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乗背馬

叔母さんと別れてから、僕はどこに行けばいいか分からなくなった。

この街の住人は頭がおかしい。そんな偏見が生まれつつあった。

石畳の道を少し歩くと、水路がある。そこに汚物を捨てているのだ。

それはゆらゆらと流れて付近を糞臭くさせている。


中世ってこんなんなのか? 想像していた世界と全然違う。


「お兄ちゃん。あれ……お前、久しぶりだなぁ」


真横から声が聞こえてきたと思えば、右肩をポンポンと叩かれた。

俺はびくりとして振り返ると、トゲトゲ頭の男がニヤついた顔で立っていた。


当然ながら、俺はこの世界の住人のことなんて誰一人として知らないので、首を傾げる。


「はぁ……誰ですか?」

「俺だよ俺! 少し前に、一緒に旅したろ!? 魔物を倒したり飯を食べたり、懐かしいなぁ」

「いやあの、であれば、僕は武器を持ってないと基本的におかしい。人違いでは?」

「ん? ああ、そうかな。でも、お前まだ冒険者になることを諦めてなかったんだな。俺はあの時思ったんだよ。お前は、SSSクラスの冒険者を目指している同士だって。だって、俺たちは冒険者だろ?」


満面の笑みのこの男は、俺を騙そうとしているのか、それとも本当に勘違いしているのかよくわからない。

だから、俺は矛盾点を指摘することにした。


「いや、冒険者だからってSSSクラスに皆がなりたいわけじゃない。俺だって、毎日仕事をしているけど、昇進なんてしたくないよ」

「いやお前面白い人間だな」


その男は、突然吹きだした。唾が顔に付着したので、手の甲で払う。きたねぇ。


きっと俺は不快な表情をしているだろうが、その男は変らずに笑っている。


この世界の住人はアホだ。俺は、確信した。


「冒険者になるんだから、SSSクラスになりたいんだよ。俺の女房も料理をする。だからいつか、料理人になりたいんだろうって思うんだ。サポートしてあげなきゃな」

「それ本気で言ってるのか?」

「ああ、そうとも。当り前だろ。そんな当たり前のこと聞くなって! 馬鹿にしてんのか?」

「俺は平凡な男だ。そんな俺でも分る。お前は仕事をしたくて、働いてるのか? そんなわけないだろ。冒険者だって、金のためだ」


いや……まてよ。それだとこの男の言っている論理と同じだ。勝手にみんなが金のためだと思っている。俺が知っている異世界では、冒険者はなりたくてなる職業だ。金のためなんかじゃない。


「俺の夢は、一生寝て暮らすことだ。冒険者になる理由も、寝てくらすことだ。金のためじゃない」

「……」

「いい料理を食べて、いい家に住む。女房と子供のために沢山プレゼントを買うんだ。金貨だって沢山持っているから、寝て暮らせる……つまり、金のためだ」


咳ばらいをした男は、頭痛がしたのか頭を両手で抑えている。


「……ああっくそ。難しい話をすんなよ。こんなの貴族でも話さねぇ。俺たちへ平民が話せる領域を超えている。俺の夢は、寝て暮らすことだ。いい料理を食べて、いい家に住む。金だってある。俺の夢は、寝て暮らすことだ。……なんで金がある。金はどこから生まれた。ああ……そうか。神の御業だよ。ジーザスキリスト」


男は、晴れ渡った空のように清々しい表情をした。


「神が俺に与えてくれた。だから、俺の夢は、一生寝て暮らすことなんだ。俺って実は、学者になる才能があるかもな」

「どや顔が凄いね」

「羨ましいんだろ? まぁ、お前には無理だろうな。この俺が考えた、神の論理に到達などできん。アーシス、エンダラ、マラ。アーシス、エンダラ、マラ。アーシス、エンダラ、マラ。アーシス、エンダラ、マラ。アーシス、エンダラ、マラ。アーシス、エンダラ、マラ。アーシス、エンダラ、マラ。アーシス、エンダラ、マラ。アーシス、エンダラ、マラ」

「ところで、その呪文はなに?」

「アーシスは神の名前で、エンダラ・マラは御業だよ。そんなことも知らねえのか? 本当に平民ってのは、学がねぇ。この上級貴族のアリア様が教えてやって初めて、君らにも知識を得ることができる」

「……聞いていいか? さっき、貴族でも話せねぇと言ってた気がするんだが?」

「いいか。貴族と上級貴族は違う。貴族は下級の貴族で、上級貴族は上級貴族なんだよ。分かったか平民」


一般的に言うのなら、貴族は、下級貴族と上級貴族で構成されているはずだ。それなのに、この世界では、貴族は、下級貴族の意味になった。


つまり、貴族が、上級貴族、下級貴族、どちらを意味しているのか忘れてしまったのだろう。


俺は頭を抱えた。髪を両手でむしるように激しく振動させる。ストレスがやばい。こんな世界で生きていけというのか。こんな馬鹿ばかりの世界で。


「……ちなみに聞いていいか? 乗馬と乗背馬はどう違うんだ……?」

「乗背馬は、馬の背に乗る。乗馬だとどこに乗ればいいか分からないだろう。だから、基本的に馬の体にしがみついとけばいいんだ」


馬のしっぽを掴みながら、ゆらゆら揺れているそいつを見て、大きな嘆息が出る。


「ダメだこりゃ」

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