#21 武装化
『敵艦、依然として接近中!』
偵察艦が急接近するという異常事態に、我々としてはなすすべがない。迎え撃とうにも、旋回しながら高速移動しているため、狙いを定められない。
「弾を込めろ! 火薬1袋、炸裂1秒、近接戦闘用意!」
が、砲長が接近する偵察艦を見て、砲撃準備を命じる。弾を込め、火薬を一袋、投入して尾栓を閉じ、砲身を偵察艦へと向けさせる。
その間にも、猛烈な速度で接近を続ける偵察艦。速力は推定300を超える。さすがは偵察艦だ。
しかし、どうして接近を?
「来るぞ! 砲撃用意!」
砲身の先が、偵察艦の方向を向く。あちらは大きく弧を描くように旋回して、こちらに船首を向けてきた。
「攻撃始め、撃てーっ!」
引き金が引かれ、ドーンと我が艦の25サブメルテ砲が火を噴く。が、それを読んでいたようで、ひらりと偵察艦はかわしつつ旋回して、こちらに側面を向ける。
相手の顔が分かるほど接近した偵察艦から、突然、けたたましい音が響く。
ババババッという連射音、と同時に砲身のあたりでカンカンと音が響く。あっという間に、その偵察艦は横を通り過ぎていった。
それを見て砲長が叫ぶ。
「機銃だ」
急に背筋が寒くなる。あの偵察艦、機銃で武装していたのか。そんな相手に、私は無防備にも立ち尽くし、身体を的のようにさらしていた。
「また来るぞ! 近接戦闘用意だ!」
ものすごい勢いで旋回する偵察艦。見ればあの艦、ゴンドラと気嚢の間が狭い。気球部分に、ゴンドラが張り付いたような姿をしている。その気嚢も、随分と細い。
尾翼も大きくなっており、あれが旋回性能を上げているようだ。つまりあれは偵察艦を元に作り上げた、接近戦に特化した艦ということらしい。
その俊敏な動きを見て、私は愕然とするしかない。
あんなもの、どうやって落とすんだ?
「今度こそ落とす、撃てーっ!」
再び接近する偵察艦に、散弾を放つ。が、ひらりとかわされて銃撃を受ける。今度は気嚢を狙われた。
『第2ガス袋、被弾!』
袋の一つをやられた。徐々に高度が下がり始める。撃沈とはいかないが、あんな近接武器しか持たない相手に、いいようにやられている。
『敵艦、旋回! 我が艦の左方向へ転進中!』
その偵察艦だが、今度は我が艦の左側面へと回り込み始めた。砲撃室では尾栓が開かれ、再び近接戦用の弾が込められているところだ。が、私はあの偵察艦の動きを見て、その狙いを察する。
(我が艦じゃない、隣の輸送艦を狙うつもりだ)
私はとっさにメモ帳を開く。そこで計算尺と鉛筆を使い、円を描く。あの偵察艦は高速で移動したまま旋回しており、目測で半径500メルテの円を描いている。その円弧をつなぐように、あの輸送艦に迫るには……
「砲長! 近接戦、火薬2袋、遅延信管1秒、艦主軸左87度で備えてください!」
その円弧の先で、機銃を発射するために側面をあの輸送艦に向けるはず。となれば、左旋回している偵察艦は一度、右旋回に切り替えるはず。そのポイントを狙えば、落とせるかもしれない。
「左87度、急げ!」
砲長もそれを察したのか、あるいは私を信頼してくれているからなのか、即座に指示を出す。真横に向けられる砲身を横目に、私は望遠鏡を覗く。
「私の合図で、発射願います!」
「お、おう!」
直接、キヴェコスキ兵曹長に合図を出すと宣言して、再び望遠鏡を覗き込む。まだ左旋回を続けている偵察艦は、舵を反転し始める。
「今!」
その動きを見て、私は砲撃指示を出す。キヴェコスキ兵曹長が引いた引き金と同時に、砲が水平方向に弾を放つ。ちょうど旋回ポイントに差し掛かった偵察艦に、散弾の雨が真正面から降り注ぐ。
ドーンという音を立てて、真っ白に光り輝く。敵艦の気嚢に直撃した。その熱を一瞬、顔に感じるほどの近さだ。やがて偵察艦は火だるまになったゴンドラだけになり、高度3000メルテを真っ逆さまに落ちていく。
「落ちた、か」
砲長が窓の外から、その軌跡を追う。眼下に広がっている針葉樹林の中で、煙を上げながらそのゴンドラは墜落する。
「一撃目が、我が艦でよかった。最初から輸送艦が狙われていたら、危なかったな」
砲長がそう呟いた通り、今回は本当に不意打ちだった。敵が戦艦にこだわってくれたからこそ、被害を最小限に抑えられたというものだ。
ヘリウムが若干抜けて高度を少し下げつつも、我が艦はその後も順調に護衛任務を続ける。そして、やっとの思いでキヴィネンマー要塞にたどり着いた。
「ご苦労だったな」
で、私はなぜか単身、要塞司令部の司令官室に呼び出される。そこにいたのは、かつてその大きな机の脇で参謀長をしていた、エクロース准将だった。
「いえ、私は今回の任務で、特に何もしておりません」
「そうか? 武装偵察艦を撃沈したと聞いたぞ」
耳が早いな。このお方には、どこに耳がついているんだろうか?
