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計算士と空中戦艦  作者: ディープタイピング
第1部 独立戦争編
10/72

#10 再会

「やあ、ラリヴァーラ少佐。突然、どうしたのかね?」

「はっ、パルヴィア大佐より、この者をこちらに案内せよとの命を受けましたので」

「はて、空軍の曹長のようだが、どうして金の勲章を……ああ、そういえば噂で、伍長でありながら金等級を受勲した者がいると聞いていたが、その人物か」


 先生は私の胸に光る金等級を見て、そう呟く。


「以前、クーヴォラ軍学校の計算工学科にて、先生から教えをうけたそうですが」

「といわれてもな、私が教えた生徒はたくさんおる。いちいち覚えてなどいられんよ」


 ラハナスト先生とラリヴァーラ少佐の会話の間、私は感動で震えている。真空管が発する熱で暑いこの部屋で、震えが止まらない。


「いや、そう言われてみれば、どこかで見たことがあるな。もしかして、男だらけの中で唯一の女生徒ではなかったか?」

「はっ、ラハナスト先生。カルヒネン曹長と申します」

「そうだ、思い出した。何度か私のところに来て、質問をしてきたあの生徒だな。あれから、空軍で計算士になったのか」


 光栄なことだ、先生は私のことを覚えていてくださった。それはそうだろうな、おそらく私はラハナスト先生の教え子で唯一の女だから。


「……なるほど、それで大佐が、彼女をここに案内するようにと言ったのか」

「はい、お忙しいところ、恐縮です」

「なあに、構わんよ。私も本来ならば出来るだけ多くの人に、これを見てもらいたいと思っておる」


 笑いながら先生は少佐にそう答える。そんな私は、この部屋の中で光る大量の真空管が気になる。


「あの、先生。もしかしてこの真空管が多量に使われたこの機械は、新型計算機ではありませんか?」


 私のこの問いに、満面の笑みを浮かべるラハナスト先生が、その脇の机の上に置かれた機械に触れながら答えた。


「その通りだ。これこそ、人類の計算史に革命をもたらす新たなる計算機だ。私はこれを、電子手順計算機と名付けた」

「で、電子、手順……ですか?」

「そうだ。まあ、見てなさい」


 そう言いながら、ラハナスト先生は数本の真空管が並んだその機械へと向かう。

 よく見れば、その真空管には3つの「0」を表示している。これは数字を表記する特殊な表示管だ。その下に設けられた数字の書かれたボタンを、先生が押す。すると、一桁目の数値が「3」と変わった。

 さらに数字のボタンを押す。桁が増えて、「34」となった。その脇にある掛け算記号を先生が押すと、数値が「0」に戻る。

 その後に先生は「12」と打ち込んだ。最後に右矢印の書かれたボタンを押すと、一瞬で数値が動いた。

 そこに表示されていたのは「408」、つまり、34かける12の答えだ。

 この机の上に置かれているのは、いわば入力装置といったところか。そしてその上に光るのが表示装置といったところか。

 そして、歯車など一切使われていない。にも関わらず、計算の答えが一瞬で出た。やはりこれは、これまでとは違う新しい原理によって動く計算機だ。


「この内部で十進法を二進法に変えて、それをあの真空管に送り込む。たくさんの真空管を使ってその送り込んだ二進法で算術を行わせ、答えを返す仕組みだ。歯車など使わず、電子のみで動くから電子の計算機、というわけだ」


 ああ、そうか。真空管でオンオフの二つを表現させて、二進法での計算を行わせる。確かにそれならば歯車や滑尺無しに計算させることが可能だ。


「だが、驚くのはまだ早いぞ。これはこの機械のほんの一部の機能に過ぎない。ここからが、この機械本来の姿だ」


 そう言って先生は、何やら黄色い厚紙を取り出した。その厚紙には、鉛筆の先ほどの小さな穴がいくつも開けられている。何だろうか、これは? 初めて見るこの不可解な紙を自慢げに見せる先生が、私にこう告げる。


