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計算士と空中戦艦  作者: ディープタイピング
第1部 独立戦争編
19/72

#19 平穏

 あの戦いが終わって、二週間が経った。

 その間に、オレンブルクの大艦隊がどこから我が国土へ侵入を果たしたかが判明する。

 サルミヤルヴィ山脈は5000メルテ級の山々が連なっていて、とても飛行船では超えられない、天然の城壁。そう思いこんでいたのだが、例の偵察艦の地図上の印や、敵大艦隊の進路を解析した結果、この山脈に一箇所わずかな「切れ目」が存在することが分かった。

 そこだけ高さ4000メルテを切っており、その一段下がった場所から、あの偵察艦や大艦隊が侵入した。実際、我々の艦艇でもそこが乗り越えられることが分かり、我々の思い込みと調査不足が露呈する。

 ゆえに、この辺りに観測所が設けられることが決定され、直ちに空軍司令本部はその建設に動き出す。


 ところで、敵の大攻勢でのもう一つの戦い、地上戦の方も勝利したと報じられた。

 つまり、キヴィネンマー要塞とその守備軍が、敵の5個大隊を退けた、ということだ。

 犠牲は少なくなかったようだが、精度を増した要塞砲と爆撃艦2隻の活躍あっての勝利だった。いや、それ以上に、新しく要塞司令官になったエクロース准将によるところが大きい。

 この大攻勢に備えて、エクロース准将が取った策は、ヘリウムガス採取の際に一緒に出る天然ガスを液化したものを使う、というものだった。

 液化した天然ガスを最前線である一号塹壕へ大量に持ち込んでおき、わざと早期に一号塹壕を放棄させて敵を誘い込む。敵が塹壕に取り付いたところで、その天然ガスに着火して……あとはどうなったか、言うまでもないだろう。他にも、このガスに着火してそれを敵兵に吹きつける新兵器も投入されたと聞いた。恐ろしいお方だ。


「久しぶり、でもないか。まだふた月も経っておらんな」


 そんな恐ろしいお方が、要塞での攻防戦を国王陛下にご報告するため、一時王都に帰還していた。で、そのついでに軍司令本部に併設されている中央計算局に立ち寄る。そこで私は、エクロース准将と再会する羽目になった。


「貴官のおかげで、いい戦いができたよ。それで、貴官に計算術を教えてくれた恩師と話をしてみたくなって、ここにきた。まさかここで貴官にまた会えるとはな」

「はっ、光栄であります!」

「カルヒネン曹長は、ラハナスト先生の弟子の中でもっとも戦場で活躍してますから、ここの出入りを許されているんですよ」


 と、ラリヴァーラ少佐が私がここにいる理由をエクロース准将に話す。しかし、私はどうもこの准将閣下が苦手だ。ゾクゾクと恐怖で寒気がする。


「そうそう、ここの奥の部屋も見せてもらったよ。ラハナスト先生の描く未来は素晴らしい。いつか計算機が人の役割を持つかもしれない、という先生のお考えは、指揮官である私にとっても実に魅力ある未来だと感じた」

「あの、准将閣下。どうして指揮官として、その未来に魅力を感じられるのでしょうか?」

「今の戦争は、人が銃を持って戦うしかない。が、これに変わる機械が登場したならば、わざわざ人を最前線に出す必要がなくなる。その人の代わりとなる機械に銃を握らせる、あるいは爆弾を抱かせて突撃させてもいい。人命を損耗しないなら、これほど人道的で効果的な戦いの手段は他にないだろう」


