第53話 終演
「はあ~・・・ここ2、3日、お空はどんより重たいし街は役人さんばっかりだし、それに何だか今日は空気までピリピリする気がするし嫌ぁ~ね~。お陰で鶏もブタも怯えちゃってちゃあんと餌を食べてくれないわ!はぁ・・・いったいどうしてしまったのかしらね・・・」
柵の上にたわわな胸を乗せ、それを抱え込む様に柵にもたれ掛かるとため息をつき街ゆく人々をボンヤリと眺めた。隣には前足をダランと垂らして頭だけ乗せた、やはり同じようにため息をつくブタがいる。
朝食の支度を済ませると外へ出て来てしまった。普段ならば旅人や冒険者達の話に耳を傾けながらエールを注いだりパンを配ったりと素敵なひと時なのだが、どうにもその場に居づらい。一列に並び黙々と食事する面々を見ていると気が滅入ってくる。家畜達の方がよっぽど美味しそうに食べてくれるというのに・・・。
「フゴッ」
遠くから手を振りながらこちらへ来る女性に気がついたブタが鼻を鳴らす。
「せっかく元気になったってのに、そんなに背中丸めて・・・おっぱいが重いのかい?羨ましいねえ」
「ああ、ベラさんおはよう御座います。今日も鶏で?お昼前には届けますね・・・」
返事はしたが顔はそのままに、ほっぺたが吊り上がるほどほおづえをつき道ゆく役人の背中を眺めていた。
「なんかギルドの方々ばっかりで、旅人さんがぜ~んぜん居ないですね・・・お役人さんの方々の食事ってお葬式みたいに静かで・・・ため息の一つも出ますって」
「ここのところギルドの連中が街をかぎまわっているみたいだからねぇ・・・ウチの客のゴロツキどももさ、普段大きな事言ってるクセに流石に何かあったんじゃないかってビクついてて酒の席は愚痴ばっかりさ!みんな不安なんだろうよ。かくゆう私もなんだけどね・・・特に今日は・・・なんかこう・・・嫌な気持ちになるって言うのかねえ・・・」
「そうなんです!!胸の奥がチリチリと・・・まるであの人が居なくなった時みたいに・・・」
「なんだい!?まだ引きずっているのかい?」
「ふふふっ。もう大丈夫ですって!ね?チャールストン三世!・・・あの時、毎日のようにあの人の泊まっていた部屋で泣いていた。泣き疲れたらボンヤリ外を眺めて、あの人が帰って来るんじゃないかといつまでも待っていた・・・せっかく皆さんが励ましに来てくれているのに、それに応えられない自分がどんどん嫌いになっていって・・・そんなある日、このブタちゃんが二本足で歩いているのが見えたの。それどころか踊りまでし出して・・・それが可笑しくって思いっきり笑ったら吹っ切れて・・・明日も知れないブタちゃんがこんなにも陽気に生きれるんだって思ったら、何だか自分がひどく小さいな、って!だから、もう大丈夫です!本当に有難う御座います!ダイアンさんご夫婦にはいつも気に掛けて戴きまして感謝しきれませんわ」
・・・あの日。娘のリッチェが殺害されたあの日。当然、ダイアン夫妻も言葉では言い表せない程の絶望の底へ落ちた。
・・・しかし二人は店を開けた。そうしないと心が壊れてしまうからだ。仕入れ先のジョアもまた悲しみの淵に居ることを知ると、自分も辛いだろうに明日も来る、そのまた次の日もと約束して毎日仕入れがてら励ましに行っていたのだ。
「アハハハ。礼なんてよしとくれよ!私らだってあんたのトコの美味しいお肉をさ、旨い、旨いって食べる客の顔に救われてんだよ。だからお互い様!・・・あら、ヤダ!雨!や~ねぇ・・・もうすぐ夏祭りだってのに・・・」
「本当にですね。ただ、降るだけ降ったら後は止むだけですから!楽しみですね!!夏祭り♪」
「そうだねえ!あんたのトコロもそうなると忙しくなるねえ!いいことだよ・・・ああそうそう、鶏は手伝いに来てくれてるブリックに取りに来させようかね。美人さんに風邪でも引かせちゃ悪いから!あんたの料理と素敵な笑顔はこの街の名物なんだからさ!」
「お気遣い有難う御座います。お言葉に甘えちゃおうかしら。では、後ほど!・・・さ、チャールストン三世、おうちに入りましょう」
急いで帰るベラの背中を見送ると既に通りに人影はなく、振り出した雨はシトシトと街を飲み込んでいった。
「クッソ~~っ!せっかくオイデが頑張ってくれたってのに・・・!このままじゃ絶対勝てない!!避けてるだけじゃジリ貧だ!」
魔球を放ち、避けた先を指のニードルでピスピスと刺しにかかってくる。辛うじて躱せてはいるが・・・いや、躱せるように仕掛けているのか。いつでも殺せるが少し愉しませろと、弄んでいるのだ。
「姐さん!!遅くなりまして!!コレ、使えますかい!?」
この状況を打破すべくと、大柄な男が群衆から飛び出て来てこれまた大きな槌を投げてよこした。
「姐さん!スンマセン!!俺、姐さんの追っかけだって野郎につい足取り教えちまいまして・・・気になって追っかけて来たんすけどとんでもねえ事になってますね!
