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40話 おぶ入ろうね

 翌朝、森へ散歩に出かけると言う妻と我が子を見送りがてら、彼女の家を訪ねたのだがそこにサオリーナの姿はなかった。朝礼前にでも話しをしたかったのだが何処へ行ったのだろうか?まあ、今まで一度たりとも規律を乱したことの無い彼女だ、いずれ会える、仕方なく諦めるとしよう。

 少し早めに職務室へ入って事務処理でも済ませようか。

 今日はできる事ならにすぐにでも帰宅したかった。我が子の名前を妻と決める事になっているのだ。


「女の子だからな。妻から貰ってリコレッタ・・・う~ん、ルカーナ、レイバノ!う~ん、男の子っぽいか・・・。ラリ、ラル・・ラレ・・・。あ、駄目だ。仕事が手につかんよ!!」


 あれやこれや考えている時間が実に幸せだったが、突然のドアノックに現実に引き戻された。


「失礼します!師団長殿!!内定を進めておりました男、逃亡を図ろうとした為、今朝方捕縛致しました!!」


「ああ、あの闇ブローカーの男か・・・。よくやった。ご苦労!」


 ここ最近、我々が兵を出さなければならない程の凶悪犯罪が増えていた。若者を中心に幻覚作用のある薬物、呪符などの使用による暴力行為が目立つ。加えて薬物の過剰摂取により緊急搬送される者も増えていた。妻も薬を扱うが市場にそんなにたくさんの薬は無いと言う。更には特級薬物、これは政府から認められた一部の薬師にしか扱う事が出来無いのだが、これも流れている。

 “内部による横流しの可能性”そうにらんで捜査を進めていたところ、別件で捉えた女からこの男の関与の線が浮かんだ。

 その女は飲み屋の色男に相当な金をつぎ込んだらしい。色男は見返りに夢の様な時間をくれたそうだ。ただ、彼女は現実との区別が付かなかった。そこで自分の物にならないのならば殺してしまおうと考え、強力な呪物に手を出した。女はそれにより魔獣化、犯行に及んだようだ。彼女は拘束後、取り調べ中に牢で死亡。

 この件で使用された呪物、一見ただの呪符だが報告書にはおぞましい結果が出ていた。


 1.呪符の解析結果

素材 羊皮紙、血(胎盤の一部含む)と見られる。月経が使用されている可能性が高い。

表面に特級薬物の使用が認められる。

 2.ラット実験による呪符の効果

被検体に呪符を添付後即魔獣化が認められた。その後死亡。

 3.呪符の影響力

ラットに大、中、小と呪符を切り分け添付。

呪符の大きさによる魔獣化の形態及び、変異速度の変化は認められない。

尚、何れも魔獣化後死亡により呪符への依存、常習性はないものと思われる。


 こんな危ねぇもんがそこかしこで取引されているとしたら・・・考えたくも無いな。願わくば拘束した男が大木の小枝では無いといいのだが・・・。


「失礼します!師団長殿!!」

「ん?何だ?ヨコヤマか。あ~、一応ノック位はしろよ?」

「失礼致しました!しかし!緊急性が高く・・・」

「どうした?」


 「これを・・・」と差し出された書類の束。どうやら名簿の様だが中ほどに何重にも丸で囲ってある名前を見て血の気が引いた!!


「今日はエイプリルフールか?」

「いえ!」

「これは何処まで?」

「はい!私と師団長殿までであります!」

「他に絶対漏らすなよ!!書類はお前に任せた。厳重に管理しろ!

 各兵に通達!団員に害なす恐れあり!妻子を連れて兵舎へ集合させろ!!

オレは、今すぐ出る!!」

「はい!!」


 冗談じゃねえ!冗談じゃねえ!冗~談じゃねえ!っての!!きっと何かの間違いだ!!そんな筈はねえ!