 う、やっぱり恐ろしいことを考えていらっしゃった。計算機に、爆弾を背負わせて突っ込ませようというのか? そんなえげつない未来、私は見たくないなぁ。

 そんなえげつない指揮官と別れ、私は奥の部屋に行く。今日は少しだけ機能を拡張した電子手順計算機のテストの日だ。


「おお、ようやく、ここの気温を認識したぞ」


 数値を表示する表示管には、32と出ている。新しくついた機能とは、ボタン入力以外から数値を得るというもので、今回は気温計を用いた。

 30度を超えたら、ブザーが鳴る設定らしいが、こんな暑い部屋ではそれが鳴りっぱなしだ。この新しい機械に色々やらせたいというラハナスト先生の欲求が、どんどんとおかしな方向に進んでいる気がしてきた。


「先生、温度をこの計算機が知ると、なにかいいことがあるのでしょうか?」

「おお、カルヒネン君。これまでは数値を手で打つか、穴開き厚紙で伝えるしか方法がなかったのだが、今回、計算機に温度計を接続して、その数値を直接伝えられたぞ。今は気温計の値だけだが、いずれは人や物を直接感知し、それに基づいた行動をする計算機が生まれるかもしれん。そんな可能性を示す実験だよ」


 と、嬉しそうに語る先生だが、その機械に爆弾を背負わせたがってる指揮官もいることはご存知なのだろうか? もしも人を感知できるような仕組みができたなら、エクロース准将はすぐにでもこの計算機に爆弾を背負わせて、塹壕に投入しかねないぞ。


 楽しくもあり、狂気すら感じ始めた中央計算局を後にして、私はいつもの場所へと向かう。

 その途中、王都の街を眺める。石造りの建物の間を、黄や青の服で着飾った人たちが歩く姿を見る。時折、軍服姿もいて、私の勲章を目にした者は敬礼する。その多くが私よりも上の階級であることが多く、私は慌てて敬礼を返す。上等兵や二等兵といった下の階級の者は、そもそも勲章の意味をよく知らないことが多く、背の低い私などに気遣うことなく素通りする。

 中央街の中にある広場の噴水には、大勢の人々がその水に涼みを求めて集まる。その周囲に並んだ露店では、様々なベリーにリンゴ、柑橘類が売られ、そのみずみずしく涼し気な果物を買い求める市民の姿が多く見られる。

 もしもあの時、我々が敗北して大艦隊の王都侵入をゆるしていたなら、このあたりの風景も一変していただろう。数千度の焼夷弾の炎が石すらも溶かし、噴水の水を根こそぎ蒸発させていた。こんなのどかな風景など、決して見ることができなかったことだろう。

