第34話 ルーベルトとエイリッヒ
それは、ジャックを逃すということ?」
僕が以前提案したことだ。
「そんな訳あるか。王家に引き渡すさ。この件はお前から王家に打診してくれ。俺が言うより話が通じる」
以前のやりとりを思い出して疲れたエイリッヒが手を瞼の上に置いた。
相当疲れているらしい。
「大丈夫?エイリッヒ」
「…やっぱり、お前はルーベルトじゃないんだな」
少し寂しそうにエイリッヒが言った。
「いつから入れ替わっていた?」
「エイリッヒの横領が分かる少し前かな」
僕が答えると、エイリッヒが天を見た。
「ああ…。あの頃は忙しかったもんな。悪いな、気付くのが遅くなっちまって。ルーベルト、寂しがっていなかったか?」
『何を馬鹿なことを』
「何を馬鹿なことをだって」
エイリッヒが笑う。
「まあ、ルーベルトならそういうだろうさ」
そう言うと、再び立ち上がり「用が出来たから帰る」と、来た時と同じように突然帰っていった。
それからはまた療養をサシャ嬢やルーファスに勧められたけれどそんなことをしている場合じゃない。
王太子殿下に嘆願書を書いて、ルーベルトには不敬だぞと怒られながらもフローの減罰を求めた。
ジャックに関してもザファエル伯爵家と領地のことを改めて調べ直してどう対処するのが最適か考えた。
僕は欲張りだからみんな助けたい。
悪逆貴族のルーベルトなんだから、これくらいはしないと。
集めさせた資料や法律の本を読んで考える。
普段使わない頭を使って頭が痛くなるけど、フローならこういう時には頭痛に効くハーブティーと摘める甘い物をそっと差し出してくれるんだよな。
でも、今は犯罪者を強行して雇っていた公爵家当主として執事にもメイドにも遠巻きにされている。
仕事はしてくれているからいいんだけどね。
『元に戻っただけだろう』
自虐的にルーベルトが言った。
「そうかな。でも、今までのことは無駄じゃないって信じたい」
そうだよ。僕には味方がいる。
サシャ嬢やルーファス、エイリッヒも僕を心配してくれている。
「頑張ろう!」
再び机に向かって本を読み込んだ。
「どう考えても無理だ…」
どんなに本を読み込んでも、知恵を絞っても、フローもジャックも助けられそうにない。
そもそも会えないのが辛い。
ジャックの直筆の書類は手に入れられたけれど当たり障りのない内容の書類だ。
ジャックに至っては一度も会えないまま憎まれて殺意を抱かれている。
「どうしよう」
頭を抱えて項垂れる。
その時、自室の扉が開かれた。
「兄貴分が弟分を助けるのは、いつものことだろ」
そう言って現れたのはエイリッヒだった。
「エイリッヒ!」
「それに、お前には大きな借りがあるからな」
その顔がどこか晴れやかなのは、エイリッヒの中でルーベルトへの感情に区切りがついたからだろう。
「これを渡しておくぜ。今のお前には何より必要な物だろうからな」
「これは……」
渡された封筒の中身を見ると、ジャックのルーベルト失脚の計画書だった。
筆跡を見るに、ジャック本人が書いたものに間違いがない。
『どうしてお前がこんなものを持っている、エイリッヒ』
「どうして君がこんなものを持っているの、エイリッヒ」
ルーベルトの疑問は僕の疑問でもあった。
「以前、ルーベルトを失脚させないかと持ち掛けられた時の計画書さ。俺はその時自分で動いていたからな。計画書だけ受け取ってルーベルトの悪口で盛り上がっていただけさ」
『悪口とはなんだ。悪口とは』
ルーベルトは黙ってて!
「待って、ジャックは昔からルーベルトのことが嫌いだったの?」
「そりゃあなぁ。悪逆貴族のルーベルト•トランドラッドは正義のジャックには許せなかったのさ。だから失脚を狙っていた。お前が権力を持っているのが納得いかなかったんだろう」
「…ジャックって、いいやつなんだね」
悪逆貴族のルーベルトが許せなくてこんな計画書を作るくらいには。
『そんなもの、当然知っていて揉み消したがな』
ルーベルト、多分そういうとこだよ。
「ジャックの謀反の証拠になるだろう?」
エイリッヒが片目を瞑ってシニカルに笑った。
『成程。これで貴様は私とジャック。二人の友人を裏切ることになったわけだ』
ルーベルトが辛そうだ。
「いいの、エイリッヒ。ジャックと友人なんだろう?裏切ってしまっても…」
不安気に訊ねると、エイリッヒは困ったように答えた。
「ジャックの謀反が暴かれているならいずれは捕まる。なら、ジャックには俺の手で引導を渡したかったのかもな。それに、ジャックとルーベルトを秤に掛けた時、お前の顔が浮かんじまったんだ」
「エイリッヒ」
「だからといって俺のやったことが帳消しになるとも思っていない。これは俺が好きでやったことだ。良ければ役立てくれ」
エイリッヒはずいっと近付くと真っ直ぐに僕をみた。
「今のお前は俺の親友のルーベルトじゃない。でも、ルーベルトだ。俺の友人だ」
エイリッヒは悲しそうに笑って僕を、ルーベルトを抱き締めた。
「ルーベルトがルーベルトじゃない理由なんて知らん。だが、お前がルーベルトを支えてやってくれよ」
「うん!僕がみんなを守るよ!」
『不安しかないな』
ルーベルトは黙ってて!




