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RUIRIN 涙鱗 ~竜飼いのオッサンは女神の涙を見られるのか~  作者: 花殿ナイ
1章 オッサンの物語
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第2話 オッサンは好みがうるさい

 翌日、ボロくさい鎧戸から漏れてくる人の集まる気配で、まだ靄のかかるうちに目が覚めてしまった。何やら物騒な話声もするのでオレも外に出ることにした。

 肌着に袖を通すと皮膚が、ヒリヒリ痛む。ん、やはり洗いすぎたか・・・。リンはまだ寝てるので置いてこう。寝起きが悪いしな。


「あぁ、ルイさん!!ちょっとこれ・・・ひどいのよン」


 首をダラりともたげて、明らかにしめ殺されている鶏を抱えたまま胸の谷間のすごい女性がすり寄ってきた。


「ああ、ジョアさん。おはようございます。これは、いったい何事ですか?」

「うちの鶏がね、誰かにみーんなね、殺されてたの・・・」


 殺されているのは見ればわかる。が、いったい誰が、何のために?何の物音もたてず?殺意も漏らさず?もしどちらかが在れば、宿には冒険者や雇われ兵などが、もちろん俺も含めて居るわけだが、誰かしらがこの虐殺に気づくハズだ。特にリンはそういった類の気配には鋭い。それをも搔い潜って、となると何の感情もなくただ絞め殺した気持ちの悪い奴が、この辺りにまだいるということだ。


「私の庭でこんなことがあるって・・・わたし・・・こわくってぇ・・」


 甘ったるい声でそう言いながら、胸の谷間をオレの腕にぐいぐい押し付けてくる。

 ジョアは今借りている宿屋の店主なのだが、どうやらオレに気があるらしく、結構あからさまに迫ってくる。オレは迫るのは好きだが迫られると、どうも引いちまう。もったいないと周りは言うが、性分なのだ。しかたないだろ。

 しかし怖いのか、甘えに来たのかどっちなんだ。3,40羽はいる鶏が皆殺しになっている事よりも今はオレなのか?優先順位がおかしかないか?

 こちらとしては、先ず、その派手に開いた服からこぼれる胸の谷間をしまえ。そして、鶏を放せと言いたい。オレは鶏の喉元のプニプニしてるやつがちょいと苦手なのだ。硬けりゃカッコいいのによ。


「たしかに物騒ですね。でも、ジョアさんが大丈夫なようで少し安心しました。貴女の声が聞こえ、何かあったのでは、と思い飛び起きてきましたから・・・」


 リップサービスは例え寝起きでも忘れない。何かあると困るのは確かなのだ。

 ジョアの作る飯は、派手な外見に似合わず手が込んでいて美味い。

 特に朝食はジョアの飼っている放し飼いの鶏肉を、街特産のエールとハーブで崩れないようゆっくりと煮込み、さらに表面のみをやや甘めのタレで焼き上げて仕上げた絶品メインと、芋と季節の野菜スープ、香ばしく焼きあがっているバケットの組み合わせは、遠方の国からもこの料理を目当てに客が来るほどの看板メニューになっている。

 儲かっているくせに宿がぼろい、ジョアがオレにすり寄ってくる、この二点が我慢できるほどに美味いのだ。


「それでね、今日のよるぅ・・・私、心細いかも・・・」


 ジョアがさらに迫ってこようとした時にふと、柵の外側に集まった群衆の中から、実はさっきから気になっていた殺気が消えた。どうやらジョアが狙いではなさそうだ。

 かわりに、もっととびきり強い殺気の塊が目の前に浮かんでいた。


「ヤな気配がするから起きてきてみれば!ねぇ、そこの女。ルイから離れててくれるかなぁ。僕、あんた匂うからキライなんだよね。ルイに染み付いちゃうじゃん」


 ジョアはおしゃれはするが、香の類は一切着けてはいないハズだ。

 この間も、それはそれは高価であったろう、手の込んだ細工の施してあるクリスタルに封じられた香水を、常連の紳士からプレゼントされていた。しかしジョアは”匂いは味をくるわせるから”と、誠意として、ちらと一瞥したのみでばっさり切り捨てていた。これには流石、宿の店主で料理人だと感心させられたものだった。

