第51話 野望と希望
「ねえ!!あれ見て!!!」
打ちひしがれた静寂を破る様に、少年が魔王を指差し叫んだ。
「魔王の顔、半分泣いてる!!あのおじさんだ!!おじさんが泣いてるよ!!」
煤の剥がれた部分からルイの一部が顔を覗かせている。
“・・・ああ、もうやめてくれ・・・!オレは殺されるだけでよかったハズだ・・・。竜飼いは強いんだろう!?・・・だのにこんなにも簡単に・・・何人も・・・もう誰もオレに殺させないでくれよ!楽しいんだよ!!
いや!違う!!そんなわけ無いだろう!!誰も好き好んでやっているわけじゃ・・・いやぁ、好きだなあ・・・嬲り足りねぇよ・・・。
嘘だ!嘘だ!!クッソぉ・・・おかしくなっちまってやがる!!助けてくれよ!リン!・・・リンはどこだ!?・・・なんだよ!まだ取り憑かれてんのか!?早く女神のヤローなんざ追い出して戻って来いよ!!
・・・なぁ・・・オレ一人じゃダメなんだよぉ・・・。セリが・・・セリが息、してねぇんだよ・・・助けてやってくれよぉ・・・。オレぁ・・・もうどうでもいいから・・・せめてセリセリだけでも!!”
広げた悪意を引き戻し、ヒトの貌を成す時に呑み込んだセリセリからの鼓動を感じられない。取り込んだことで辛うじて死の進行は止められたみたいだが、セリセリの痛みが心を通じて流れ込んでくる。
“呼吸はして無くてもまだ死んじゃいねぇ!そう感じるんだ”
悪意の中心に居るはずなのに、何故か染まりきらない。しかし、いよいよ限界を迎えようとしているのを感じる。
リンを失いセリセリも救えず、オイデを巻き添えにし、リッチェを生き返させてもらう事も叶わなかった・・・。これはルイの精神をへし折るのに充分過ぎる程だった。
“もう、どうでもいい。世界がどうだなんてオレの知った事じゃない!オレの世界は終わったんだ・・・!他人の世界の面倒が見れるほど俺は出来た人間じゃあない!!・・・今はただ静かに眠ろう。もう・・・どうでもいい”
両の瞼を閉じようとした時、貪撃が頭部を襲った。ギロリと睨みつけるとボロボロの、かろうじて肌に残る修道服を着た女が浮いていた。
“痛くも痒くも無い。まるで練り物で叩かれたようだ”
両腕が棍棒の重みに堪えきれずダラリと垂れ肩で激しく息をしている。今の一撃が恐らくはありったけだったのだろう。
“ふん。放っておいてもいいが俺の眠りを妨げたのが許せねぇなぁ・・・さて、どうしてやろうか”
ウキウキと心踊り、何か楽しい遊びは無いものかと思いを巡らせていると、またしても邪魔が入った。
魔力によってジャケットされたライフル弾に胸部を貫かれたのだ。
着弾後、遅れて背中が爆ぜるのを狙撃手はスコープ越しに確認した。
「よし!!随分と待たせてしまったがこれで終わりだ!!」
他の竜飼いが次々と倒される中、弾丸になった自身の竜に魔力を注ぎ続けた。
“一撃で倒さなければならない”
その間なにも出来ない自分に腹が立ち、血が滴るほど歯ぎしりをした。だがこれで報われるはず!!秒速4500フィートで放たれた弾丸で原型を留めていられる生物など居やしない!!
・・・しかしそれはヒトや魔獣に対してであって魔王には通用しなかった。みるみるうちに爆ぜた煤が集まり魔王の躰を元通りにしていくではないか!!更にレンズ越しに目が合ってしまい彼女は戦慄した。
「まさかこの距離で!?」
位置が特定される事はスナイパーには致命的だ。
「今すぐに倒さなければ私がやられる!!」
二撃目の装填には魔力が足りない。直ぐさま隣に設置したロングバレルにスーパーショートマグナムを装填して追撃を放ったが、そんなものは魔王の前には夜店の銀玉鉄砲のようなものだった。
“あんな所に五月蝿いハエが居るようだな・・・ああ・・・イイコトを思いついた・・・お返しだ”
魔王はニタリと笑うと戦意の喪失した修道女を鷲づかみにすると親指と人差し指を広げ、その間に煤のベルトを張った。スリングショットの出来上がりだ。
“そういやぁ・・・こうやって紙を挟んで・・・ちっせぇ頃よく遊んだっけなぁ・・・。オレぁ、射的、上手かったんだぜ・・・?”
