38話 へこむぜ
巡礼者や観光客が、遙か先まで続くなだらかな道を遺跡へとゾロゾロ向かう。朝早いというのに結構な人手だ。
内訳はほとんどがヒト族のようだが(中にはリンやオイデの様に変化もいるかもしれないが)まれにエルフ族やドワーフ族が混じり足早に追い越していく。
観光客以外はあまり面持ちがパッとしない連中がほとんどだ。まあ、遺跡とはいえ本殿へわざわざ、って事はそれなりに必死な願い事なんだろう。
長旅でぼろに成り果てた靴を鞄にぶら下げ、カサブタや生傷だらけになった素足で歩く親子、きっと村中から集めたのであろうなけなしの供物が、痛み腐臭を放ちながらもなお大事そうに抱きかかえられ、精気なくうつむき歩く青年・・・。
だが・・・お前らが救いを求める先が実は諸悪の根源なんだとは笑い話にもなりゃしねぇが、みんな女神様を信じている。そう思うと、こんなオレでも胸が痛い。
路肩には所々露店が出ているが集まっているのは裕福な観光客のみだ。
富裕層と貧民との差があまりにも明確で、ここは世界の縮図か!?と思える。
時々、リンとオイデが食べたそうにしていたが気付かないフリをして通り過ぎた。黒毛バイソンの串が居酒屋の三倍・・・これが今流行りのインバウンドってヤツか。
「聖地巡礼かぁ~。うん。ウチのとこでもやってたっけ!」
セリセリが故郷を懐かしむ様に言った。
「セッちゃんもこーゆーふーに廻ってたの?」
「うん?いや、私は戦士だし、小っさい頃から行き先は戦場ばっかりだったし、行ったときないけどさ、僧を志してる奴らはしょっちゅう出かけてたよ!
・・・お!綿菓子だあ♪・・・1200・・・っったっか!!うん、無理!」
あまりそういう事には深く考えないセリセリであってもやはり“高い”と感じるらしい。
・・・だよな。
「・・・んナァ、ヒト族って守られてるはずなんじゃないんか!?それともカネがねぇとヒトではネェんか?
“地獄の沙汰もカネ次第”なァんていうけんど、この分だと天国行くのはもっとカネがねェと無理そ~なんだナァ~。
んで、カネがあってもエルフとかドワーフなんかは、守ってもらえね~んだもんナァ~。かえ~そ~によお」
今までならその後に「ま、オイラ美味ぇモン出してくれんなら何族だろうが関係ないナァ!」とか続いてたのに、気を遣えるようになったオイデにちょっと感心する。
「私さぁ・・・あん時はお出掛けいいな~って思ってたけどさ・・・うん、なんかコイツら見てっと、ちょ~っとさ、色々考えちゃうよ」
エルドラ教信者のセリセリでもさすがに“女神の所業”を知ってしまった今となっては、信仰のあり方に疑問を持ったようだ。宗派は違えど多少耳が痛いところもあるのだろう。
「オレは・・・何も信じちゃいねぇがよ、心の拠り所が必要だ、ってのは理解出来るぜ?
なにも神様じゃなくともよ、それは例えば家族であったり、ペットであったり・・・思い人であったり・・・とかな。それぞれが何かしらにすがってねぇと真っすぐ生きていけねぇもんなのよ」
その言葉には、自分に言い聞かせるって意味合いも、もちろん含んでいた。
なにせ、これから向かう先は言ってみればオレの処刑場だ。誰だって好き好んで死のうと思うヤツはいない。オレだってそうだ。リッチェの蘇生の約束が無ければ、こんな役、今直ぐにでも降りてやる。
ああ、女神じゃなくってよ、ホントの神様ってヤツはいないのか!?
どうかオレを、助けてくれ・・・なんてな。
「ちょっとルイ!?ふらふら歩いてると馬のウンチ、踏んじゃうよ?
も~、ばっちいなあ~!前にいる馬車だろね~。いるよね~、あ~ゆ~奴!!
場違い!勘違い!歩いてけ!そんで帰れ!」
マジだ!危ねぇ!おぅ、また少しボゥっとしてたぜ。考えが事してっと感覚が疎かになるな。
そういえばさっき、馬車が通り過ぎた気がする。
あれは・・・毛並みの良い馬に上等な服の馭者、それにあの遠くからでも判る紋章は・・・
「ああ、ありゃあ一般人じゃねぇ、ギルドの馬車だな。それもかなり身分の高ぇ奴が乗ってるみたいだ。揺れない様に気を遣って進んでんからな。
くそいけ好かねぇ!溝にでもはまってしまえ!!」
まあ、実際そうなったら、邪魔でしょうがないが!
