37話 みっともねぇ
「苦しそうだけど大丈夫か?おぶろうか??」
立ち止まって空を見上げていたオレを心配してセリセリが声をかけてきた。
「ははっ・・・大丈夫だぜ~。
・・・空ってよ、広いなぁ~って、な。
この前現れた、白くてでっけぇフクロウの言ってた山、ってのはアレだろうな。なんかよ、やっとだな!あの山を越えれば、ようやく女神様に会えるんだぜ!?
・・・結構、かかっちまったけどよ」
女神に「魔王になれ」と言われたあの日からざっと二年は過ぎちまった。その旅の間色々な事を観させられてきた・・・。
魔獣に怯え生贄を捧げつづける村・・・
国家間でいがみ合い殺し合う者達・・・
麻薬に犯され狂った者達の住まう掃き溜めのような街・・・。
中でも貧困に喘ぎ、我が子を手にかけなければならなかった母親の、安堵と悲痛の入り交じった顔は今もオレを苦しめる。
こうして集めたアザは全身に広がり首元のリッチェのスカーフに届こうとしていた。
たまに自分が今なにを言ったのか、なにを食べていたのか、どうやって歩いていたのかが判らない時がある。こいつぁ、いよいよか?
白いフクロウが突然現れ「女神への謁見が許された」と告げられた事からも、まあ、そういう事なんだろう。
オレが“魔王”になることは、セリ達には伝えていない。リンも女神に乗り移られていた間の記憶はない。それでいい。苦しむのはオレだけで充分だ。
どうやらオレは、過去に一度死んだ人間らしい。世を憂いた女神がこの世界の苦しみを集める為に黄泉がえらせた器、それが、オレだと。だから二度と死なないのだと。この事はハインツも知らなかった。
知らなかったといえば、リンは只の竜ではなく、女神の一部“自由の心”を具現化した竜なのだそうだ。・・・ははっ・・・あの食いしん坊で気が短くて焼きもちやきで、オレと喧嘩ばっかりして、ちょっとマヌケで、オレの相棒の・・・家族の・・・リンが・・・女神の心だってよ・・・笑わせるぜ。
当の本人がその事を知らないのが救いだ。
女神のヤツ、こっそりとリンの目を通してオレを監視していたのだとよ・・・。
いつまでも動かないオレを・・・何かのはずみで使命を忘れてしまったオレを焚きつける為に・・・ああ・・・リッチェ!!
彼女は女神によって殺されたと言っていい!
「まさか殺害するとは思いませんでした」
ふざけるのも大概にしろよってところだぜ!
思えば悪意を吹き込まれ、リッチェを殺害した名も知らぬエルフも、あの女神の犠牲者なんだよな・・・。
例え女神がこの世界の創造主であったとしても、だからといって何をしても許される訳では無い!
オレは心の底から、女神が憎い!!決して許さない!!魔王になんぞ身を落とすかよ!!
そんなオレを見透かしたかの様に対価を提示してきやがった。
・・・オレが魔王となることと引き換えに、リッチェを黄泉がえさせると!!
オレは即座にその案を飲んだ。
女神の加護の元、七人のヒト族の英雄が女神の竜ハインツと、それに従う七匹の子竜と共に魔王を討つ、という筋書きで、要するにオレは女神信仰を確固たるものにする為の当て馬だ。
オレの身ひとつでリッチェが生き返るなら安いもんだぜ。一緒に暮らしたいって夢は叶えてやれねぇが、お前さえ生きていてくれるなら!!
お前さえ迷惑で無ければ、オレは心の中で生き続けるぜ?たまに、思い出してくれればそれでオレは救われるんだ。
「・・・イ・・・ルイ!ねぇ、ホントに大丈夫??ぼぅっとしてるよ!?麓の街まで歩ける?やっぱりおぶってもらったら?」
「・・・おぅ・・・リン。悪ぃ!ちょっと感慨に浸ってたぜぇ。大丈夫だよ、自分で歩けるっつーの!おぶってもらうなんてみっともねぇ事、出来っかよ!そんならオレは這うね!イモ虫みたいによ!
