42話 ルイは友を呼ぶ
今思えば、オレ自身も多少の違和感を感じた事がないわけではなかった。好きではあった。好き過ぎる位好きだった!だのにその先は想像出来ても実際手を出す事は無かった。
きっと、ものすごく大事だからに違いないと思っていた。それどころか自分に娘がいたら、こんな気持ちなのか?と思う事が多々あった・・・。
「え?え?ちょっと待って!?それってルイがリッチェのお父さん、って事?」
「まあ、そうなるな」
「恋人になれないじゃん」
「まあ、そうなるな」
「やったっっ!!ボクにもチャンスがある!!」
リンは思わず声に出そうになったのを必死に抑えた。暗い話ばかりのなかに光を見つけた。「ボクだってルイと愛し合う事が出来るんだ」モノクロームの夢が、にわかに色彩を帯びてきた。
“尚のことルイを死なせる訳にはいかない、女神なんてぶっ飛ばして絶対に幸せになってやるんだ!!”
「リンちゃん、顔、ニヤけてるし」
「くぁwせdrftgyふじこlp!!」
耳元でセリセリにそう囁かれて思わず変な声がでた。
「うん。多分同じ事考えてたと思う。抜け駆けはナシな♪」
リンは赤面してうなずくが、セリセリもまた、赤面していた。そして互いに直感する。「これはうかうか出来ないな」
二人共、むざむざルイを死なせる気など毛頭も無かったが、当のルイ本人はどんどん落ち込んでいっているようだった。
「・・・全部・・・計算尽くだったんだろうな・・・。本当に嫌なヤツだ。・・・オレはお前たちと旅するのが楽しくて仕方がなかった。楽しくて、楽しくて、まだ一緒に居てぇ、まだ死にたくない・・・そう思っちまった。一瞬だが、このまま逃げ出してやろうかと考えた・・・!
これは・・・ぶん殴られて記憶が戻ったんじゃない。オレがそう考えた時記憶が戻るように仕組まれてたんだ!実の娘なら・・・親ならば逃げ出すまいと!!
・・・実際、その通りだ。もうオレは言いなりになるより他に道は無い。ここまで嫌なヤツだとリッチェを生き返させてくれるのかも怪しいもんだ!
ああ!リッチェの死が昨日のようだ!妻の最後の顔と重なって気が触れそうだ・・・」
みるみると血色が悪くなり瞳から精気が失われていく。それと取って代わるように隠していたアザが、スカーフの隙間からザワザワと左頬に伸びて来たのをセリセリは見た。それはとてもおぞましく、生物の直感で生命的危機を感じとり全身に鳥肌が立った。
このままでは全てをアザに飲み込まれ、きっとルイがルイでなくなってしまう!!
「ルイ!!お前・・・ダメだ!!引っ張られるな!!」
何も思いつかなかった。ただただ本能のようにルイの頬を押さえ唇を重ねた。恐ろしくはあったが、ルイを救いたい一心だった。
「・・・ダメだ・・・そっちに行くな・・・。行かないでくれ・・・」
そっと唇を離し、ルイの瞳を覗き込むとわずかに光を取り戻したように見えた。
「大丈夫・・大丈夫だよ・・・」囁きかけながらゆっくりと頬から手を離す。アザは未だ蠢いているが進行はしていない。
“よかった・・・止められたみたいだ・・・”
ホッとすると、膝から力が抜けその場にへたり込んでしまった。
「怖かった・・・!」二の腕を擦りながら小さく丸まると、ガタガタと震えそれに耐えた。
七つか八つの頃猛毒ウサギに噛まれ、死んだと間違われてその場に置き去りにされた時よりも怖かった。
十の頃、砂ミミズに部隊をひと呑みにされ一人砂漠を彷徨った時よりも心細かった。
あれから仲間を何十人と目の前で失ってきた。死んでしまうのは弱いからだと割り切れていた。だのに・・・!決して魔人が恐ろしい訳ではない。たった一人!たった一人の男を失うことがこれほどまでに恐ろしい事だと感じるとは!!
“私は一体、どうしてしまったのだろう?”
「セリ!!大丈夫なんか!!毒、移ったんか!?」
オイデが血相をかえてセリセリの元へ駆け寄るが、直ぐに毒でも呪いでもない事に気が付いた。
「うん・・・私は大丈夫。へーきだよ!」
そう答えたセリセリの瞳が、これ以上ないほどキラキラと輝いていたからだ。
「ルイ?大丈夫??私がわかるか?」
そう声をかけると、突然ルイの目からボロボロと涙が流れた。
「・・・ごめんなぁ・・・本当に、ごめん・・・オレぁ、また・・・また大事なモンを傷つけちまうかもしれないところだった・・・!!
・・・もう、嫌だ!なんでオレ何だよ!なんでオレばっかりこんな目に遭わなけりゃならねぇんだよ!!
逃げねぇから、ちゃんと死んでやるから、もう止めてくれよ!せめてコイツらには!コイツらは・・・護ってくれよう・・・。
みんな・・・ごめんなぁ・・・情けない男でよぉ・・・」
ルイが冗談も挟まずに弱音を吐いているのを初めて見た。心が痛い!まるで自分事のように胸がキュウとなる。大声を上げ、掻き毟って掻き毟って心臓を取り出したい程に。
涙をボロボロと溢し、しなだれているこの男を何とかしてやりたい、私が支えになってやりたい、この男の全てを受け止めてあげたい!