「ええ、ですが単純な円運動をしている相手を狙撃しただけですので」
「単純な円運動といえど、それを短時間で予測して弾着点を言い当てるなど、普通の人間の所業ではないな」
う、この人、まさか私を人間じゃないと言いたいのだろうか。随分と酷い扱いだ。
「まあいい、貴官のおかげで、無事に新型の要塞砲が到着した。これでまた一つ、貴官はこの要塞に貢献してくれたことになる。今後も、期待しているぞ」
そう私に告げると、この冷徹なる司令官は立ち上がって敬礼する。私も慌てて敬礼し、司令官室を出た。
「どうだったか?」
その部屋の出口に、砲長が立っていた。私が出ると、やや心配げな表情で尋ねてくる。
「はい、お前は人間じゃない、と言われました」
「は?」
とりあえず、言われたままを答えておいた。訝しげな表情をする砲長だが、そんな砲長と共に司令官室を離れる。
「こいつのおかげで、弾の装填が1.5倍、射程距離が倍に増える」
その帰りに、私は司令官殿の勧めで要塞砲台に立ち寄った。そこではちょうど新型の砲身が取りつけられているところだ。それを見て、やや興奮気味にスヴェント大尉が私に語る。
「と、いうことは、射程が伸びた分、風などの影響を受けやすくなるのではありませんか?」
「それはあるだろうが、それ以上にわずかな軸ずれが誤差として現れやすくなる。それに、峠の向こう側にいる敵を狙えるようになったものの、ここからではその姿を見ることができない。弾着観測の手段を考えなければならないな。いや、その前に試射を行って、諸元を把握しておかねば……」
この計算士かつ要塞砲長である大尉殿は、設置が進む砲身をまじまじと眺めつつ、興奮を抑えられない様子だ。気持ちは分かるが、大砲をみてニヤつく姿に私は恐怖しか感じられない。それから少し、弾着計算について大尉殿と語った後に、私はヴェテヒネンの方へと戻る。
「お前、知り合いが増えたな」
その帰り際に、私はマンテュマー大尉からそう告げられる。
「そうですか?」
「そうだ。だいたい、俺には親しい陸軍人なんていないし、できないからな。普通はそういうものだ」
これは暗に私が普通でないと言いたいのだろうが、大いに砲長の誤解によるところが多いと私は感じる。どちらかといえば、私は人づきあいが苦手な方だ。私にとってもっとも心ゆるせる親しい友人といえるのは、この真新しい計算尺だろう。
「ヴェテヒネン、出港する!」
到着した翌日の昼には、キヴィネンマー要塞を出発する。再びあののろまな輸送艦と共に、王都へと向かうことになる。
行きは追い風であの時間だ。帰りは向かい風となるから、さらに遅くなることが予想される。私はいつ、王都に帰れるんだろうか?
