第39話 敵との対決の決意
「でも、僕の敵とは誰でしょうか?悪逆貴族として名が通っており心当たりはありすぎるのですが…」
『そうだな。しかし、フローの最期の言葉。有象無象の輩がフローが重要視するほどの敵とは思えない』
僕がサシャ嬢に尋ねると、サシャ嬢も困った顔をした。
「それは私にも。囚人からの文は検閲されますので、ルーベルト様の敵となる方はとても書けないような方なのかと」
王家に知られたくない人物?
それは一体…。
僕は、彼等のためにも僕のためにもサシャ嬢やルーファスの安全のためにもそいつをやっつけなければならない。
なのに正体がわからない。
まただ。
また僕は何も出来ずに終わるのか。
俯く僕にサシャ嬢もルーファスも何を言っていいかわからないようだった。
「お前の叔父上だろう」
ノックもなしに開かれた扉からエイリッヒが言った。
「お前の叔父上は王太子殿下と親しい。ここまで言えば分かるな?」
突然来訪してとんでもないことを言い出す。
「エイリッヒ、それは」
「そういうことだ」
そう言って空いているソファにどかりと座る。
「そんなこと、この場で言っていいの?それに、叔父上と王太子殿下が親しいというのは…」
エイリッヒが手をひらひら振った。
「構わないさ。人払いならしたし、ドアも閉めた」
その言葉の通り、僅かに開かれていた筈の扉は閉められており人の気配は外になかった。
「ですが、何故王太子殿下とルーベルト様の叔父様が親しいとご存知なのですか?」
サシャ嬢が問う。
僕も頷いてエイリッヒに続きを促す。
「いいか、ルーベルト。お前は公爵だ。王位伝承権にルーベルトも上位に入っていて、王太子殿下は幼き頃の純粋で無垢で両親が亡くなり領地と領民を守るために悪逆貴族を名乗る前のルーベルトにご自身の立場の危機感を覚えた。ルーベルトの叔父上はトランドラッド公爵家を乗っ取りたくて手を組んだ。ついでに言うと、叔父上はお前の両親を殺した。爵位欲しさにな」
淡々と告げられる言葉に、僕はなんて返せばいいのか分からなかった。
情報量が多すぎる。
それに叔父上がルーベルトのご両親を殺しただって?
ルーベルト!ルーベルト!本当なの!?
ルーベルトは無言だ。
「幼少期からお前の叔父上には違和感があった。ルーベルト。お前もそうだったんだろう?だから悪逆貴族なんて馬鹿なことをして幼き頃から自身で民と領地を守ろうとした」
サシャ嬢は口に手を当ててあまりのことに言葉がない様子だった。
「叔父上というのは…」
『叔父上は、可哀想な方なのだ。幼き頃に父の身に何かあった際の代替え品として養子に迎え入れられて、ずっとトランドラッド家に尽くしてきた。そして、私の思い違いでありたいのだがあの人は母のことを愛していた』
ルーベルト、それは。
『トランドラッド公爵家と母、二つを望み二つとも手に入れることの出来なかった人なのだ』
淡々と他人事のようにルーベルトが語る。
ルーベルトも幼い頃からなんとなく察していたのだろう。
でも、その叔父さんがルーベルトのご両親を殺したなんて。
『なんとなく、想像はついていた。だが、知るのが怖かった。私は、悪逆貴族として人に恐れられようと虚勢を張っていたが、所詮はそんな存在だ。情けない。お前と同じだ』
ルーベルト。
僕は立ち上がった。
「エイリッヒ。そこまで言うなら王太子殿下が叔父上と組んでいる証拠はあるんだろうね?」
「お前の遣いだなんだと言い訳をつけて王城へ入り込んでいたからな。それが目的でお前も領地の一部を俺なんかに任せたんだろう?まったく。知れたら俺がどうなってもいいのか」
「そんなことはないよ、エイリッヒ。ありがとう」
そうか。二人はそんな幼い頃から動いていたのか。
エイリッヒの言うことは本当なんだろう。
僕は、ルーベルトをひとりぼっちにした叔父さんが許せない。
ぐっと手を握る。
その手をサシャ嬢が優しく包み込んだ。
「私も、お手伝いさせてください」
「サシャ嬢。とてもありがたいのですが、これはとても重大なことなのですよ」
言い聞かせるようにサシャ嬢の手を握り返すと微笑まれた。
「未来の旦那様のことですもの。それにこれは家族の話。もうじき家族になる私も仲間になる権利くらいはありますわ」
芯の強い人だと思った。
「分かりました。サシャ嬢。今はまだ何も策がなく動けませんが、なにかありましたら貴方を必ず頼ります。それでいいですか?」
「はい。もちろん」ふわりと微笑む姿は聖母のようだった。
これも惚れた弱みだろうか。
サシャ嬢がもだと愛おしくなってしまう。
「おーい。そろそろいいか?」
エイリッヒが茶々を入れる。
僕は恥ずかしくなってサシャ嬢が握ってくれて温もりが残る手をそのまま天に掲げた。
「バッチリだよ!打倒!叔父上と王太子殿下……て考えると、難しいね」
勢いよく掲げた手はそのまま落ちる。
僕の心と一緒だ。
『策がないこともない。あいつらの劣等感を剥がして他の者に見せ付ければあるいは口が滑ることもある』
本当に口が滑るなんてこと、あるかなぁ。
『今はそれしかない。エイリッヒの掴んだ証拠と併せれば信憑性は増す筈だ』
「そうだ!証拠!叔父上と王太子殿下が親しいことやルーベルトのご両親を殺害した証拠はあるの?」
僕がルーベルトの名を口にしたことで、サシャ嬢が少し首を傾げた。
エイリッヒは得意気に数枚の紙を広げた。
「ルーベルトのご両親を毒殺する薬を作った人物、王太子殿下がルーベルトの叔父上と会う時、王妃の薔薇園で会うことが多いが必ず人払いをする中心人物。王太子殿下の近衛兵のトップ。ルーベルトの叔父上の謀反の証拠。どうだ。揃えているぞ」
ドヤ顔のエイリッヒに僕は抱き付いた。
「ありがとう!エイリッヒ」
『よくやった』
僕の腕の中でエイリッヒが慌てる。
待っててね、フロー。ジャック。ルーベルト。ルーベルトのご両親。
みんなの運命を変えた元凶を僕が僕の悪逆で裁いてみせる。




