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第43話 叔父上との決別

フローとジャックの葬式は、静かに行われた。

それでも領民は来てくれた。

花を置いていってくれた。

子供達は泣いていた。

ありがとう、フロー。君がいたから、僕はここに立っていられる

それを見守る僕の側に、領民の一人がやって来た。

なんだろうと思い見遣ると、ぞろぞろと集まっていた領民がやってきた。

「どうしたんだい?」

「いや、あの……。当たり前ですが、貴方も親を亡くした子供だったんだな、と。私たちのために幼い身で奔走してくれていたのに、私達はそのことから目を逸らして貴方の、貴方なりの頑張りに反発していた。申し訳ありませんでした。これは、貴方の領地に住む大人の決意です」

そう言うと、一斉に頭を下げられた。

『……っ!』

ルーベルト。大丈夫。伝わってたんだよ、正しさが。

「ありがとうございます。でも、私は私に出来ることをやって来ただけです」

「でも、それが貴方を悪逆貴族と悪評を立てる原因となってしまった。もっと我々を頼ってください。同じ…とは格が違って言えませんが、領地を愛する者です」

ルーベルトは無言だった。

でも、僕には泣いているのがわかった。

優しいルーベルト。

今は泣いていていいよ。

代わりに僕がいるから。

「ありがとうございます。でも、悪逆貴族と名乗っていいこともあったんですよ」

軽くウィンクしてその場を和ませる。

「それより、フローとジャックの葬式に来てくださりありがとうございました」

代表格の男は、頭を掻いて所在なさげに言う。

「実は、フローなんですよ。貴方のことを精一杯伝えてくれたのは」

「それに昨日の涙。あれは真実のものでした」

フロー。

フローは天に召されても僕に味方してくれている。

僕はもう一度心から伝える。

「ありがとう」


葬式を終えて屋敷に戻ると執務室へと向かった。

領民の誤解が多少解けたとはいえ、屋敷周辺の者達だけだ。

遠くの地ではまだまだ悪逆貴族と名が知れ渡っているだろう。

でも、いいんだ。正しさは伝わる。

僕がそう信じたように、その通りになった。

『…父上も仰っていたな。正しいことをすれば理解してくださる方はいると』

ルーベルトのお父さんも?

『ああ。なにより正しさと、私達家族を愛していた人だった』

執務をしながらの会話も慣れてきた。

僕の家族ってどんな人だろう?

というか、僕もルーベルトなんだからルーベルトのお父さんに似ていて当たり前なんじゃない?

『そうかもな』

ふっとルーベルトが笑う。

最近のルーベルトは最初の頃の刺々しさがなくなってきた。

ふふふと僕が笑うと、執務室の扉が小さく叩かれた。

入室を許可すると、ルーファスが現れた。

「どうしたの?ルーファス。ここへ来るなんて珍しいね」

「お義兄様。僕は、お義兄様の義弟として上手くやっていけているのでしょうか?」

僕は驚きで瞬きをした。

「なんでそう思うの?」

「以前、お義兄様が不在の間にお義兄様の叔父様が来訪されました。その際に僕に公爵家の付属品としては頼りないなと申されて……」

ルーファスは涙目だ。

僕は、ルーベルトのご両親のことだけでも叔父さんに怒っていたけれど、これは僕の怒りだ。

「ルーファス。そんなことないよ。ルーファスはよくやっている。先生方も褒めているじゃないか。それになにより僕はルーファスを愛している。これじゃ不安?」

ルーファスは首がもげるんじゃないかという勢いで横に振った。

「そんなことありません!お義兄様に愛されていること以上の幸福なんてありません!」

そう言って破顔した。

『叔父上との決別は早い方がいいな』

うん、そうだね。ルーベルト。

僕はルーファスの細い体を抱き締めて心を決めた。

正しさは伝わる。

ルーベルトのお父さんも仰っていた信念。

その信念と僕の悪逆で、叔父上を断罪する。


そうと決めたら早く、叔父上を屋敷に呼び寄せた。

別室には念のためにエイリッヒも控えてもらっている。

「お久し振りです、叔父上」

「ああ。久し振りだな。ルーベルト。義兄上にますます似てきたな」

王太子殿下と同じ、底の知れない瞳だった。

だけど僕には分かっている。

この人も、愛されたかった人なんだと。

選ばれたかっただけの、ただの人なんだ。

「それで、私が本日呼ばれたようは何かな?」

勝手に上座のソファに座る。

そこは当主の席なのに。

下に見られていることは察していたけれど本当に馬鹿にされているんだなぁ。

僕は苦笑してその側の椅子に座った。

「貴方が私の両親を殺した件です」

直球過ぎたかな?