 名簿に記された名前に動揺が隠せないが、とにかく散歩に出ている妻と我が子を迎えに行かなければ!きっと南の湖に向かったに違いない。あそこは妻のお気に入りの場所だ。

 「ハアハア」・・・駆ける脚がもつれる。戦闘においても、こんなにも速く駆けった事は無い。どうか無事でいてくれ!!

 きっと真っ先に狙われるのは・・・オレか、妻なのだから!!


「見えた!湖だ!!」


 剣で藪を薙ぎ払い、倒木を駆け上がり一直線に最短ルートで目指した為、妻よりも先に湖に到着出来そうだ!


「む?・・・誰か、いる!!」


独り佇む者がいる。妻、ではないな・・・。


「何故、ここにいるのだ?」


 湖畔に到着したオレは後ろから声を掛けたが剣は納めなかった。

・・・どうか、他人のそら似であってくれ!


「・・・あら!?師団長殿。今は朝礼の筈では?」


 ゆっくりと振り返ったその顔は、やはりサオリーナだった・・・。


「何故ここにいるのだ?と聞いたのだが?」


 全身にまんべんなく魔力を通しながら剣を握りしめる。


「湖が・・・見たかったの・・・悪い?」


サオリーナは湖に向き直りオレに背を向けた。


「ね?覚えてる?あの真ん中に浮かんでる島・・・。二人であそこまで泳いで行ったっけ・・・」


「・・・ああ、覚えているよ・・・」


「そこであなたは、私にキスをした・・・」


「・・・ああ、覚えている・・・」

「うそ!!」

「いや、覚えてる」


「嘘よ・・・!!覚えてるなら何故?何故あなたの隣にいるのが私じゃ無いの!?

・・・私はずっと待っていた。なのにあなたは、私を忘れた」


・・・恋は互いに自然に冷めたものだと思っていた。いや、一方的にそう思いたかっただけなのかも知れない。

 オレは、ずるい男だ・・・そんな自分から逃げるように質問を質問で返した。


「サオリーナ、キミの魔力、昔はもっと鋭かったよ。それが今はどうだ?とても不安定だ!何か・・・う、疑いたくは無いが・・・よ、よくないものに・・・」


彼女をまともに見る事が出来ない。唇が震えて、喉が貼り付く位カラカラだ。


「あら・・・師団長殿ともあろう御方が捨てた女ごときに()()()のですか?それとも、贖罪の念でも持ち合わせているのかしら?」

「サオリーナ・・・。済まなかった。本当に済まなかったと思う!!だから、その手に握りしめている物を、棄ててほしい。お願いだから棄ててくれ!!

今ならオレしか見ていない!!オレしか・・・。お願い・・・します」


彼女の手に件の呪符が握りしめられていた。


「これを作った奴はさあ、妹さんをヒト族に掠われて、死ぬまで慰み者にされて、その辺に棄てられてたんだってさ!

なあんか、私の心みたいだなあ、って。

それでね?アイツの復讐に力を貸してやろうかなって。そしたらあなたも困るかな?ってさ!昔みたいに私を頼ってくるかな?って!!

なによ!!私だって少しは薬に詳しいんだ!!

・・・そう。あの女さえいなければ良いの。そしたらあなたは私に戻ってくるから」


そう言うとサオリーナは握りしめていた呪符を飲み込んだ・・・。


「よせ!!サオリーナ!!」

「愛してる・・・ヴァーレ・・・」


なんという事だ!!呪符を貼り付けたのならば、直ぐに剥がせば何とかなったかもしれないというのに・・・!サオリーナもそれを解っていて、あえて飲み込んだのだな!!


