第37話 新しい友人
ジャックと少し談笑していると、素直でとてもいい青年だった。
だからこそ領民は彼を愛したし、彼も領民を愛していたのだろう。
彼の治める領地を見てみたいな、と素直に思えた。
…僕の領地はどうだろう?
悪逆貴族のルーベルト•トランドラッドとして敬遠されているし、好かれてはいないし、僕もジャックみたいならなぁ。
でも、悪逆はルーベルトの武器だ。
手放せられない。
例え民に恐れられようと、それが民の、領地のためになるのなら貫き通すというのがルーベルト•トランドラッドという人だ。
『よく分かっているではないか。そうだ。例えなんと恐れられようと、公爵として私は私なりに民と領地を守る義務…権利がある』
うん、分かっているよ。ルーベルト。
ルーベルトの何よりも大切なもの。
でも、僕は僕で守りたいものが出来た。
「どうかされましたか?」
黙り始めた僕を窺うようにジャックが声を掛けてきた。
「なんでもないよ」
へらりと笑うとジャックはどことなく落ち着かないようだった。
「やはり、噂とは当てになりませんね。思い描いていた悪逆貴族のルーベルト•トランドラッド公爵とあなたは違いすぎる。まるで別人だ。そんな方を私は私怨で殺そうとした。忌み嫌った父のようになるところでした」
ジャックは両手で顔面を覆った。
それは祈りに似ていた。
ジャックの苦悩が伝わってくる。
「気にしないでよ、ジャック」
「いいえ、そう言われても…」
「じゃあさ、知恵を貸してよ。君は僕より賢そうだ。僕は君とフローを助けたい。王家にどう交渉すべきか考えていたんだ」
僕がそう告げるとジャックの顔は難しいものになった。
「国から死刑が確定している者を二人も助けるのは些か無理があるのでは?それに、私は罰せられるつもりです。己の罪は己で償いたい」
「謀反しようとしたこと?」
「エイリッヒからお聞きになられたんですね」
ごめん、エイリッヒ。すぐに情報源バレちゃった。
「うん…。でも、ショックだよね。ジャックはエイリッヒと友達なんでしょう?その友達から憎かった僕に謀反の話という重大なことを聞いていたなんて」
ジャックは首を横に振った。
「エイリッヒなら、私とトランドラッド公爵とをどちらを選ぶかとなったらあなたに決まっていると分かっておりました」
そう言って微笑まれた。
「その気持ち、今なら分かる気がします。私もあなたの力になりたい。私を救いたいと仰ってくださったあなたになにかを返したい」
その言葉に僕の方が首を大きく横に振った。
「そんなこと!僕は僕のやりたいことをしているだけだよ!」
「だからですよ。義理でも義務でもなく、その心に応えたい。あなたは不思議とそう思う方です」
ジャックが微笑んだ。
その微笑みを見て、僕も微笑んだ。
ふふふと二人で小さく笑って、僕はもっと早くジャックに出会っていればこんなことにならなかったのにと二人の運命を呪った。
いや、悪逆を貫くとルーベルトが決めた時からきっとジャックはルーベルトをそういう目で見ていたかもしれない。
でも、賢いジャックならすぐに見抜くかも。
「ねえ、ジャック。もしよかったら僕と友達になってよ」
僕の言葉にジャックが目を見開いたかと思ったら柔らかく微笑んだ。
「喜んで、トランドラッド公爵」
「そのトランドラッド公爵っていうのもやめてよ。ルーベルトでいいよ」
僕がジャックの両手を握って近付くと、柔らかく握り返された。
「はい、ルーベルト様」
ううん。本当はエイリッヒみたいに呼び捨てでいいんだけどなぁ。身分差を気にしないっていうのはジャックには難しそうだ。
「それじゃあ、これからよろしね。ジャック」
「こちらこそ、よろしくお願い致します。ルーベルト様」
こうして僕は新しい友達が出来た。
さて、この新しき友人とフローを助けるために何が出来るか、僕は頭を捻るのだった。