「そういえば、馬車でウンチっていえばさあ!昔ルイ拾い集めてたよね~~!」
「んな!?ルイのオッサン、そんな趣味があったんかあ!?」
「ないわ!!ボケッ!!」
「うわあ・・・ルイ、臭っっ!!」
セリセリが笑いながら鼻をつまむ。
「臭くないわ!!ちょっとハメられて、罰を喰らってたって話よ!」
「そんで、集めてたウンチぶちまけちゃって、帰って来るなりお風呂場に「クセぇ~~!!」とか言って飛び込んでってさあ!!」
「アハハハ!!どうせ呑む事か、スケベな事考えてたんだろ!?うん、ルイらしいな!アハハハ!!」
「そうなんだよ!次の日さあ、やっと呑みにいける~~!ってリッチェのみ・・せ・・・ごめんなさい・・・」
思わず、あの日にうっかり触れてしまったリンは謝ると、ガックリと肩を落とし落ち込んでしまった。皆もそれに合わせて重い沈黙に呑まれた。
「いや、いいんだ・・・気にするな。
・・・ほら!行くぞ!しょげてんじゃねぇよ!オレには希望の光が見えてんだぜ!?
シャイニングロ~ド このみっち~
ウンチっがあ~ くっさ~い~~
ってか?ははっ」
・・・やっちまった。精一杯明るく努めて見せたつもりが、すべって余計に長い沈黙を味わうハメになってしまった。
何か話題はないものかと辺りを見回すと街道脇に立て看板を見つけた。
「ティアマト遺跡まで七十キロメートル」
おお、あと少し歩けば着くみたいだな。
「おい!あと七十キロだってよ!明日にゃ着きそうだな!
リン。昨日の飯屋で買ったパンフに大まかな地図書いてあったろ。泊まれんとこあるかちょっと見てくれ」
流石に歩き通し、っていう訳にもいかないだろう。有名な遺跡だ、きっと街道沿いには宿場町が出来ているはず。そう思い一緒に覗きこもうとすると、何やら後ろの方が騒がしい。
「わあ!」「キャア!!」道いっぱいに広がって歩いていた通行人を退けながら早馬が駆けて来る。決して狭い街道ではないし、端の方を駆けていたから、大丈夫だろうとパンフに目を戻した。
「キャアああっっ!!」
一際大きな声がしたのでそちらに目を向ける。と、同時に体が反射的に動いた。
小さな子供が、ふらっと馬の駆け筋へ出てしまったのだ!
「ちいっ!!」オレは咄嗟にその子の元へ駆け寄り、抱きかかえ脇へと飛び退いた!
馬の前脚がほんの少しかすめる。そのせいでバランスを崩し、飛距離が伸びてしまった。
・・・ほんの二、三秒だろうか?空を舞うオレ達に、新たな危機が眼前に迫る!!
このままではこの子が危ない!庇えば今度はオレが危ない!オレか!?この子か!?この子か、オレか!!
・・・オレ、だな・・・、
「びっちゃっ」
背中からの着地で、ややウエッティーな音を奏でながら干し草の混じる泥をまき散らす!
・・・まあ、泥ではないんだが・・・。
ヌルル~と四、五メートルすべり、背中に砂利を感じ、そこで止まった。
ふむ。子供は天高く掲げて落ちたので無事なようだな。
「ああっ!ハーシー!!私のハーシー!!大丈夫!?怪我はない!?・・・良かった!!
すみません!!すみません!!助けて頂いて有難う御座います!!ああハーシー!!
・・・ごめんなさい!うちの子のせいでこんなに・・・本当にごめんなさい!!」
この子の母親か。一般的な身なりの女性が我が子を抱きしめ、安堵に崩れ落ちボロボロと涙を流している。母親は何度も頭を下げて感謝の言葉を述べてくるが、当の本人はケロッとまん丸の瞳でオレを見ていた。
「まあ、子供が無事ならそれでいい。
・・・気をつけるんだぞ!?」
そう言い、その場を後にするが母親はひたすらに感謝と謝罪を繰り返していた。
「ありがとう!おじちゃん!!」
背中越しに子供の声が聞こえた。オレは右手を高く挙げヒラヒラと振ってみせた。
集まった群衆が拍手を浴びせるが、オレの馬のアレまみれの姿に遠巻きだ。締まらねぇな。
・・・実際、クセぇし・・・。
まぁ、あの子が無事ならそれでいい。
「おい!ルイ!!やっぱ、お前カッコいいな!!うん!ついて来て本当に良かったと思う!!いい男だ!!」
「んナァ~!あっぶねぇ~馬なんだナァ~!