修道女の股を開きそこへ引っ掛けると、遥か遠く狙撃の姿勢をまだ取っている残りの竜飼いに狙いを定めた。
「ぎやあぁぁっっ!!さっ!裂けちゃう!!痛い痛い痛い痛い~ッッ!!」
尻と股の裂け目にキリキリと食い込む煤が、ブチュブチュと音を立て彼女の体を溶かしながら蝕んでいた。
「あ”あ”あ”あ”ッッ!めっ!女神様!!助けて下さい助けて下さい助けて下さい!!お”お”お”お”っっ!!私のアソコが!溶けて崩れる!痛い痛い痛いあ”あ”あ”っっ!!」
修道女は声に為らない声をあげ、必死に煤を掴み外そうしたがあっという間に蝕まれた両の手は朽ち溶けて崩れた。
“逃がしてやるよ”
そう言わんばかりにニヤリと笑うと彼女を摘まんでいた指を離した。
「んげっ」
解き放たれた瞬間に空気の壁にぶつかりいとも簡単に首の骨が折れ、だらしなくバタバタと手足をなびかせてすっ飛んでいった。
「ちっ」
屍を撃ち落とすべく狙いを定めたが、三百ヤード程度を2秒で到達したソレの頭部を破壊出来たのみであった。質量のある人肉が高速で飛来して凶器と化し狙撃手を襲う。避けきれずに衝突しバラバラになった肉塊は、どれがどちらの物か判らないほどに散らばり辺りに血のモヤがかかった。
「ああっ!あっという間に姉妹達がやられてしまったようですわ!まさか・・・これ程までとは!!いかが致しましょう!お母様!?」
竜飼いとの戦闘中、一切手を出さず静観していたハインツだったが、この女の問いかけにようやく動いた。
「・・・全く、お前たちには失望しか無いな。時間稼ぎにすらならないとは!
この媒体の銀の竜に女神の精神を定着させるのには私の魔力の殆どを注いでもまだ足らないというのに」
「お母様!それならばこのベルゼの魂の能力をお使いください!そうすれば・・・」
「はっ!お前とでは精神の位があまりにもかけ離れていて無理だね。それと私をお母様と呼ぶのはやめてもらおうか」
「!はい・・・申し訳御座いません、ハインツ様」
「呼び名だけではないよ。我が子達や竜飼いどもが不甲斐なさ過ぎたのも問題だが、そもそもお前がセリセリ=エルドランド=ガランドを引き込めなかった時点で計画が大きく崩れてしまったのだ。もう、私はお前の母では無いし、子とも思わないよ」
「そんな!!お母様!私は!!」
ハインツはすがるベルゼを振り払うとふわりと浮き、巨竜へと変身し魔王の前に対峙する。
「ふふふっ。ルイ君・・・聞こえるかい?女神の竜としてキミを排除させてもらうよ。竜飼いどもは敗れたがキミの闇を無駄遣いさせることは出来たようだからね。今のキミならワタシ単体でも倒せるだろう。
・・・さようなら。最後にキミの驚く顔がもう一度見たかったものだ」
「スピリットイーター」直ぐに魂を喰らいにかかった。ハインツより更に大きな竜の幻影が魔王をひと呑みにすると羽を折りたたみその巨躯を丸めた。
「ぐあああっっ!!」
竜の中心部から魔王の悲痛な叫びが辺りに響き渡るが、その声は魔王のものではなくルイの声だった。
「おじさんの声だ!!とっても苦しそうだよ!?やめてよ!!可哀想だよ!!ねえ?何で??何で誰も助けてあげないの??何でみんなでおじさんをいじめるの??」
「ぼうや?あのヒトはね、本当は悪者だったのよ?だから竜飼い達をみーんな、やっつけちゃったでしょう?だから悪者なのよ!」
「でもね!あのおじさんからは何もしてないよ?全部仕返ししただけだよ?僕だって蚊に刺されたら潰すもん!!それと一緒だよ!!
・・・ああっ!また苦しんでる!!」
悶え苦しむルイの声は群衆にも刺さっていた。ルイが無理矢理に魔王にさせられたのはここに居る誰もが観ていたから分かっている。しかし目の前にいる魔王は脅威であり、悪なのだ。
「ふふふっ。流石に精神に直接攻撃を仕掛けられては煤のような無敵の躰でも避けようがあるまい。そのままこの業火に灼かれて消えてなくなるがいい!!」
ハインツの口元に一度チロッと火が見えたかと思うとそれを吸い込み胸が膨れ上がる。
「フレイム・ザッツ・デストロイ!!」
一気に吐き出された炎が幻影の竜ごと魔王に引火するとギュッと圧縮され、凄まじく高密度の焔となった。やがて限界まで圧縮されれた焔は轟音を伴い大爆発を引き起こす!それは一瞬だったが、空間ごと吹き飛んでしまったかのように錯覚するほどの、寧ろ群衆が恐怖さえ感じるものだった。
「・・・すまない。魔王相手に手加減など出来ないものでね。だがこれで、少なくとも、キミの魂は浄化されてあの世へと向かう事が出来るだろう。それはたとえ女神とて引き戻す事は叶わない。安らかに眠ってくれ給え。
では・・・よい旅を!」
眩いばかりの光の粒が天に舞い巨竜からハインツへと戻ると、見上げる群衆に向き直し両腕を広げ抱きしめる様な仕草をした。
“ふふふっ、完璧だ!圧倒的な力で悪を滅ぼす事で民共は、いや、生きとし生けるもの全てがワタシを敬うだろう!そして光輝く美しい女性!!今、奴らの目には女神として映っているだろう!!敬え!崇めろ!今のワタシこそが女神!!”