と半ばうんざりとしていたが、ものの一晩で王都にたどり着いてしまった。大荷物を下した輸送艦は、予想以上に速かった。あの要塞砲、そんなに重かったのか。
で、王都でヴェテヒネンは再び、修理ドック入りすることになった。気嚢の一部を損傷したためだが、それだけではない。
「えっ、機銃を載せることになったのでありますか?」
その日の晩、同じベッドで寝る砲長からそんな話を聞かされた。
「そうだ。それにともない、機関銃士が一人、乗艦することになった。」
なんでも、武装偵察艦による銃撃はヴェテヒネンだけではなかったようで、他にも2隻が攻撃を受けたとのことだ。いずれも撃沈には至っていないものの、気嚢やゴンドラに被害を受けた。戦死者も出ている。
「そんな重たいものを載せなくとも、私の弾道計算でどうにか沈めて御覧に入れます」
「いや、あの接近戦ならば機銃の方が有効だ。100メルテまで接近されたら、主砲では狙い辛い。それにだ、今後あれが複数隻現れることも想定すべきだろう。正しい判断だと、俺は思うがな」
などと言いながら、私を抱き寄せるこの欲望男は、私の手から計算尺を奪って枕元にそっと置く。やれやれ、どうして私はこの人と、こういう関係になってしまったのやら。が、今さら引き返すわけにもいかず、為されるがまま、受け入れる。
にしても、機関銃士か。また屈強の男が一人、増えるのだろうか。
そう思っていたが、それから3日後に修復されたヴェテヒネンに集まった皆の前に現れたその機関銃士を見て、私は驚きを隠せない。
「ヘルミ・リーコネン上等兵だ。我が艦に、機関銃士として乗艦してもらうことになった」
「リーコネン上等兵であります! 俺……じゃねえ、小官はオレンブルク撃滅のため、力を尽くす所存であります!」
やや縮れ毛の長い赤毛、マリッタほどではないが大きめの胸、それ以上に強調された腰のくびれ具合。あれはどう見ても、女兵士だ。
「貴官は砲撃科に所属となる。上官は砲長のマンテュマー大尉だ。後のことは、砲長に任せる」
「はっ!」
副長がそう告げると、砲長に向かって敬礼するリーコネン上等兵。一通りこの新たな乗員の紹介が終わり、その場は解散となった。
が、この上等兵は、砲撃室に入るや否や、本性を現す。
「てことで、ここでお世話になるぜ、カルヒネン曹長殿」
といいつつ、この女はバンバンと私の肩を叩いてくる。
「は、はぁ、よろしく」
「なんでぇ、計算士ってのは元気がねえなぁ。もうちょっとハキハキしねえと、敵にやられちまうぜ」
こいつ、私より階級が低いというのに、随分と馴れ馴れしく、しかもタメ口だ。
だが、この程度ならば私もまだ許容できる。しかし、だ。どうしても許容できないものを、こいつは持っていた。
「へぇ、あんた、恋人を亡くしてねぇ」
「そうだぜ、んで俺は機関銃士になって、塹壕戦で死んだそいつの仇を取ってやろうと思ってたんだけどよ、女だってことで塹壕はダメだと言われて、空軍に回されたってわけよ」
砲撃手3人と談話するリーコネン上等兵だが、私はその脇で計算工学の本を読んでいた。
が、問題はこの後だ。こいつが、聞き捨てならないことを言い出した。
「んだけど、まあ、俺はここに来るべき運命だったってことよ」
「なんだ、こんなむさくるしい艦に乗るのが、運命だって?」
「おうよ、なんせ俺は、これだからな」
そういって、この女は一枚のカードを取り出す。それを見た私は、思わず頭が熱くなる。
そのカードに書かれていた絵は、二頭立ての馬車にまたがった騎士の姿。その下には「7」という数字が書かれている。
私の知る限り、あれは占い用のカードだ。それの意味するところは、たった一つ。
「これは『戦車』だよ。つまり、この艦にとっては勝利をもたらす存在ってなわけよ。一週間前の占いで、俺の為すべきことはなんだと占ったら、こいつが出てきた。この艦は空軍で一番活躍してるって話だが、そこに俺が加わった。つまり、勝利は約束されたってことなんだよ」
こいつ、「占い」などと言い出した。それは非科学的で非合理的ながら、なぜか人々を惑わし続ける悪魔の予測手段のことだ。
つまりこの新たな乗員は、私が軽蔑してやまない「占い師」だったのだ。




