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RUIRIN 涙鱗 ~竜飼いのオッサンは女神の涙を見られるのか~  作者: 花殿ナイ
1章 オッサンの物語
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第1話 オッサンは油断する

 太陽が真上から容赦なくふりそそぐ。引いている荷車が、重い。不意な声掛けで顔を上げると目から火花が飛び散った。


 これまでに、幾度か訪れたことのあるこの街は、この国の一般的な女神信仰よりも、街の独自信仰に重きがあるようで,女神像よりも街を救ったという剣士の像が目に付く。ヒト族が多く、エルフ族やドワーフ族といった種族は少数で、しょっちゅう迫害されたりしている。彼らは街の中心部には住まず外れのほうに点在する形で暮らしていた。

 小高い丘のてっぺんに街の名の由来となったガンタン伯爵の城がある。今は何代目の伯爵だか知らねぇし、会ったこともないがきっと、嫌な奴に違いない。子孫はそんなもんだと相場がきまっている。

 その城と眼下の城下町を取り囲むように、四方4メートルはあるかの削り出しの石を積み上げ、並の砲撃や、巨竜の体当たりではびくともしない城壁を作り出し、森と街とを隔てている。この異常なまでの強固な城壁がこの国に平和をもたらしているのだが、おかげで、街の入り口や城へと続く大通りに配備されているギルド衛兵は、ここでは特にすることもない。

 数日前に、森の中で旅人が何者かに襲われ逃げ込んで来たのだが、壁の外側での事件なので奴らは無関心だ。手当てはするが、城壁の内側以外は治外法権なのだと。これじゃまるでただの鎧の置物だ。

 そんな中、城壁の上で珍しく職務をこなしている者がいた。

 森のほうから小型のワイバーンの類が飛来してきたようだが、ギルドの弓使いがひとり、城壁の上を素早く駆けあっという間に、恐らく自分の必殺の間合いであろう場所まで詰め静かに2矢、立て続けに放ち見事に撃ち落とした。数週間に1匹来るか来ないか、なのに、見事なもんだ。


「いよぅ、ルイぃぃ!!今日も暑っちいな!」


 頭上から野太い声と共にロープが降ってきた。当りゃしない、そう高をくくったが見事にロープの尻の結びこぶが、ぎりぎりの高さでオレの額にヒットした。まったく気分が悪い。

 はるか上から、デカい容姿に似合わないリズミカルな調子でロープをつたい、今しがたワイバーンを仕留めた弓使いのブリックが降りてきた。


「ハッハッハッ!!ビビったか!でも当たらんかったろ?」

「ま あ ね!」


 そう見栄を張って、ブリックの鉄板みたいな分厚い胸板をこぶしで小突いた。こいつはいつもこうだ。ガキみたいな悪戯をオレに仕掛けてからんでくるが、悪い奴じゃない。この街でできた飲み仲間、、いや、悪友、だな。

 ついこの間、連れがいつまでも起きないのを良いことに、二人で飲みに行ったのだが、酔った勢いで「何かいたずらしようぜ」となり、便所の足元にロープを仕掛けてやることを思いついた。酔っ払いがそれに気づかず肥溜めに落ちちまうって寸法で、今思うとだいぶヒドイ悪戯だが、その時は少年のような、ワクワクした気持ちで心躍っていた。

 いい歳の酔っ払いオッサン二人は、息をひそめて樹の陰で見守ることにした。

「来たぞ」早々に誰か便所小屋の戸を開け、ふいに消えた。

 

「っつしゃー!!」「ギャッはっはっ!」


オッサン二人組は陰から躍り出て、うん、だけに運悪く引っかかった奴を大いに笑い、どこのどいつだ?と腹を抱えながら覗き込んだのだが、

・・・かかった獲物は街のお偉いさんだった。

 ブリックの奴は”振り返ったらデカい火吹きトカゲと眼が合っちまった”くらいの青い顔になっていた。そいつを見たオレはもう、笑い転げすぎて、本気であの世に連れていかれる位の腹筋の痛みと酸欠を味わった。

 ・・・その楽しい思い出のツケに、冒険者であるオレはひと月の間、街を走る馬車の馬が、そこいらじゅうにまき散らす糞を拾い集める清掃員として、

ギルド勤めのブリックは、膨大な量の始末書と減給とが課せられた。


「あすは、当然、いくんだろ?」


ブリックが口の前でぐいっと、ジョッキで飲む真似をする。


「おおう。あったり前だけ出したら捕まった、ってなもんだぜ」


この忌々しい糞集めも今日が終われば笑い話。オレの引いてる肥溜め荷車ともようやくサヨウナラ!だ。


「この一か月ずーーーっと、飲みに行けてねえ。こんなナリと匂いじゃ、いとしのリッチェちゃんに嫌われっちまうからな!