あの野郎には会いましたかい?そのバケモンじゃあねえと思いますが・・・!」
飛んで来た槌をはっしと掴むとズシリと重い。金属製のシャフトにその男のマッスルポーズを象ったヘッドが載っている。
「サンキューなっ!!ケブッカイ!!使わせてもらうよ!それと誰も私を訪ねて来なかったぞ!?何だか分かんないけどとにかくサンキュー!!」
「覚えてくれてて嬉しいッス!!俺、足手まといになるんで・・・絶対勝ってくだせえ!!」
受け取った槌でハインツの指を弾き返しドン、と地面に突き立てると左手でクイッ、クイッと挑発して見せた。
ハインツはそれを受け、すうと地面へ降り立つとそのまま猛突進で体当たりしてくる。
迎え撃つべく槌を大きく振りかぶるとシャフトが湾曲するほどの高速で振り抜く!
ガギィィン!!
鈍い金属音。次いでガガガと反発し合い両者一歩も譲らない。セリセリがそのまま躰を半回転させて二擊目を打ち込むとそれをハインツが膝で受ける。その姿勢から蹴りを仕掛けて来るが槌を軸に上へ回転して逃げる。遠心力と体重を乗せ脳天を狙うが、ハインツはそれを噛み付いて止め、両腕をテイクバックさせ左右から拳を繰り出してくる。
「こんのお~!!」
更に強く槌を押し込むとバランスを崩し、セリセリの内臓を潰すはずだった両拳がそれて鈍い音を立てかち合う。その一瞬の隙に離れようとするがしっかりと歯を立てていて槌を抜こうにも抜けない・・・!
「やばっ!」隙を作ってしまった!ハインツがこの好機を逃す筈が無い。
“殺られる!!”
と、その時!胸像の目が光を放つと突然爆発し弾け、ハインツは顔を仰け反らせ地面をえぐりながら跳ね飛ばされた。
「うん!?何だ!?ケブッカイが吹っ飛んじまったぞ!?」
胸像がシャフトだけ残して跡形もない。
「姐さん、ヒデェーっす!俺じゃねっすよ~!!ってか、やっぱ姐さんスゲェ~!!へんてこりんな黒い女、ぶっ飛んでっちまいましたね!」
「ダメだ!!来んな!」
「いやね、途中、姐さんの事知ってるエルフのセンセーに合いましてね~。そいつに『姐さんと一緒にいる男にコレを渡せ』ってヘンテコリンな石を渡されましてね。再生成賢者の石つったかな?確か!だけど追い付いてみりぁ、そんな奴居ねぇし姐さん戦ってるしそんな暇ねぇし!って事で自慢の槌に埋め込んでみたんでさぁ!しっかし爆発しちまうとは!そんなアブネェもんだとは思わなかったっすよ!エルフだから大丈夫って油断してましたぜ。怪我してないですかい?姐さん!!」
「だから来んなって!!まだ殺れてない!」
「またまた~!あれで死なねえなんてバケモンっす・・・よ!?」
ケブッカイの腹から黒い手刀が生えている・・・。いつの間にか背後を取られ攻撃されたようだ。
「なん・・・じゃこりぁ・・・!!」
血の泡を吹き倒れ込むケブッカイ。助けようにもやたらめったらとニードルで攻撃を仕掛けて来て近寄れない。シャフトだけに為ってしまった槌で防戦するが先ほどまでとは違い確実に殺しに掛かってきている。
「単調だな!!うん!ヘナチョコだぜ!!」
逆にセリセリにとっては避けやすかった。
チャンスとばかりに強く踏み込みハインツの喉元へシャフトを突き立てようと一直線に伸ばすがゴバと地面を割り、逆に喉元を狙われる。しかし、それはギリギリのところで届かなかった。目を覚ましたケブッカイががっちりと喉元をホールドした為にガクンと仰け反ったからだ。
「ケブッカイ!!生きてたのか!?」
呼びかけには応じなかった。ケブッカイを引き剥がそうと藻掻くがきっちりと決まった技を返す程の力が残っていない。