な~んであんなに飛ばして行くんかナァ!
それにしてもルイのオッサン、よ~くあの距離いけたナァ~!オイラよか速かったんでねぇか??」
セリセリとオイデの二人はルイの行動を褒め称えたがリンはちょっと違った。
“セッちゃんとオイデは気が付かなかった?ルイの右足、馬に当たって変な方に曲がって・・・。絶対折れたと思ったのに、何ともなってない・・・気のせい、じゃないもん”
実際、折れていた。だが瞬く間に治っていた。
“ねぇ、こないだから、様子がおかしいよ?ルイ・・・。なんかフワフワしてるし、たまに目を逸らすし・・・絶対何か隠し事してる!!”
・・・リンのヤツが何か勘づきやがったな?ジッとこちらを見てやがる。
・・・ふぅ・・・仕方ねえ。今晩にでも色々と話すとするか。ギャーギャーうるせ~だろうな・・・。
「んで、リンちゃんよぉ。泊まれるとこは在ったのかい。出来れば今すぐにでも体を洗いてぇんだが!!」
リンがビクッとして慌ててパンフを覗きこむ。
「え?ああ、え~っと、ふ~ん、遺跡はでっかい湖をぐるうっと回ったとこに在るみたいだね・・・あ!あるよ!泊まれる宿が何軒か載ってる」
「湖か!ちょうど良かった!!流石にこのまま風呂場って訳にもいかないぜ。まだ見えないがその側の宿がいいな。ちょっと寒いが湖で洗い流してからそこへ行こう!!」
付着した糞が乾きはじめ、カサカサ、パラパラと剥がれ落ちる頃、ようやく湖に着いた。
オレが匂う為に、整備された道ではない所を歩かせてしまったから大分時間をくった。
「セッちゃん、あの宿で泊まれるか聞いて来てくれ。オレは体、洗ってくるわ」
分相応ではない、お高そうな宿だが最後の晩餐になるだろうから大奮発しようじゃないか!
湖畔の人目のつかない所で服を脱ぐが、オレの体はまるで湿気った炭の様だった。多分
アタマまで染まっちまった時、オレはオレで無くなるのだろう。だが、湖の水は冷たく、まるで禊ぎのように感じる心が、まだ残っている!
・・・後少しだけ、もう少しだけオレに時間を!
「オ~イ!ルイ~!いるか~…?宿、取れなかったあ~!もうさぁ~、この辺予約でいっぱいだろおってさあ~!」
セリのデカい声が聞こえる。急いで服を着てこの忌々しい体を隠すと茂みからガサガサとデカい体が現れた。
「お!?いた」
「おう。セッちゃんありがとな!
・・・そうか~予約でいっぱいかあ・・・。
最近は何でも予約予約だな。下手すると飲み屋ごときですら「予約のお客様ですか~」だもんな~!!
そうかー。んじゃあ、悪いが今日はこの辺で野営だ。アイツら呼んで来てくれ」
「わかった!うん、外は久しぶりだ!悪くないよ?ちょっと楽しみだ」
「待ってくれ」
「うん?」
迎えに行きかけたセリを呼び止める。どうしようか迷ったが、セリには初めに伝えておこう。理由はどうであれ、ここまで一緒にやってきた仲間だ、きちっと話すべきだと思う。
「・・・セリセリ・・・」
「うん?・・・何だよ改まって!あ、ついに儀式、してくれる決心がついたのか!?」
「いや。明日の、オレを事を・・・話そうと思う」
オレは何故、死なないのか、何故魔人になるのか、何故女神に呼ばれてここまで来たのか、そして、明日オレがどうなってしまうのかを、全て話した。
セリは座り込み、黙って聞いてくれた。
「・・・リンちゃんには?」
「まだ、話してない。飯の後にでも、と思ってるん・・・だっ!!??」
天地がひっくり返る程の、いや、串打ちにされて稲妻に撃たれたような、そんな鋭い痛みを頬に伴いながら、オレは茂みの中へ吹き飛んだ。
刹那、頭の中に色々な事が巡った。
ぐわんとする頭を振り、意識をはっきりさせて這い出ると、セリが左こぶしをぎゆうと握りしめ、肩を怒らせ、フウフウと全身で息をして、そして、泣いていた。
そのままプイと向きを変えると、もと来た方へ去っていってしまった。
「・・・ほんとうに、すまねぇ・・・」
セリにぶん殴られた頬に手を当てる。
「こんな痛みよりも、アイツの方が痛かったんだよな・・・。ははっ二度も泣かしちまうなんてよ、やっぱりオレは最低なオッサンだ・・・」
オレ自身にしても、今までで、一番痛い一撃だった。