「この一列あたり10個の穴があけられるようになっており、この穴の有り無しによって二進法の数値を現している。だが、この穴の並びはこの計算機の『言語』と考えてくれ」

「言語、ですか?」

「そうだ。この言語によって、この計算機に『手順』を伝えることができる。その手順は、あの真空管の並んだ棚の横にある、あの部分で磁気情報として蓄えられる」

「は、はぁ」


 ラハナスト先生はこの穴だらけの厚紙を前に、なにやら突拍子もないことを話し始めたぞ。この厚紙の穴が、計算機の言語だって? 計算機に、手順を教える? 先生は一体、何を言っているのだろうか。


「と、口で言っても分からないだろう。一つ、例を見せてあげよう」


 そういいながら、ラハナスト先生は手に持ったその厚紙を、先ほどの入力装置のわきに置かれた機械に差し込む。それはゆっくりと吸い込まれる。

 すると先生が別の厚紙を取り出し、さらに差し込む。何枚もの黄色い厚紙が、その機械に差し込まれていく。その間、上の表示装置が忙しく数値を表示している。

 大量の厚紙が読み込まれた。が、特に計算機に変化はない。だが、あのラハナスト先生が作り上げた仕掛けだ、これまでにない何かをやってくれるはずだ。一体、何が始まるのだろうか。


「さて、これでこの計算機は『弾道計算』をする手順を覚えた。どんな数値を入れようか」


 ぶつぶつとつぶやきながら、先生はまた数値を入れ始める。最初に「50」と入れて右矢印のボタンを押し、次に「43」と入れて、再び矢印ボタンを押す。

 少し、時間をおいて、何か数値が表示される。出てきたのは「254」という数字、しばらく間をおいて「7.0」、そして「59」と表示された。


「初速度が毎秒50メルテ、角度43度で撃ち出した砲弾は、距離254メルテ、滞空時間7秒、最大高度59メルテに到達する。この計算機は一瞬で算出してみせた。どうかな?」


 と先生は私に紙と鉛筆を差し出し、そう告げた。私はハッとして、その紙と鉛筆を受け取る。

 すぐさま計算をする。初速度50、角度43度。基本的な弾道計算だ。私の計算尺が示した解は、まさに先生が告げられた数値だった。


「先生、これは一体……」

「君が今、計算した手順と同じものを、あの厚紙を使ってこの計算機に覚えさせた。そして数値を入れると、すぐに答えをたたき出した。どうだ、すごいだろう」


 まるで子供のように自慢げに話す先生だが、私はその凄みが伝わってきた。私が懸命に計算尺を滑らせてはじき出していた数値を、この計算機は一瞬ではじき出した。

 つまり、この計算機が広く普及したならば、私のような計算士は不要になるかもしれない。これさえあればいつでも誰でも、弾道計算ができてしまうのだ。なぜこの真空管の塊が軍の最高機密扱いなのか、私は一瞬で理解する。


「今はまだ、3桁までの計算しかできない。手順もせいぜい、基本的な弾道計算をさせるのがやっとだ。だが、これを基にして実用レベルの10桁計算が可能なものを、フロマージュ共和国とともに作ろうとしている。手順ももっとたくさん記憶できるようになれば、より複雑な計算もできるだろう」

「す、すごいです! あの穴の厚紙で教えただけなのに、弾道計算を可能にするなんて、まるで夢のような計算機です、先生!」

「弾道計算だけではない、金融計算の手順を教えれば、複利計算や会計処理もできるようになる。梁計算の式を覚えこませれば、構造計算だって可能になる。この計算機が実用化すれば、間違いなく世の中を変えるほどの機械になるぞ」


 とんでもない機械を、ラハナスト先生は作り上げてしまった。計算工学の第一人者と言われて久しいが、その先生が行き着いた先が、この機械というわけか。


「もっとも、3桁ですでにこの部屋いっぱいの大きさだ。この調子で10桁機となれば、この中央計算局の建物をも上回る大きさになるだろう。この穴の厚紙で渡せる情報にも限度がある。より小さく、微細な仕組みに変えていかなければ、とても使い物にならないだろうな」


