第42話 帰路にて
首を傾げる王太子殿下に僕は何も言えなかった。
どうしたいと改めて聞かれたら、僕はどうしたいんだろう。
フローとジャックのことを謝って欲しいと思うけれど、二人に罪があるのは確かだ。
でも、聞きたいことがあった。
「フローとジャックのこと、どう思いました?」
「どう、とは?罪人は罪人だ。処罰に何の感情も抱くはずが無い」
「そうではなく、僕とフローとの仲を知っていたはずです。何度も罪を逃れられるように嘆願書も書きました。ジャックもそうです。彼の父に罪があったとしても彼に罪はなかった」
僕が祈りに似た嘆願をしても王太子殿下には届かない。
「罪に罰を。それが王族としての役割だ」
「そうじゃない。二人とも正しいことをしようとした。裁かれるべきじゃなかった」
「でも、罪は罪だ」
王太子殿下の主張は変わらない。
王族としての立場からか、個人的な感情か分からないけれど、冷たい声だった。
「ジャックに罪がないと言ったが、彼にも罪があることは君が一番知っているだろう?」
「確かに、二人は罪を犯したのかもしれません」
王太子殿下の言葉に僕の心が揺らぐ。
でも、僕は信じたんだ。
二人とも、僕の言葉に考えを変えてくれた。
正しい人になってくれた。
いや、違う。
二人の元々の正しさに僕がようやく気付けたんだ。
エイリッヒもそうだ。僕のことを思って、ルーベルトの両親の仇や王太子殿下のことを調べてきてくれていた。
僕は、僕の悪逆を貫くと決めたんだ。
「王太子殿下。二人の遺体はまだ埋められていないんでしょうか?」
「ああ、罪人の墓場が埋まりきっていてね。まだ安置所だよ」
ため息を吐いて指を組む。
「王太子殿下。二人の遺体を我がトランドラッド公爵家の墓地に埋めさせていただけませんか?」
その言葉に組んでいた指を遊ばせて、底の知れない瞳で囁いた。
「本当に君はルーベルトじゃないんだね。面白いね、ルーベルトの偽物くん」
「違います。僕は確かにルーベルトじゃないけれど、ルーベルトは僕でもあるんです」
『……そうだな。今の私なら、お前と同じ言葉を言っていたかもしれない。あの二人の遺体を罪人として扱うには……』
ルーベルトもそう言ってくれた。
「お願い致します!殿下!」
頭を下げて懇願する。
「ふ、ふふふ。ははははは!まさか君に頭を下げられるなんてね。しかもルーベルトじゃないのにルーベルトを貫くのか。君も悪逆貴族なのかな?」
楽しそうに笑う殿下が怖かった。
彼は僕が怖かったと言ったけれど、僕には彼が恐ろしい。
「僕は、悪逆の悪逆を貫きます」
「悪逆の悪逆?」
また手遊びをする。
この方はもしや楽しかったり考えたりするときに無意識のうちに手で何かを弄る癖があるんだろうか。
「いいね、面白い。新しいルーベルトに免じて二人の遺体は君に任せるよ」
「本当ですか!?」
「棺は処刑台同様、一等のものを贈ろう」
にこりと微笑んで王太子殿下が仰った。
こうして、二人の遺体を無事に引き取り僕は王宮を後にした。
僕が乗った馬車を王宮内から見ながら王太子殿下が口に弧を描いていた。
それを知らなかった僕は幸せだったのか、不幸だったのか。
王宮から領地へ戻ると馬車に乗っていても話し声が聞こえてきた。
話の中心はもっぱら二つの棺だ。
馬車に引かれて台車から見えているんだろう。
罪人の遺体を引き連れてきた僕に領民から非難の声が上がる。
『仕方がなかろう』
そうだね、ルーベルト。
のんびりといつもの悪評を聞き流していたら急に馬車が止まった。
「どうしたの?」
馬丁に尋ねると、馬丁は困った顔で返した。
「公爵、子供が道を塞いでいるんです」
「子供?」
前の窓から様子を伺うと、フローがいた孤児院の子供達だった。
僕は止める馬丁を振り切って子供達の前に飛び出した。
「君達、フローが面倒を見ていた子達だよね?」
尋ねると頷かれる。
「そこに、フローの兄ちゃんが眠っているの?」
「……そうだよ。僕の家の墓地に埋めて供養する。いつでも遊びにおいで」
頭を撫でながら言うと、子供達が泣き出した。
「大丈夫。もう大丈夫」
両手に入りきらない子供達を抱き締めて慰める。
領民がざわついていても知ったこっちゃいない。
今は、この子達を慰めないと。
「フローの兄ちゃんは領主様を助けるために死んだんだ。領主様さえいなければ…」
一人の子がぽつりと呟いた。
「でも、フローの兄ちゃんが助けたかった人だ」
別の子が言った。
「うん。ごめんね。ありがとう。僕の命はフローで助けられた。本当に、感謝してもしきれない」
精一杯抱き締めていたら気が付いたら僕まで泣いていた。
悪逆貴族の涙を見て領民が静まり返る。
「僕達はもう行くけれど、お葬式にはきっと来てね」
涙を袖で拭って言うと、女の子が近づいて来た。
あの時の女の子だ。
「フローを信じてくれてありがとう」
涙で歪んだ笑みだけど、僕の心に刺さった。
そう。
僕はフローもジャックも信じたのに助けられなかった。
信じるだけじゃだめだ。
もっと力をつけないと。
「行こう」
馬車に乗り込んで、帰路に着く。
あの子達、ルーファスと同い年くらいだろうか?
そこで思い出されたのが叔父さんのことだ。
今度は叔父さんと話をしなくてはならない。
ルーベルト。ルーベルトの言う通り、領民に理解されなくても領地と民を良くすることは必要だ。
『そうだろう』
ようやく自分の考えが認められたが嬉しいのか、ルーベルトが嬉しそうだった。
『だが、お前にはお前だけの武器がある。それを忘れるな』
僕だけの武器?
疑問に思いながらも道は進む。
屋敷に戻り、荷車の棺を丁重に墓場まで送るように指示をする。
もう、日も暮れて来た。
埋葬は明日しよう。
さようなら、フロー。ジャック。
この家から僕のことを見守っていてね。




