているんだ。おい、特に新人の上等兵、どうしてお前が私に、これ見よがしに胸を押し付けてくる?

 とまあ、その日の晩は胸を押し付けられっぱなしで寝る羽目になる。幸いだったのは、マリッタの矛先が、私の胸からリーコネン上等兵のそれに移ったことだ。

 そんな狭苦しい夜を過ごし、迎えた翌朝。我々は敵艦隊がいるであろう、王都クーヴォラの北東700サンメルテの地点にいた。


「そろそろ、敵が見えるはずだな」


 砲撃室で、砲長がそう呟く。ここは以前、押し寄せたオレンブルクの大艦隊が通過した場所でもある。王都の北東は依然、観測所が少なく、哨戒網が薄い場所である。そこを知ってか、最近オレンブルク軍は北側を回る傾向がある。

 窓の外を見ると、僚艦である戦艦イクトゥルソと、高速巡洋艦トゥイマが見える。この3隻で単縦陣を組みつつ、敵の進路を閉そくするように展開している。


「……なかなか、現れないな」


 砲長が呟く。我々はもちろん、軍司令本部でも予測が行われ、弾き出された地点がここだ。それゆえに、自信はある。が、予定の時刻を過ぎても敵は現れない。

 何か、見落としたのか? いや、軍司令部ですら検討して出された結論だぞ、早々、誤りなはずがない。


『当艦隊はしばらくこの地点に留まり、敵艦隊を待ち伏せする。各員、留意せよ』


 もちろん、違和感はある。なぜだか分からないが、何かを見落としているような気がする。だがそれが何なのか、私に見い出せない。

 そんなやり取りが行われている真っ最中に、あの機関銃士はといえば、なにやらカードを取り出している。そしてそのカードを繰り出し始める。まさかこいつ、この状況下で占いでも始めるつもりか。

 で、何をするのかと思いきや、カードを床に並べ始める。円形に並べられた8枚のカードを眺めつつ、リーコネン上等兵がこう叫ぶ。


「南だ、南に敵がいるぜ!」


 一同、ポカンとした表情でその言葉を聞く。こいつ、何を言っているんだ。私を含め、皆がそう感じているはずだ。

 が、こいつは唖然とする我々の前で、こう述べる。


「八方位に並べたこのカードの中で、南側が『戦車』の(リバース)と出た。これはつまり、南側にはやべえ何がかいるってことだぜ」


 自信満々にそう答えるリーコネン上等兵だが、そんな薄っぺらいカードが出した結論に、この砲撃科の連中がすんなりと応じるわけがない。


「おい、何言ってんだ。まさかその占いを信じろっていうのかよ」

「決まってるじゃねえか。現に、敵が現れていないんだろう?」

「それはそうだけどよ、だからといって、占いが正しいって言えんのかよ」


 キヴェコスキ兵曹長との間で、問答が始まってしまった。が、こればかりは兵曹長に分がある。いきなり占いで敵が南にいると言われても、はいそうですかと従えるわけもない。

 だいたい、南側には観測所が多数、存在する。ハルタバルヤ、カヤーニ、そして王都クーヴォラの周辺には、網の目のように哨戒網が敷かれている。

 それをかいくぐり、接近するにはいささか無理がある。今までも王都への接近を阻んできたのは、この観測所群のおかげではある。たとえ一つが見逃しても、その他がそれを補う。それらをかいくぐって接近するなど、ほぼ不可能だ。

 そう思いながら、私は南側の方向を見る。そこには、この時期には珍しくない積乱雲が見えている。その雲を眺めながら私は、ふとあの時のことを思い出す。

 どうして、あの時、積乱雲の中があのような世界と通じていたのだろうか。そしてあの時見た光景の意味を、未だに見い出せていない。

 だが、マリッタに言わせれば、我々にはまだ使命がある、だから生かされているのだ、と。で、あるならば、我々がなすべきことはたった一つだ。

 それは、オレンブルクの野望を挫き、このイーサルミ王国の独立を勝ち取ることだ。

 そんなことを考えながら、その積乱雲を眺めていた。

 が、そこで私はふと考える。

 積乱雲というのは、大きな雲だ。その真下は豪雨が吹き荒れている。観測所が嵐の中にあれば、敵艦を見つけられないだろう。

 同時に、嵐の中を空中艦が進むことはない。操舵不能に陥ることもあるからだ。だが、もしもあの積乱雲ギリギリを飛び、あの雲を隠れ蓑にして接近すれば、もしかしたら……


「砲長!」


 私は砲長に向かって叫ぶ。


「な、なんだ、カルヒネン曹長」

「南側からの侵入ルート、ありうるかもしれません」

「なんだと!?」


 そう言いつつ私は、南側を指差す。それを見て、砲長もそれをすぐに察したようだ。


「そうか……やつら、あれを逆手にとって……」


 即座に砲長は伝声管を開き、艦橋を呼び出す。


「砲長、意見具申!」

『具申、許可する。なんだ』


 副長が砲長の呼びかけに応じる。


「敵艦隊、積乱雲に紛れて王都へ接近している可能性があります。転進し、敵艦隊の探索をすべきであると、小官は具申します」


 それを告げられた副長はしばし、沈黙する。艦長に判断を仰いでいるのだろうか。だがしばらくして、返事が返ってくる。


『我が艦のみ、離脱して探索を行う。ここに敵の艦隊が現れる可能性がある以上、全艦でというわけにはいかない』


 副長が告げた決定は、我が空軍の現状をさらけ出したものだった。この王国はたった10隻、この限られた艦艇で、広い王国を守らねばならない。ここで割ける戦力は、せいぜい一隻のみ。

 ただでさえ敵の数の方が多いというのに、さらに分散すればより不利になることは分かっている。が、どうしようもない。


「やむを得ません。敵を取り逃したとなれば、その方が重大問題です」

『そうだな、その通りだ。ではこれより本艦は敵艦隊探索のため、離脱する。航海長、取り舵いっぱい、最大戦速』

『とーりかーじ!』


 意は決する。高鳴る機関と急旋回により、ヴェテヒネンの船体が捩れながら向きを積乱雲の方向に変える。前後二つ並んだゴンドラも、ギシギシと音を立てて揺れる。間を繋ぐ、あの頼りない布製の通路が、今にもちぎれそうだ。


「最初から、俺のいう通り、南に進んでおけばよかったじゃねえかよ」


 などと愚痴るリーコネン上等兵だが、こいつ、初めて飛行船に乗ったわりには、随分と平然としている。船酔いを起こすものと思っていたが、意外にも減らず口を叩けるほど元気だ。


「まもなく、あの積乱雲までの距離20000メルテに達する。警戒を怠るな」


 それから30分ほどかけて、ヴェテヒネンは積乱雲に接近を果たす。まるで壁のようなその巨大雲を前に、我々は改めて己の儚さを実感する。

 そんな雲の表層を辿り始めた、その時だ。

 観測員からの叫び声が、伝声管を通して響く。


『9時方向、アブローラ級を視認! 距離13000メルテ!』


 敵の偵察艦が見えた。つまり我々の読み通り、敵は積乱雲にて文字通り「雲隠れ」していたと判明した瞬間だった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] よくそれだけの艦隊を繰り出せるものだ。 他国からの支援?! [気になる点] 偵察艦の武装、機銃だけでなくロケット、誘導性能をもたせたのとかにがんがん進化するのだろうな…。 艦体自体も進化…
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