「今、助ける!!」
彼を救助すべく駆け出そうとするセリセリの眼前に銀の霧が舞う。
「・・・!?リンちゃん??」
確かリンは女神に乗っ取られていた筈だが・・・。
「セッちゃん!時間が無いから簡単にゆーね」
霧がまとまり竜の姿となったそれは、やはり紛れもなくリンだった。
「いまね、どうしてもセッちゃんと話しがしたいからってさ、返してもらったんだ!さっきの攻撃でアイツの魔力が枯れてきて、女神様がちょっとだけ自由になれたってそれで・・・」
「リンちゃん!ケブッカイを助けないと!!」
「・・・ううん・・・あの人はもう・・・命の気配を感じられない」
「でも!!」
「ダメだよ、セッちゃん!!あのヒトが作ってくれたこの時間をムダにしちゃいけない!」
続けてリンは言う。
「ね、セッちゃん!ボクが矢に取り憑くからあそこ目掛けて放ってよ!そ~したら中に潜り込んでボクの焔でぶっ壊してやる!」
「そんなことしたらリンちゃんは!?」
「くふふっ。ボクならへーき!だってアイツの中にルイがいるんだもん!会いに行かなくっちゃ!きっと今頃『さみしーよー』とかいって泣いてるからね~♪」
「ヤダッ!!だってリンちゃんまで居なくなったら私だってさみしいよ!」
「ボク、竜だよ?しかもただの竜じゃあない。女神の鱗から生まれた可愛くってスーパーな竜なんだ!そんなに簡単にやられないもん♪」
「ホント?・・・帰ってくる?」
「うん♪」
「きっとだよ!?」
「くふふっ♪セッちゃんもルイの泣き虫が伝染っちゃったみたいだね!それじゃあルリルリだよ!?ルイとセリセリでルリルリ!」
「・・・うん・・・伝染った・・・」
「じゃあ、もう大丈夫だね♪ルイはいつだってそこに居る!いつだって一緒!ボクだって傍に居るからさ!!」
「・・・うん・・・」
「よ~し・・・んじゃ、ま、ちょっくらやってみますか!って・・・くふふっ♪ルイならそんな感じかな♪」
そう言うと霧となり残りの一本の矢尻と融合すると自ら弓に番われた。
「じゃあ、行ってくんね~♪」
「・・・うん・・・よい・・・だびを!!」
涙と鼻水で上手く喋れない。二度と会えない事は解っていた。お互い精一杯ムリしていることも。
「うん!セッちゃんも・・・よい旅を!!」
涙で前は見えない・・・目を瞑り心のままに矢を解き放った。例え見えずともオイデの爪が“ココなんだなぁ”と呼んでいる。
きいいいいん
爪と矢尻がかち合い、とても澄んだ染み渡る様な金属音を奏で響き渡る。遅れて銀の軌跡がハインツの胸に吸い込まれるように消えていった。
ハインツは激しく悶え、金、銀、黒と目まぐるしく体色を変化させ、躰の中からルイとリンを排除しようと無様に藻掻く。
「とっとと消えろ~~っっ!!」
ボロボロの右手の手甲にありったけの力を乗せ、大地を揺るがすほどの踏み込みからの渾身の一撃!!ヒビを拳が捉えた瞬間、ハインツと目が合った。
「うん!!!私達の勝ち!よい旅を、だ!」
今度は私が得意顔の番だとニヤリと笑う。今まで一切の表情のなかったハインツが悔しそうに顔を歪める。
ヒビから蒼い焔が漏れ出し躰を限界まで縮め込むと爆発を起こした。
爆散と共に眩い光球が広がる。それは神殿やその周辺を破壊しながら膨らみ続け、やがて一点に向かい収縮し、音もなく消えた。
割れんばかりの歓声!安堵に咽び泣く夫人達の姿・・・。脅威は去ったと大声を上げる男・・・!!
目の前には戦いの跡は無く、この場に集った者達が見たのはまるで幻のようだ。
程なく重たい空からは雨が振り出し、一人、また一人と安堵を胸に帰路へついた。