 課題を並べるラハナスト先生だが、私はこのアイデアを具現化されたというだけでも、すでに大いなる歴史的な成果だと思う。

 そんな計算工学の偉大な歴史の転換点に、私は立ち会えた。胸の奥が、熱くなるのを感じる。


「だが、何十年先にはこれと同じか、それ以上の計算ができる仕掛けが皆の手のひらの上で動く時代がやってくることだろう。手順はより複雑化し、人間と同じように考え行動できる計算機が生まれるかもしれない」

「あの、ラハナスト先生」

「何だね」

「その時代、私のような計算士は不要となるのでしょうか?」


 ラハナスト先生が計算機の未来を語り出した。が、私はたった一つ、その未来に不安を覚える。先生の言われる未来がやってきたとしたら、計算士はどうなるのだろうか?


「心配は要らんよ。無論、今のような計算士はいなくなるだろう。が、人間が不要になることはない。鉄道や自動車が作られて、馬車はなくなりつつあるが、御者の仕事は運転手などに変わっただけだ。同様に計算尺は無くなるだろうが、計算工学とそれを使う者が不要になることはない。そう私は考えている」


 ラハナスト先生は、私にそう断言された。計算尺が不要な時代というのが想像できないが、きっとその時代でも私は、新たな道具を手にして計算をし続けていることだろう。


「あの部屋の仕掛けを見て、どう思ったか?」


 中央計算局の出口で、私はラリヴァーラ少佐から感想を問われる。計算屋同士だ、私はあえて率直な意見を述べる。


「まさに歴史を変える大発明です。ですが、あの素晴らしい発明を理解できる人がそれほど多くないのではと、私は懸念するのですが」


 これを聞いたラリヴァーラ少佐は、少し顔をしかめてこう答える。


「まさに貴官の言う通りだよ。あの計算機には、多大な費用がかかっている。それが無駄だと言い張るものが少なからずいるのも確かだ。だが、あれは確実に時代を変える発明だ。オレンブルクとの戦争が終われば、なおのことこの機械の意義が出てくる。だからこそ、私やヴァルビア大佐が説得に日々走り回っているのだ。そんな中、あの機械の可能性を貴官が理解してくれたことは、私としては嬉しい限りだし、この先の説得も頑張れそうだ」


 ラリヴァーラ少佐からも、忖度のない意見が返ってきた。計算工学の発展を願う者同士、志すところは同じ。陸軍も空軍も、階級差すらも関係ない。それを知ることができたことに、私は今日という日を迎えられたことを誇りに思う。


 が、少し調子に乗ってしまった。


 帰り道に、私はつい浮かれて、王都の大きな酒場に寄ってしまった。

 そこから、まったく記憶がない。

 気づいた時は、またしてもあのお方のベッドの上だった。


「あ、あの、砲長殿、その、夕べ私はどのようにしてここに至ったのか、教えていただけませんか?」


 隣で私と同様に全裸なマンテュマー大尉に、私は胸の大事な部分を計算尺で隠しながら尋ねる。


「日が暮れた頃に、扉を叩く音が聞こえたから開けてみれば、お前が立っていた。えらく上機嫌で、計算機の未来を見た、私はその歴史の生き証人になれたのだと、ずっと俺に語り続けていたぞ」


 あー、やっぱりか。それを聞いた私は、その計算尺で顔を隠す。調子に乗ってはダメだな。ろくなことがない。もっとも、まだ砲長の部屋でよかった。まかり間違ってキヴェコスキ兵曹長のところだったら、ショックのあまり計算尺で円周率を計算しようとしていたかもしれない。

 しかし、だ。いつも思うのだが、どうして私は酔うと砲長の元へ行ってしまうのだろうか?

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― 新着の感想 ―
[良い点] 何十桁もの計算を一瞬で行う機械が、手の平サイズになるなんて未来には夢と希望に満ちあふれている! ついでに遠くにいる人と話が出来たり、文通出来たり、写真を撮ることが出来るといいのだがなぁ…。…
[一言] この小説を私はスマホで読んでいますが、ラハナスト先生が予想した未来の手のひらの電子計算機で小説を読んでいるのは、何とも言えない面白さがあります。
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