でも、叔父上は笑っている。

「どこに証拠がある?」

「ここに毒の入手経路が。貴方の名前もあります。すべて分かっているのです。叔父上」

叔父上は差し出された書類をはらりと捲ると、うっすらと笑った。

「そうだな。私がお前の両親、義兄上と義姉上を殺した」

「トランドラッド公爵家を乗っ取ってどうするつもりだったのですか?」

叔父上が笑みを深くした。

「この家は私にも継承権があった。だから欲した。それだけだ」

「本当に、それだけですか?」

叔父上の顔から初めて笑みが消えた。

「何が言いたい」

『貴方は父を、トランドラッド公爵家を、憎んで羨んでいた筈だ』

「貴方は、父とトランドラッド公爵家を憎んで羨んでいた筈だ」

叔父上は静かに語る。

「兄上は何もかも手に入れた。家、地位、そして……あの人の心も。私は、彼女の隣に立つ未来を奪われた瞬間に、すべてを失ったんだ」

「それは違います」

「いいや、そうだ。私はずっと、兄がいなくなればいいと願っていた」

そして自嘲気味にしソファに全身を預けた。

「……それが実現した時、残ったのは虚しさと――この醜い欲望だけだった」

そこには悲しさがあった。

でも、それで許されるはずがない。

「貴方は、自分が奪われたと思い込んでいた。

でも、本当は手にしていたはずの家族や信頼を、自分で捨てたんです」

僕は、手に入れた。

ルーファスもサシャ嬢もエイリッヒもフローもジャックも僕が自ら望んで手に入れたものだ。

そして彼等は応えてくれた。

僕のそばにいてくれた。

「……叔父上。貴方にとって、公爵家とはなんですか?人を殺してまで手に入れたその席は、温かいですか?」

叔父上は頷いた。

「私はずっと“もしも兄が死ねば”という存在だった。名を呼ばれたこともない、選ばれたこともない。そして──兄より先に出会っていたはずの彼女は兄の婚約者だと紹介された。彼女は、兄を選んだ」

今度は僕が首を横に振った。

「貴方が貴方のままでは誰からも選ばれない」

叔父上が激昂しソファから立ち上がると僕の両腕を掴んで吠えた。

「私は兄上が怖かった。憎かった。兄上がいなければあの光は私にも当たる筈なのに!その兄夫婦を殺しても次はルーベルト、お前だ!何故私には光が当たらない!?公爵としての器は私にもある筈だ!」

その台詞は王太子殿下と同じものだった。

王という地位に固執して僕を嫌った王太子殿下、公爵という地位に望みを抱いた叔父上。

だから二人は手を組んだのか。

手を組めたのか。

「あの人も、きっと兄上がいなければ私を選んでくれた筈だ」

あの人、はルーベルトのお母さんのことだろう。

でも。

「母は貴方を選ばなかったと思います。母も正しさを求める人でした」

これはルーベルトの記憶だ。

優しく、時に厳しく、ルーベルトや父上を愛していた。

そんな母上。

そんな人が、己の欲望に負ける人に惹かれるはずがない。

『自らの良心が自らを裁くんだ。良心がなくなったらそれは人ではない。獣だ』

だとしたら、叔父上は獣だ。

僕の言葉が叔父上の逆鱗に触れたみたいだ。

尚も叔父上は吠える。

「お前に分かるか!?ルーベルト!養子に出されて実の親から離されて仮の兄が死ねばという付属品な扱いを受けてきた者の立場が!お前もそうだものな!ルーファス!なんて可哀想な子だ!」