 それを横目で見ながら、私はふと思い出したかのように、来た道を戻ることにした。

 中央街の道へと戻り、私はある店へと向かう。と、そこで私は声をかけられる。


「おい、どこに行くんだ。行き先が逆じゃないのか」


 振り返ると、そこにいたのは砲長、マンテュマー大尉だ。私は砲長に答える。


「はい、寄り道をしようとしていただけです」

「寄り道? どこへ行くんだ」

「文房具店です」


 そう言いながら私は、再び歩き出す。すると、砲長が私についてくる。


「すぐにあの店に参ります。わざわざついてこなくてもよろしいですよ」

「どうせ暇だからな、俺もそこに行く」


 と言うので、私は砲長と並んで文房具店に向かうことになった。


「しかし、こんな平穏な王都の街中で、上官と並んで歩くというのはどうも……」

「何いってんだ、俺たちはもう、恋人同士じゃないか。軍服姿とはいえ、オフのときくらい一緒に歩いたって構わんだろう」

「えっ、いつの間に私と砲長は、そんなことになっているんですか?」

「お前、俺の部屋に転がり込んでおいて、今さらよく言うな……」


 などと話しながら、目的の店に到着する。扉を開くと、王都では一番大きいとされる文房具店の店内の、木やインク類の匂いが鼻を突く。


「いらっしゃい」

「あの、計算尺をいただきたいのですが」

「はいはい、少々お待ちくださいね」


 店員にこう告げると、大きな棚の方へと向かう。すると砲長が怪訝そうな顔で私を見て言う。


「お前、まさか計算尺を買いに来たのか?」

「ええ、そうですよ。そろそろこれも古くなってきたので、こっちは普段用にして、新しく戦闘用のを買おうと思いまして」

「おい普段用って、まさかお前、計算尺をわざわざ使い分けてるのか?」

「あと、お風呂用というのもありますよ」

「風呂場で何を計算する必要があるんだ、お前は」


 砲長が呆れているが、別にいいだろう、私には必要なんだ。などと話していると、さっきの店員が戻ってきて、新しい計算尺を持ってきた。


「こちらでよろしいですか?」

「ちょっと、触ってもいいです?」

「どうぞ」


 私は店員から計算尺を受け取ると、早速いくつか簡単な計算をしてみた。滑尺のなめらかな動き、目盛りの彫りの整い具合、どれもいい感じだ。これに決めた。


「こちらを頂けますか」

「はい、承知しました」


 といって、私はその店員に代金を渡す。それを受け取り、布製の入れ物に計算尺をおさめた後、紙袋へ詰める。


「そういえば、お客様はあの勲章を受けられたという噂の伍長さんですかね?」


 その品を受け取る際、その店員は私の胸元の勲章を見ながらそう尋ねてきた。


「はい、そうですが」

「やっぱり。あの勲章授与の噂が広まってからというもの、計算尺がよく売れるんですよ」

「えっ、そうなのです?」

「庶民の英雄が身に着けていたものだと聞いて、それにあやかろうとする軍人さんや、計算術を身に着けようと意気込む学生さんがよくお買い上げいただくんです。そんなに簡単に使える道具じゃないんですけどねぇ」


 と言われつつ、私はその店員から品を受け取る。


「悪いことではないな」


 その店を出た後、砲長が呟くように言う。


「そうですかね?」

「そうだろう。戦争が終わっても、計算術というやつはどこでも使い物になるからな。銃が飛ぶように売れては犯罪の誘発などにつながって困りものだが、計算尺なら飛ぶように売れたところで誰も困らない」

「いえ、私が困ります。私が買うときに在庫がなかったら、どうするんですか」

「私生活含めて3本も使っていれば、別に困らないだろう……」

「ところで、砲長はこの戦争が終わると思いますか?」

「どうだろうな。だが、あの戦いの後、イーサルミ王国とオレンブルク連合皇国の間で、和平交渉が行われることになったそうだぞ」

「えっ、そうなのですか?」

「フロマージュ共和国の仲介だそうだが、それまで交渉のテーブルに座ろうとしなかった連合皇国が、ようやく妥協し始めた。先日の勝利は、それだけ大きな意味を持っていたということになる」

「これで、終わるんでしょうか?」

「さあな、その交渉では様々な条件を突き付けてくるだろうから、その中身によっては決裂だ」

「どんな条件を突き付けてくるんでしょう。まさかトナカイ肉を大量によこせ、とか」

「そんなもの要らんだろう。どちらかと言えば、欲しがるのはヘリウムだ」

「えっ、そんなものを供給したら、再びやつらは空中艦隊で押し寄せてきますよ」

「それは仲介役のフロマージュ共和国だって承知している。だから、そんな条件は飲めない。それが元で決裂する可能性が高いだろうな」


 なんだ、結局、戦争が終わる可能性は低いのか。オレンブルクもやつらもいい加減、我が王国をあきらめてくれればいいのに。

 だが、彼らにしてみれば、我々の独立を承認することは他の王国の独立を誘発しかねないと考えているのだろう。多数の国が連合する皇国にとって、それらの国の離脱が最も恐れるべき事態だ。だからこそイーサルミ王国の離脱、独立を承認できない立場にある。やれやれだな。

 で、二人揃って、砲長行きつけの店にたどり着く。そこで私はポロンカリスティスを注文する。この店の煮込まれたトナカイ肉のシチューは美味だ。注文した品が運ばれてくると、私はそれを口にする。