永らく、女神の竜として仕えて来た。突如として力を失った女神を復活させる為に尽力した。信仰の心こそが女神の力。その為に手段を選ばなかった。
あらゆる地域で紛争の火種を撒き、それを竜飼いに治めさせ自作自演の救済を施して信者共を増やした。
世界各地に女神像を建てさせ崇めることこそ、信じる事こそが魂の救済だと説いて回った。
竜飼いを名乗り自らが生み出した“魔獣”を討伐して廻り、参戦したもの達を束ねギルドも立ち上げた。
“・・・永かった・・・。これでワタシが女神を名乗り世界を統べるのだ!もう使いぱしりなど真っ平御免だよ!元女神はあのまま銀の竜に閉じ込めておけば問題ないであろう・・・。今ここに!新しい女神ハインツ様の誕生だ!!”
・・・しかし、どうしたことだ!?民共の喝采が聞こえないのだが?どういう・・・。
「魔王が!!・・・まだ動いている!!おじさんはまだやられてないよ!!」
「バカな!!」
あちらこちらが吹き飛んでそこからブスブスと燻る煙のように煤が立ち昇る。もはや顔などとは呼べない頭をゆっくりと擡げた。
全身を酷く損傷しながらも、腹に全くの無傷の場所がある。そこをうずくまって守っていたようだ。密度の低くなった煤の躰の中・・・無傷の中心に何かある・・・。
魔王はフラフラと落下してドチャリと地面に落ちたがよほど大事なのか、そこを必死に守っている様に見えた。
その場でしばらく悶えていた魔王は崩れながらもずるずると這いハインツの元へと向かった。
「・・・なあ・・・あれって・・・魔王の連れてた女じゃないか!?」
「!!・・・きっとそう!!」
落下した後そこに残された大事な何か・・・。纏わり付いた煤が晴れるとそこには一人の女と一匹の獣・・・。それはルイが魔王になる際に取り込まれたセリセリとオイデであった!それに直ぐに気がついたモモとベルゼが駆け寄る。
「おお!!なんと!!取り込まれて消えちまった訳では無かったんだねえ!
これは・・・息をしとらん!!」
「セリセリ様!!なんということ!!しかしこれはどういうことですの!?鼓動は止まり息も確かにしておりませんが、命を感じます!!まだ死んではいないようですわ!!」
「バカな!!ムムっ!?むぅ!これは!!
そう言えばこやつら、御神魚を喰ろうたと言っておったわ!御神魚の加護じゃ!!今ならアタシの力で蘇させる事が出来るやもしれん!!・・・失ったものまではどうにもならんがね」
「それは私が同化して補いますわ!私の魂の能力“食欲”は生きる希望を、そして喜びを私自身と引き換えに与える事が出来るのです!まだ魂が死んでいないのでしたらあのセリセリ様ならなんとかなるはずですわ!!こんな事に巻き込んでしまったせめてもの償いがしたいのです!」
「オヌシがそれでよいのなら・・・それじゃまずは、目を覚まさせてやるかの!」
「はい!私は目覚めると同時に同化致しますわ!今のままではまだ・・・生あるものとしか同化出来ないので・・・」
「あい分かった!・・・全くやれやれだねぇ!あのアホンダラは厄介事しか持って来よらん。片が付いたら饅頭を破産するまで売りつけてやるから覚悟しとくんだね!
・・・さあ!この年寄りの最後の舞、とくと観ておくんだよ!!」
シャン
横たわる二人を中心にモモの魂の舞いが始まると、辺りに光の粒が飛び交いそれらはやがてセリセリとオイデを包み込む。
「今だよ!!」
モモの掛け声と共にベルゼがセリセリと同化して無くした腕と胸の穴を修復した。
「セリセリ様・・・貴女と、いつか一緒にお料理がしてみたかったですわ・・・。でも、いいのです。腕となった私と共にこれから沢山の美味しい物を作りましょう!さようなら。そしてありがとう!私のお料理をあんなに美味しそうに食べて下さって・・・。あの笑顔は私の宝ものですわ♪」
静かに、静かにゆっくりと目を覚ますセリセリ。その目は止まぬ涙で溢れていた。