「ギャアアアアアッッッ!!!」


断末魔に似た悲しい叫び声を上げ、みるみる魔獣化していく・・・。

 ああ・・・美しかったその顔は、耳元まで口が裂け、大きな牙が血しぶきと共に生えてくる。牙と対になるように頭からねじ曲がった角が伸び、もはやサオリーナの面影は無い。腕はオレの脚よりも太く肥大化し、全身が鋼の様な獣毛に被われた。

 目は血を垂れ流し、ジッとオレを見据えている。いやだ・・・!斬りたく無い!!オレを見るな・・・。


「ヴァーレ!!」


オレだけを凝視していた眼が声を捉える。

 しまった!サオリーナへの思いで妻の気配に気が付かなかった!


「来るな!!ここから今直ぐに離れろ!!」


「!!」妻に気をとられた瞬間、サオリーナの爪がオレの背中を掠める。

 危なかった。魔力を張り巡らせていなければ避ける事が出来ずに、オレはバラバラになっていただろう!


「!?」


クッソっ!ご丁寧に爪に毒薬が仕込んであったか・・・。

 毒のせいで目の前のものが全てダブついて見える・・・。たが、なんとしてでもリコレーノと娘だけは!!

 二擊目をかろうじて躱し、剣を捨て妻と娘を抱えると、風の様に速く森の中へ逃げ込む。


「ヴァーレ、あれはなに!?」

「あれはオレの罪の固まりだ・・・」


そう、あれはオレ自身だ。醜く矮小なオレの身勝手が生んだ鏡の中のオレだ。


「!ヴァーレ、背中が!!」

「なあに、大したこと・・・っつ!」


大木がオレの左肩をかすめ、遥か先まですっ飛んでいく。サオリーナの奴、わざと直撃しないようにしているな!オレがジワジワと弱っていくのを楽しんでいるようだ。

 分が悪すぎる・・・。オレの魔力は生きている者にしか作用しない。遠くから、しかもあんな質量の物をこうも高速でぶん投げられたのでは、妻を護りながらなんて到底避けられない!とにかく引き離して二人を安全な場所に・・・。

 「ぐっ!?」左脚に激痛が走る!駆けりながらちらと目をやるとアイツの角が突き刺さっているではないか!!大木の影に潜ませて自分の角を折って投げてきたな!?

・・・駄目だ・・・!もう走れない。だが、止まれば直ぐにでも殺られてしまう!!

 我が子は・・・!?


「ハハッ、こんな時だってのにスヤスヤ眠っていやがるぜ!・・・そうだよなぁ~、ママのおっぱい、気持ちいいもんなぁ~」


 大事に大事に我が子を胸の間に抱え込み、必死に魔力で包んで護っている。


「ああ!かわいいなぁ・・・愛おしいなぁ・・・!もうすぐだよ?あと少しで街にちゅきましゅからねぇ~。そしたら、パパとおぶ入ろうねぇ~・・・」


 うん?妻がなにか言ってるな?そんな小声じゃあ、聞こえねぇよ・・・。

 なんだ!?サオリーナの奴め!目の前の岩なんか砕きやがって進路妨害のつもりか??

・・・あれ!?走れねぇぞ??妻が・・・いない!!落っことしちまった??

・・・いた!よかった・・・。足元か。

何だよ、口パクパクさせて。聞こえねぇっての!!


「ヴァーレ!!イヤアアアアッ!!」


・・・なあんだ、目の前の岩が砕けたのは、オレの胸を角が突き抜けて行ったからか・・・。

 大量の血を口から吐き出しながらゆっくり傾く視界の端に、妻と我が子を手に架けようとするサオリーナが映る・・・。

・・・駄目だ。あの二人だけは・・・。よしてくれサオリーナ・・・。ああ、誰でもいい・・・あのふた・・・りを・・・・。


 一瞬、光が見えた気がした。その光を掴もうとすると、奇跡的に少しだけ体が動いた。

 サオリーナと妻の間に割って入ると、オレは魔力を振り絞リ我が娘を振り下ろされた爪と爪の隙間にずらしてやった。

・・・最後に見えたのは口と鼻から鮮血を吹き出す、妻の顔だった。









 


 

 

 







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