「しかし、なんだ。お前、身体に似合わずそういう脂っこい料理が好きだな」


 と、私の胸の辺りをじろじろと見ながらこの男は言う。まるで、トナカイ肉の脂肪がどうして私のこの勲章の裏側にある部分に少しも回らないのかと、そう言わんばかりの口調だな。


「計算士ってのは頭を使うんです。だから、こういうカロリーの高いものを食べないと、やってられないんですよ」

「そうか、そういうものなんだな」


 言いたいことを行ってきたわりには、あっさりと納得する砲長。そんな砲長に、私は尋ねた。


「ところで、砲長はあの時、何を見たんですか?」

「あの時?」

「積乱雲に突入した、あの時ですよ」


 あれから、あの話題をする人は我が艦の乗員に一人もいない。が、マンテュマー大尉が涙を流す姿を見るなど、あれが最初で最後だ。だから私は、思い切って尋ねてみた。


「ああ、あの時か。俺は、亡くなった戦艦ヴェシヒイシの乗員12名の姿を見た」

「えっ、ヴェシヒイシって確か、砲長が以前、乗っていたという戦艦ですよね」

「そうだ。3隻のサラトフ級に囲まれて撃沈させられた艦だ。乗員27名の内、12名が亡くなった。俺とキヴェコスキ兵曹長が、その時の生き残りだ」

「話には聞いたことがあります。それで王国では、戦艦の建造を急いだとか」

「そういうお前は、誰に会ったんだ?」

「えっ、私ですか?」

「なんだ、俺に言えない相手なのか」


 急に話を私の方に変えてきた。これ以上、戦艦ヴェシヒイシのことを語るのが辛くなってきたのだろう。しかしだ、まるで私が死んだ恋人にでも会っていたかのような口調だな。そんな人など、元からいない。


「家族ですよ。私の家族がケラヴァの街で空襲に遭って亡くなったと、以前話したじゃないですか」

「あ、ああ、そうか、そうだったな、すまない」


 砲長は、私に死んだ家族のことを思い出させてしまったと、申し訳なく思ったようだ。妙に嫉妬深いところがある男だが、自分で言うのもなんだけど私を女だと扱ってくれる人物は少ないから、いちいち嫉妬しなくてもいい。するだけ無駄だ。

 なんてことを考えながら、私はそのトナカイ肉のシチューを堪能していた。

 が、そこに叫び声が聞こえてくる。


「でんれーい! ヴェテヒネン乗員は、軍司令本部へ集合!」


 それを聞いた私と砲長が、立ち上がる。


「なんだ、また懲りずに敵は艦隊でも繰り出してきたのか?」

「分かりません、が、行きますよ、砲長」


 やれやれ、せっかく平穏にシチューを堪能していたのに、また出撃か。敵はもう少し、計算士を休ませようとは思わないのだろうか。などと思いながら、残りの料理をかき込み、砲長と共に軍司令本部へと走り出す。

 その途上、私は心の奥底にある感情が沸き起こる。それは、この戦争がなかなか終わらないという嘆きでもなければ、砲長との一夜を過ごせなかったという残念な気持ちでもない。

 脇に抱えた紙袋に入った、新しい計算尺。これを試す機会がもうやってきたのだという高揚感を、私は今、感じているところだ。

 あれ、私ってやっぱり、どこかおかしいのだろうか?

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― 新着の感想 ―
[良い点] ここ数日、面白く読ませていただきました。あらためて感謝を。 計算可能な人間が増えることは戦争に限ってもかなり有用ですし、その後についても言わずもがな。 この世界、まだ戦車の登場はないようで…
[良い点] 私にはその先が見えたぞつ!液化天然ガスをビール瓶に入れて投げたり、樽に詰めて投下するようになるで(-_-;) [気になる点] “計算機に、爆弾を背負わせて突っ込ませよう” そんな危ないハ…
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