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第32話 エイリッヒの告白

「エイリッヒを呼んで」

自宅に着くと執事にそう言い放つ。

フローとの約束を聞くべきだ。

そう思ったらエイリッヒはすでに家にいて、僕の自室で待ってるって。

もう!一応公爵の自室だぞ!

「エイリッヒ!」

ノックもなしに勢いよく扉を開けると、エイリッヒは悠々と僕のソファで紅茶を飲みながらクッキーを摘んでいた。

「よう。遅かったな。フローには無事に会えたか?」

「会えたよ!それよりも!フローとの約束を聞かせてもらうからね!」

飄々としたエイリッヒに怒りながら、僕は続けて入ってきたメイドが淹れてくれた紅茶で一息つく。

「まあ、それにはまずは俺の横領の件からだよな」

聞きたかったことの一つがエイリッヒの口から簡単に出されてきた。

エイリッヒの横領は、ザファエル伯爵のオークションに賭けられたトランドラッド領の子供を救うためだった。

「言ってくれれば良かったのに」

「言えばお前は傷付くだろう?」

エイリッヒが自嘲気味に笑った。

「そこで現状と悩むフローと知り合った。お互いになんとかしたいと思っていたが、結局はフローの力もトランドラッド公爵家も王家の力も借りてザファエル伯爵の人身売買オークションは潰せたけどな。フローとの約束っていうのは貧民街での誘拐事件をなんとかすることだ。それと、お前を守るってこと」

「僕のことはいいよ!それより自分の領土の民がそんな目にあっていたことが悲しかった。それに君に信頼されていなかったことも」

『まったくだ。話してくれれば私から切り込んだのに』

「お前は悪逆貴族として民衆に嫌われているもんな。そんな話が民にも噂としてあって余計にルーベルト•トランドラッドの名は地に落ちた。俺はな、それが少しざまぁみろって思ってたんだ」

驚きに目を大きくする僕にエイリッヒが自嘲気味に笑った。

「お前が俺を信頼してくれるのは辛かった。身分が違いすぎるのに、お前は簡単に全幅の信頼を寄せた。単なる乳母の子だってだけなのに、お前は兄弟のように親友のように俺を扱う。おまけに「エイリッヒは優秀だからな」なんて大切な領地の一部を任せる。なあ、俺がどんな気持ちだったか分かるか」

『エイリッヒ…』

「情けない、惨めなもんだぜ」

「なんで情けないなんて思うんだよ!ルーベルトは、本当に君のことを信じて何より大切な領地と民を任せたんだ!君なら自分とは違う形で民を導いてくれると思って…!」

『おい、やめろ!』

「やっぱりお前はルーベルトじゃないんだな」

エイリッヒが鋭く射抜く。

その瞳はもはや乳母兄弟や親友を見る瞳ではなかった。

「ずっとうやむやにしていたけれど、お前は誰だ?」

「僕は…」

僕は、誰だろう?

僕自身にも分からないよ、そんなこと。

狼狽える僕に、エイリッヒが身構える。

「僕は、僕が誰かは分からない。でも心の奥にルーベルトがいる。君の大切な、ね」

ウィンクしようとして両目を瞑ってしまった。恥ずかしい。

でも、そうだよ。ルーベルトのことが嫌いなら、僕がルーベルトじゃなくても放置しておけばいい。

なのにルーベルトの身を案じて僕と対立しようとするってことは、エイリッヒはルーベルトのことを大切に想っているんだ。

『そうだろうか』

エイリッヒの言葉で弱々しくなっているルーベルト。

大丈夫だよ。君とエイリッヒは僕の知らない長い付き合いじゃないか。

僕がフローを信じるように、君もエイリッヒを信じようよ。

『まさかお前に諭される日が来るなんてな』

ふふふ。たまにはいいでしょう。

「僕のことは信じなくていい。でも、エイリッヒ。君が信じたルーベルトは信じて。僕もそのために頑張るから」

「お前…。お前がフローを信じたから俺もルーベルトの振りをしている…つもりのお前にルーベルトを任せようと思ったんだぜ」

「ちょっと!ルーベルトの振りをしているつもりってなにさ!」

「いやぁ、お前、どう頑張ってもルーベルト•トランドラッドにはなれねぇよ」

けらけらと楽しそうに笑うエイリッヒ。

「俺は、お前がルーベルトを名乗るまでずっと燻っていた。平民に近い貴族っていうのも半端な肩書だけで公爵家の領地を任される若造が、どんな扱いをされてきたか知らないだろう。でも、俺はお前にとっていい兄気分でいたかった。身分差なんて関係なく親友って言い合える関係が誇りだった。でも、やっぱり俺とお前とは違っていたんだ。違っていたんだよ。ルーベルト。それからは俺は俺に出来る方法で俺を認めさせる方法を模索した。人買いに売られた人を買い戻すのもその手段だった。俺の領民は俺を褒め称えた。悪逆貴族のトランドラッド公爵がしないことを俺がしたと賛辞を言った。俺がお前に報告しないように根回ししただけなんだけどな。それから悪逆貴族の名前はどんどん尾鰭を付けて領土に回った。なあ。悪逆貴族のルーベルト•トランドラッドの名前が俺のせいでもあるって知ってもお前は、お前の中のルーベルトは俺を許してくれるか?」

『許す。私がそんなこと気づかないと思ったか、馬鹿め』

「ルーベルト、許すって。そんなこと気付いていたみたい。やっぱりルーベルトとエイリッヒは仲良しだ。お互いのことがよく分かっている」

僕の言葉にエイリッヒは肩の力が抜けたように座っていたソファにぼすんと全身を預けた。

「でもな、ルーベルト。俺はお前が思ってくれているような奴じゃない。お前と比べて数少ないところで兄貴分を気取ったり卑下したり、お前が情けなく頼ってくれたら良かったのにな。気高いお前は公爵として絶対に頭を下げない。そうなんだよ、ルーベルト。乳母兄弟だ親友だと言ってもお前は俺の前でも『公爵』で在り続けた。俺は多分、それがたまらなく寂しかったんだ。ルーベルト」

『エイリッヒ…』

ルーベルトが黙った。僕も黙る。

これはルーベルトとエイリッヒの話だからだ。

『エイリッヒ。それでも私はお前のことを無二の親友だと思っている』

ルーベルト!

『例えなんと思われていようと、私達の間には様々なことがあり、そのすべてが嘘とは思えない。私は、お前がフローを信じるようにエイリッヒを信じている。こうして本心を告白してくれたエイリッヒの心を大切にしたい』

僕はそっとエイリッヒに近付いた。

エイリッヒが身構えるけれど、僕はにっこり微笑んだ。

「ルーベルトは、エイリッヒのこと無二の親友だと思っているって!」

「そう、そうかぁ…」

ぼすん、とまたもやソファに全身を預けて脱力するエイリッヒ。

少しずつ話し合って、蟠りが解けていけばいいな。

そう見守っていると、エイリッヒが思い出したように言った。

「もう一個だけ。お前の命を狙っているジャック•ザファエルが俺と友人だったって知ってもか?」

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