・・・そうか!!きっと、これが愛なんだ!私はこの男を愛してるんだ!!
「ふう~っ」
「ひやあっっ!?!?」
そっと背後から耳に息を吹きかけられたものだから変な声が出てしまった。
「くふふっ。今のでおあいこだよ♪・・・ありがとう。ルイを止めてくれて!
僕は動けなかったや・・・。ルイが居なくなっちゃう!って思ったら、怖くって!!
だから・・・ありがとう。チュ~は、ノーカンにしといてあげる」
「さ!ルイ!!立ち上がろ?きっと何とかなるよ!!みんないるんだよ!?リッチェだって生き返させてもらうし、ルイだって死なせない!!きっと道はあるよ!!
願い事ばっかりじゃ、お祈りばっかりじゃどうにもならない事を僕らは知ってる。だけど皆で力を合わせれば絶対何とかなる!何とかしてみせる!!ルイは一人じゃないんだよ!?
・・・だから、さ、ルイ、立ち上がろ?」
ゆっくりと顔をあげ皆を見渡すと、セリセリが、オイデが、そしてリンがしっかりとオレを見据えて力強く頷いた。
「オレぁ、まだ・・・お前たちを・・・皆を頼っても、いいのか?オレに・・・そんな価値が、あるのか?」
「んもう!!価値、とかじゃないでしょ!?あのね、ルイ!!誰が誰をとかじゃないの!!誰もが誰をも必要としてるの!!皆ここまで付いてきたのは何故!?みんなルイにいて欲しいからじゃないのさ!!アザに犯されてそこまで馬鹿になっちゃったの!?違うでしょ!!ルイ!しっかりして!!」
「・・・こっから先は、地獄、かもしれないぜ・・・?」
「地獄!?うん!!上等!そんなものでびびる位ならとっくにドロンだよ!それにお前のギャグの方がベヒモスの吐息よりも酷い!!」
「ンナァ・・・確かに・・・!こないだなんか居酒屋全部が凍りついて“酔っぱらいをシラフに戻す魔法”でもかけたみてぇになってたしナァ!」
「くふふっ。確かに!注文時に「あなたはもう忘れたカシラ」から始まって、挙げ句焼き鳥かじって「アゴの下には 噛んだ側」・・・だっけ・・・。僕、あの後何食べたか覚えてないもん」
「・・・そんなに、か?」
一同「そんなに!!」
「ぷっ」
リンの吹き出しをかわぎりに全員が笑いに笑った。まるで不安や恐怖を忘れようとするように。
「んナァ~~!笑った笑った!それにしてもルイのオッサン、ひっどいツラしてるナァ!顔でも洗ってくるといいべナァ!・・・さあてと!ほれ、リン!オイラ達は寝床用のデッケぇ葉っぱでも探してくるべよ」
「え!?あ、うん」
オイデがわざとらしく大きな声でリンを誘い森の中へと消えた。
そしてこの場に残されたセリセリが静かに唄いだした。
明日の朝も目覚めることが出来たなら
私は何を言えるだろう
きっと今日の私にありがとうを伝える
たとえばそれが希望でなくとも
明日の朝も目覚めることが出来たなら
私は何を想うだろう
きっと昨日のあなたに謝りたいと願う
いつまでも軋む背もたれの音に
お前はいつ壊れるのと語りかける日々が
どんなに愛おしかったか今知った
悲しい朝日が降り注ぎ私に言う
一緒に今日をトンテンカン
いつまでも掘り続ける穴の底で
埋まってしまえば楽なのにと願う日々が
どんなに居心地よかったか今知った
優しい暗闇が頬を撫で私に言う
あなたは見当外れのトンチンカン
今日の朝また目覚めることが出来たから
私はあなたを抱きしめる
今が昨日になってしまうまで
セリセリの澄んだ歌声がオレのザワつくアザを落ち着かせる。
「前に、村で唄った時、お前が私の歌を褒めてくれただろう?村の人達も元気になってくれた・・・!私はそれが嬉しかった!!
・・・私は、夢が出来たんだ。それは私は自分の子供に唄を歌ってあげたい。戦い方じゃなくって、唄を教えてあげたい!そこにはお前が居て、お前は子供を肩車して一緒に歌って、一緒に笑って・・・みんな一緒に!お前と私と私たちの子供で幸せになるんだ!!
・・・私はもう、この旅で戦士を辞める。村にも帰らない。掟とか、使命とか関係ない!私自身が決めたんだ!!私はお前が好きだ!!だから絶対に死なせない!!
・・・だから・・・」
マントを脱ぎ去り、ゴム質のボディースーツを外しにかかる。
「セリ・・・お前・・・」
「うん。分かってる・・・旅の間に色々知ったよ。祈っても子供は出来ないって事位は。
・・・もう、しゃべらないでくれ!!・・・恥ずかしいんだ・・・。それとも私じゃ、嫌・・・か?」
思考の鈍化はあったが、意識ははっきりしている。オレはセリセリに応えた。それが誠意だと思ったからだ。
湖の寄せて返す波の音が重なる二人を優しく包み込み、満天の星空に星が一筋流れる。
「嬉しい。多分、今世界中で一番幸せなのは私・・・」
暗闇でも判る程耳を紅く染めたセリがオレの腕の中でそう呟いた。