 普段はテキパキとしていて物言いもはっきりとし、嫌みのない性格から実はファンが結構多い。何故かオレが絡むと、一変して面倒な事になるが。


「私がクサいわけないじゃない!!そりゃ鶏だって豚だって色々いるけど、それは生き物の匂いじゃない。それを臭いとはいわせないわ!そっちこそケモノ臭いんじゃない?」

「僕は竜なんでー、匂いとかそんなのありませーん。それに僕はあんたが匂うって言ったんですー。臭いとは言ってませんー。とにかく離れてくださいー」


 二人?がキーキーとやり合うものだから、こっちのほうが面白いとばかりに人だかりが出来始めている。


「ははーん。あっらぁ?もしかして、そちらの竜くんはやっかみかしら?

 あなたは竜だけど私はヒトよ?私のほうに分があるの」


 ジョアが鶏を抱えていないほうの左手をシッシッとやってみせた。これはまずい!


「な!!そんなわけ!!」


 言うや否や、口に目いっぱい貯めた青い焔をジョアに向けて放った。オレは咄嗟にジョアを庇い身を翻し、間一髪のところでリンの攻撃をかわしてやった。標的を失った焔はそのまま真っすぐ飛んでいき、無事であった豚の群れのうちの一頭を燃やした。ああ、豚が不可解な動きを・・・。

 傾いだ柵を、立ち上がって前足で真っすぐにしながら「どう?」ってかんじで振り返り、こっちを見ている・・・。


「おまえ!なんてことすんだよ!」

「べっつに!!その言い草に、ちょっとムカッと来ただけ!第一、僕の焔じゃ死なないからいいじゃん!!・・大体、こんなオジサンのどこが・・・。いつまでもそうやってくっついてれば!ばか!!」


「ふんだ!」そう言い残し、宿のほうへとぷりぷりしながら消えていった。何が気に入らないのかは解らないが、どうせふて寝しに行ったのだろう。あいつはホントに寝てばっかだな。


「あの・・・ジョアさんも・・・無事なようですし、そろそろ離れてはいただけませんか?ほら、調理場のほうに役人の方がみえてるようですよ?」


 身を挺して庇ったせいで、さらに上気した上目遣いとなり、いよいよ二次災害の起きそうな気配を「役人」という言葉で断ち切った。

“いいぞ役人。たまにはやくにたつではないか”

 心でそう呟いた。実際来ている役人と、リンとの騒ぎのせいでさらに増えた人だかりにようやく気が付き、流石に気まずいと思ったらしくパっと離れ


「助けていただいてありがとうございます。お役人様とお話してまいりますね。朝食の支度もありますし。では」


 これから朝食になるであろう、ダランと垂れた鶏の首をプラプラとさせながら、今更の言葉づかいで調理場のほうへと向かっていった。


「ジョアも、もう少し年頃の娘みたいな恥じらいがあって、おっぱいも小さければ、思わず「絶好調!」とか叫びたくなっちまうんだけどよ。

・・・いい尻なんだけどなぁ」

「尻とかおっぱいとか、オジサンはみーんなそんな生き物なのかな?」


ジョアの尻に見とれていて、背後の不穏な生き物に気が付かなかった。


「おや、リンさん。何時からそこにいらしたんで?」


 引きつりながらゆっくり振り返ると、激おこのリンが浮いていた。おぉ、オーラが煉獄の炎を纏っている!

「ゲス!」短く言い放ちオレの右腕に血がにじむほど噛みついて、やっぱりプリプリしながら宿へと帰っていった。焔じゃなく物理で攻撃してくるとは!よっぽど怒っていやがるな。


「なーんであそこまで、怒るかね」


 ぷつっと湧いている血を舐める。まだこちらを見ている豚を憐れみながら、宿へと帰るオレの頭の中はもう、あの朝食のことで一杯になっていた。

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