 あぁ・・早くリッチェの運んでくる美味い肴と酒が飲みてぇ。あのお尻が・・・いまも・・・目の前にぼんやりと・・・」


「俺も金がねぇから行けちゃあいねえが・・・だから、リッチェはだめだって言ってんだろ!!確かに、飲み屋の看板むすめじゃあねぇかもしれねえが、

そいつは手を出してもいいてことじゃねぇ!だいたいリッチェは…」

「ねぇ・・お話し中悪いんだけど、ルイ、あっちにフン、落ちてたよ」


 可愛らしい、少年のような声の白銀の竜が、口に火を溜めオレたちの話を割って入ってきた。


「おぅ、リンちゃん、ごめんな。もう仕事もどるからよ!火は勘弁な。

 じゃあな、ルイ!明日飲み屋で!!」


ブリックは、逃げるように先ほど降りてきたロープに飛びつき、これまた器用に登っていった。


「もう!~ちゃんってやめてほしいな。まっ、ぼくは奇麗だからしかたないけどさ」


リンはそう呟くとオレから少し離れたところに浮かび、うたたねをはじめた。


 「リン!空で寝んならすこしは手つだ・・う・・わけないか・・・」


 冒険者や一部の者にはオレみたいな竜持ちの奴がいる。”竜飼い”になるためのジョブ条件は特に無いようで、竜自身が主と認めた者と契約し、それに従い共に行動する。

”竜飼い”はギルドや人々からは尊敬のまなざしを受ける人徳者がなることがほとんどだ。・・・オレを除いて。この街にきて、初めのうちはそれこそ大臣扱いで「ルイ様」なんて呼ばれていたもんだったが・・・。ま、底が知られて今では、ちょっと変わった「竜を飼ってるだけのオッサン」程度におちついているがね。ただオレだけのせいではない!連れのせいも絶対にある。

 たいていはオウム程度の大きさなのだが、竜に関しては強さに大きさは無関係のようだ。空を飛びながら、全てを焼き払う赤い焔で敵を灰燼と化し、口から覗く鋭い牙は無機物をも切り裂く。

 体色は様々で黒いのからカラフルなマダラのまでいるのだが”白銀の竜”というのはどうもリンだけのようで、こいつはさっきみたいに自分がレアな竜だという自覚があり、ちょっと鼻にかけている。

 リンは大きさこそ並みの竜だが、オレに従ったことはないし、何より吐く焔は青く、何も燃えない。しかし、その青い焔で焼かれると、何というか心の悪い部分?邪な考え?みたいなものが、取り祓われる。心が焼かれる、といったところか。ブリックもオレも、自分が自分でなくなっちまうような、聖人にでも生まれ変わるかのような、そんな嫌な気分になるこの焔が堪らなく苦手だ。悪戯もしてぇし、愚痴でも吐きながら酒も飲みてぇ。可愛い娘のおしりに見とれて樹にぶつかり、思わず謝っちまう。それが、ヒト、ってもんだ。

 この間も口げんかの仕返しに見事に焼かれたのだが、どうやらおれは二日間ほど、近所の庭を掃除してやったり、通りすがりの婆さんの荷物を運んでやったりと、いい人っぷりをまき散らしていたようだった。ようやく燃やされたオレの心が戻ってたころ、道すがら人に感謝されまくっているのに気がついた。自発的ではないので、なんだか「ケツのおさまらねぇ椅子に座ってる」ときみたいな居心地の悪さにしばらく際悩まされた。

 オレは仕返しに、誰がやったかわからない程の遠くから、木の枝を投げつけてやったのだが、当たらなかった。決してオレがノーコンなのではない。物理的に当たらないのだ。こいつ等竜に攻撃の類は一切通じず、まるで流砂のようにすべてをさらりと受け流す。そのため竜は殺すことも捕まえることも出来ない。竜自身が認めたものにしか触れることができないのだ。 

「なぁ、お前はなんで・・・」オレと一緒にいるんだ、とそう聞きかけて、やめた。いつも、僕もわからないよと返ってくるからだ。


 オレには昔の記憶がない。

この街にはさして戦火は届かなかったみたいだが、先の大戦は相当なものだったようだ。剣の使い方は覚えていたから、おそらく剣士として出向いて何らかのダメージを負い、そこで記憶を失ったのだろう。体に残っている傷跡もおぼえのない古いものが結構あるようだしな。

  ・・・どうやってこんなオッサンになるまで生きてきたのだろうか。家族は?故郷は?リンの見つけた糞を片付けながら、そんなことを考えていた。


「まぁ、何しようが記憶がもどるわけでもなし。とっととクソかたずけて先ずは、風呂!身体の皮が2~3枚捲れっちまうんじゃないかってくらい、キレ~に洗って明日にそなえることが大事だな。

 まってろよん。リッチェちゃん!!」


 両こぶしを天高くつき上げ気合のポーズをとった!!・・のがまずかった。その拍子に荷車が後ろへと滑り出してしまった。

オレは必死に追いかけ荷車を止めたのだが、急制動のかかった荷車はその荷物をすべて、街の石畳へとぶちまけた。


「んー・・・あしたが、あるさ・・・」

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