そして笑った。

あきらかな嘲笑。

「僕はルーファスをそんなふうに思ったことはありません。あの子は僕の義弟ではなく弟です」

はっきりと告げる。

そうだ。義理の関係じゃない。ルーファスは、あの子は僕の弟なんだ。

「叔父上、貴方は選ばれたかったんですね」

僕の言葉に叔父上が叫ぶ。

「分かったかのようなことを言うな!」

年上の男性に、叔父上に恫喝されても怖くはない。

この人のことを悟ってしまったから。

でも、ルーベルトのために、ルーファスを侮辱された怒りのためにもここは引けない。

「叔父上、貴方をトランドラッド公爵家とは縁を切らせていただきます」

そう言うと、首を絞められた。

「お前が死ねば今度こそトランドラッド公爵家は私のものになるし、王太子殿下という後ろ盾もある。そう。すべてはお前がいなければ」

強い力に呼吸が浅くなり意識が朦朧としてくる。

「そこまでだぜ!」

エイリッヒが隣室のドアを開けて王宮の兵士と現れた。

街の自警団も後ろに控えている。

「なんだ、お前達は!」

「叔父上、あなたは終わりなんです」

フローやエイリッヒが助けてくれたから、僕は悪逆貴族として民のために戦えた。

本当は、ずっと震えそうだったけれど矜持で立ち回れた。

「俺は、ルーベルトの友人でお守り役だ!お前の発言は王宮兵士と領民とで聞いていた。言い逃れ出来ると思うなよ!」

叔父上がたじろぐのをどこか遠くで見ていた。

ルーベルト、これでいいの?

『ああ。獣と話しても意味はない』

そっか。

でも、呆気ない幕引きだね。

『身内の恥は、早く終わるに限る』

……こんな人でも、まだ身内って呼ぶのか。ルーベルト。

『私を可愛がってくれた時期もあったのだ。演技かもしれないが、私の記憶の一部だ』

ルーベルトはやっぱり優しい。

領民の自警団が王兵に囚われる叔父上と僕を痛ましそうに見ている。

僕は息を吸い込んだ。

「さて、ひと段落ついたな。囚人を屋敷から出るのを見送ったら、午後の茶会でも開くとしよう」

エイリッヒも僕を見ている。

でも、それは可哀想なんて感情じゃなかった。

どこか晴れやかな気分なのは、きっと僕とルーベルトとエイリッヒだけだ。

「終わったねぇ」

『…まだだろう』

え?

『王兵が動いているということは、王太子殿下は叔父上を切り捨てたということだ。まだ、いつか王太子殿下とはお話しする機会があればいいのだが…』

それは、手を組んでいた叔父上をも罪人にした王太子殿下と対決するっていうこと?

『少し違う。今はなんと言えばいいか分からぬが、あの方とはいずれなにかで衝突する。そんな気がする』

大丈夫だよ、ルーベルト。

ルーベルトもエイリッヒもサシャ嬢もルーファスも、みんな僕が守ってみせるから。

『お前に守られるなんてな』

ふふふとふたりで笑っているとエイリッヒが呼び掛けてきた。

「おーい。茶会をするんだろう?手配は頼んだからさっさと広間に行こうぜ。今回味方になってくれた領民のみんなにも振る舞わないとな」

「なんで、エイリッヒが仕切っているのさ」

「それはな、俺がお前の兄貴分だからだよ」

わしゃわしゃと頭を撫でられて髪がボサボサになる。

気付けば窓の外から項垂れて馬車に乗る叔父上が見えた。

そこへ控えめに扉が叩かれルーファスが現れた。

「お義兄様……」

「大丈夫、ルーファス。ルーファスを虐める人はもういないよ」

僕がにこやかに微笑んでもルーファスの顔は晴れない。

「お義兄様は、叔父様を罪に解いてよかったのですか?」

「言っただろう。正しさは伝わる。きっと、叔父上にも伝わって改心してくれる日がくる。僕はそう信じている」

ようやくルーファスがぎこちない笑顔を見せてくれた。

「おうい。早くしないとクッキーもなにもなくなるぜ」

エイリッヒが呼んでいる。

「行こう。ルーファス」

「はい!お義兄様!」

繋いだ手が温かくて、この手を繋げて僕は本当に幸せだと思った。

この守ったものを大切にしたい。

領民とエイリッヒが待つ広間にルーファスと並んで歩いて行った。

この一歩は、大きな一歩だと思う。

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