お?それ、いいかもな!地べたを這えば、オナゴのオケツがいいアングルで♪イモイモ!」
「あー、もう、ほんとバカ!!イモ虫って言うよりキモ虫だよ!ほんとバカ!」
「ははっ!虫だけに無視出来無いだろ?」
「・・・いこ?セッちゃん!大丈夫みたい」
「あっ・・・!待って~~!!」
実際、あまり大丈夫とは言えなかった。特に右脚は酷い。地面を踏んでいる感覚が、無い。悟られない様に努めてはいるが、端の方から段々とオレの体じゃあ、無くなって来ているようだ。
「うわあ~。やっと着いたね~。僕、歩くの疲れちゃったよ!」
そう言いながら、オレの左腕にしがみつき、ぶら下がる様にもたれてくる。最近、リンの奴がやたらとベタベタして来やがるな。もしかすると、コイツはコイツで何か感じることがあるのかも知れない。昔から勘は鋭いから思うところが在るのかもな。
「歩きづれぇよ、リン。オレだって疲れてんの!!くぉら!離れろ~」
「アハハハ。仲いいですね♪ご家族で観光ですか?よかったら、当店ティアマトでお食事などいかがでしょ~♪」
威勢のいい呼び込みに思わず腹の虫が鳴く。まだ夕飯には早いがどうせ飲みながらだ。造りも居酒屋っぽいし。そうするかな。
「・・・食うか?」
「うん!飯にしようぜ!!」
「やった~~♪」「オイラ焼き鳥~!!」
聞くまでも無かったか。
「ね~、ルイ!!ご家族だってさ!そう見えるのかな♪ね?あ な た♡」
「どう見ても、お前じゃないだろ!どっちか、つーとセッちゃんの方だろが!!」
「うん?・・・えー、わたしー??え~~」
どっちなんだか判らない返事だが、オイデが睨みつけてくる・・・。
最近オイデは成長して少年の姿でも話せる様になり、長く変化していられるから、傍目には本当に家族の様に見えるのかも知れない。
とりあえずテーブルにつき、つまみになりそうなものから頼んだ。オイデとセリセリは飲まないから、初っぱなからかなりヘビーな料理を頼んでいた。
「んー、まあ、あの山を越えればいよいよ女神様とご対面~、となるわけだが、此処まで来られたのも、ひとえに皆のおかげだ!
今日は、いっぱい食って、鋭気を養ってくれ!!飲み物持ったかあ!?
そんじゃ!かんぱ~い!!」
「かんぱ~い!!」「いっただきま~す!!」
各々が料理にかぶりつく。オレとリンはつまむ、飲む、つまむ、飲むとひっきりなしだ。ここの料理、中々に美味い。
「お待たせしました~。当店自慢の「大王イカ姿造り」です~。そちらの生姜ダレでお召し上がり下さい~!どうですか?当店のお料理は!あの山に住まうとされている女神ティアマトの名をいただいているだけの事はあるでしょう?まあ、住まうと言っても、伝説ですけどね~!お客様達も遺跡を見に来られたのですか~!?」
「ん、まあ、そんなとこかな。ああ、このエール、美味いね!!ジョッキ二つ、追加ね」
お膝元のこのあたりでも、やはり女神は伝説上の存在なんだな。考えてみりぁ、当然か。
「ありがとうござまーす!!」
「んな!やひほり、ゴホンついか~!!」
口いっぱいに焼き鳥を詰め込んだままオーダーしたオイデのあたまをセリセリが「行儀悪い」と軽く小突く。その拍子にポロッと口からこぼれ落ちた。
「アハハハッ。オイデ、バッチぃ~~!!」
だいぶ疲れていたのか、珍しくリンがすでに酔っ払って来ているようだ。今なら箸が転がっても笑うだろう。
「なあ、ルイ!そのエールっての、私も貰おうかな!今まで飲んだときないけど、何だか飲んでみたくなった!うん!私にもくれ!!」
「お?・・・まあ、止めやしねぇが、飲まない主義だったろ!?いいのか?
・・・あっ!こら!それ、オレの!!」
「いいの!此処まで来たし!そんな気分なのさ。うん!!それに、なんか在ってもお前がきっと、守ってくれるしな!!」
予備で頼んでいたジョッキをのどを鳴らしながら一息で飲み干しちまった。これは・・・いけるクチなのか??
「・・・っかああ!!にっが!!・・・あ、れも口がさっぱりして華やからな!も~ういっぱい!」
・・・なんか、ダメっぽい。いきなり呂律が怪しい。
「・・・なあ~、オイれ~~。聞いてくれよ~!此処まで来たのにさあ、いい男が、見つからないんだよぅ~!ルイはさあ~、子作りの儀式してくんないしさあ~」
黙々と焼き鳥を食べ続けるオイデの顔をもみくちゃにいじるものだから、変顔のオンパレードだ。これには、リンもゲラゲラと笑い転げ、ヒーヒー言っていた。
「あ~はははっ・・・おなか・・・おなか痛ぁ・・・!オイデ、まだ食べてるし!!ちょっともう・・・やめて~~!!」
「んナァあ!リン、酷いんでねぇの?ちっとくれぇ助けてくれても、いいんでねぇのかナァ!モグモグ・・・」
「食べてるし~~!!」
しょうがねえ。援護射撃&燃料投下だ!
「この前のフクロウな、ありぁ会った事あるヤツじゃねぇのか!?
前に森でよ、リンのヤツフクロウに喰われそうになった事があってな「ヒャ~~」とか言って必死に逃げてんの!!死なねぇのにさ!!「ヒャ~」たぜ??」
「ちょっとルイ!!やめて!?僕、そんな声出してないモン!!」
「・・・何だよぅ。リンちゃんでも怖いのあんだぁ~~。うん!!かわいいぞぉ~~。頭ナデナデしたげるね~~!!」
今度はリンが標的になり髪の毛をワシャワシャにされている。
「ぷっ!んなハハハッ!リンも変な顔なあ!!」
「だな!!ワッハッハッハ~~!」
・・・あぁ、なんて楽しいひとときなんだろか!!昔はこれが毎日だった。それが、当たり前だと思っていた!
「聞いてる~~??」
「フナァ~~。ルイー。どこ行くんだあ?オイラひとりにしないでく・・・セッ、セッちゃん、食べれないナァ!!」
ワシャワシャに飽きたのか、またオイデに絡み酒のセリ。うん、サシ飲みは避けたい系だな。
「・・・おう!チョイと放尿だ。排尿~!シルバー!!パカラッパカラッってか?」
酔っ払ったフリをして席を立った。
外は湿った空気が漂い、感覚の薄くなった体にねっとりとまとわりつく。
「ガンタンの街の在る辺りは・・・そろそろ祭りの準備の季節かな」
ふと、リッチェの住んでいた、ダイアン夫婦の店のある、ブリックの居るあの街の風景が思い出された。
「ちっくしょう・・・。楽しいなあ・・・。
あいつらのお陰で上辺だけじゃ無く、本当に笑う事が出来るようになった!
これまでやって来られたのも、此処までたどり着く事が出来たのも、あいつらが居たからだ!お別れなんてしたくねぇ!
・・・みんなが居て・・・そこにはリッチェも居て・・・ダイアンの店で・・・飲んで笑って・・笑って・・・。
ちっくしょう・・・やっぱ、死にたくねぇなあ・・・」
人生の終わりが目前に迫り、途端に未練が溢れて出て来る・・・。
煙る月を見上げながらオレは、みっともない程、泣いた。




