第30話 牢獄にて
「それでね、お義兄様。その時に庭の蕾が咲いたんだ。とても綺麗でね、早く元気になったお義兄様と見に行きたいな」
ルーファスはまだ療養中とベッドに軟禁状態の僕に僕が居なかった間のことから今日あったことまで全部報告しに毎日来てくれる。
「ルーファス様!またこちらにいらしたのですね。ルーベルト様のことが気になるのは分かりますが、お勉強のお時間ですよ!」
家庭教師が呼びに来て寂しそうに自室へ連れて行かれるももう日常だ。
フローがいない日常。
それはフローが来る前と変わらないように見えて違った。
時折聞こえてくるフローの評価。
屋敷の人達は魔法が解けたかのように「やはり貧民街の出は」と口々に言う。
「やはり悪逆貴族のルーベルト様が信頼なさる方は違う」
あきらかな嘲笑だった。
違うのに。本当のルーベルトもフローも違うのに。
僕が叫んだところで民にはまだ届かないんだろう。
それがとても悔しい。
悪口も、悪いことを言うことだ。
みんな悪だ。
悪じゃないのはなんだろう?
正義?
正義の人ってなんだろう?
悪逆に背くことは正義?
くるくる、くるくる。
回って廻って。
自分の足元も疎かになった時、ふらつきそうになりながらルーベルトが言った。
『お前はお前がやりたいことをすればいい。それが悪か正義かそれとも他の何かなんて他人の評価だ。まずは己を信じろ』
信じる、かぁ。僕に出来るかな?
『お前は私を信じているんだろう?フローも。こんな結末になったとはいえお前は信じようとした。これは数少ないお前の美点だ』
「僕は君のために」
『君のため、人のせいだな』
信じられる人はどこにいるんだろう?
エイリッヒは信じられる?
サシャ嬢は信じられる?
ルーファスは信じられる?
ううん。僕が信じなきゃ、相手から信頼なんてされない。
僕はみんなを信じる。
ルーベルトを信じてる。
ルーベルトを愛してる。
『おい、気色の悪いことを言うな』
僕は本気だよ、ルーベルト。
みんな信じて、みんな愛する。
ルーベルトの大切なものを全部。
それがルーベルトをやっている僕が選んだ道なんだ。
一人になって考えるのはフローのことばかり。
エイリッヒはフローは捕まったと言っていた。
エイリッヒとフローの約束ってなんだろうか。
でも、なにより僕達がこうして日常に戻れたのはフローのおかげなんだよね、フロー。
エイリッヒは王兵を連れていたからフローが捕まるとしたら王宮の牢屋かもしれない。
僕は公爵だ。
なんとか立場を利用してフローに会えないだろうか。
『やめておけ。それでどうなるというわけでもない。貴族を攫って処刑しようとしたとなれば死罪だ。そんな死刑囚といかに公爵といえど会えるわけがないだろう。そもそも、会ってどうするつもりだ』
どうするって、どうしたいんだろう?
フローを助けたい。
これが一番だと思うけれど、一度は許されても二度目はさすがに許されないだろう。
王族もそこまで甘くはない。
でも、会いたい。
僕はフローに会いたい。どうしたいかはわからないけれど、フローに会いたいことだけは僕の真実だ。
『勝手にしろ。ああ、国王陛下より王太子殿下の方が甘いし面白いことが好きだからな、囚われの身になった公爵が捕まえた罪人に会いたいなんて申し出たら許可は出るかもしれんな』
「本当!?ルーベルト!」
こうしちゃいられない!
僕は机に向かうと一等上等な手紙で王太子殿下に懇願の手紙を認めた。
王太子殿下からありがたくもご返信がいただけたのはそれから三日後だった。
あの日の夕方に早馬でお渡しさせていただいたけれど、罪人と会いたいなんて無茶を三日で叶えるなんて相当根回ししたんだろう。
僕はまだ会ったこともない王太子殿下に感謝した。
『私はお会いしたことがあるがな。あの方は有能だし人望もある。それくらいは出来るだろうさ』
「すごい方なんだねぇ」
『ああ。あの方の治世で私も公爵として民を守る日が楽しみだ』
ルーベルトがそう言うなんて、よっぽどの人格者なんだろうな。
ともあれ、王太子殿下から許可されたこの書状を持って約束の日を待たなくては。
僕は誰にも言わずにその日を待った。
何度も星に祈りながら待ちに待ったその日。
僕は王城の中にいた。
そわそわしながら通された応接間でひたすら待った。
時刻は何時ごろだろう?
フローに会えると思うと気持ちばかりが急いてしまう。
なんて話そう。なにを謝ればいい?全部か。僕のせいでフローはこんなことになっている。
僕っていつもこうだ。
自己嫌悪で気分が悪くなってきていると、執事服を着た人が呼びにきた。
案内されるまま複雑な道順を進み地下二階まで来ると、厳重な扉があり、重々しそうなその扉は守っていた二人の番人によって開かれた。
「どうぞ。ここからはお二人でとのご命令ですので。一番奥の突き当たりの部屋がフローのいる場所となります」
恭しく執事が言うと、僕は一つ頷き扉の中へと進んでいった。
王城の地下室。罪人のための牢屋。
まっすぐ歩くと、突き当たりに厳重な牢獄。
そこに僕とフローはいた。
「フロー。なんであんなことをしたのさ」
色々考えたけど、やっぱり知りたいのはそれだった。
エイリッヒとの約束も知りたい。
久々に見たフローは痩せ細っていた。
辛い。この鉄格子を超えてすぐにフローに飛びつきたい。
大丈夫だよって言いたい。
何も大丈夫じゃないのに。
「私なりの悪逆の結果ですよ。あなたがあなたの悪逆の悪逆を貫こうとしたように、私は私の悪逆を貫いた。誰に恨まれても憎まれてもいい。私は、私の道に従うだけですから」
冷たい牢屋に入れられても、温和な笑顔は崩さない。
「なんで悪役になろうとしたの?」
「なんで悪が悪をしてはいけないんですか?」
にこりと微笑む。
「フローは!フローは悪じゃない!僕達を助けてくれた!なんでそんなに自分を卑下するのさ!」
フローの気持ちがわからなくて、フローを助けたいのにフローは僕に助けられたくないことを改めて突きつけられて悔しくて泣いた。
そうすると、フローは少し困ったように微笑んだ。
「泣かないでください、ルーベルト様」
伸ばしてくれた手は届かない。
ほら、こんなにもフローは優しいじゃないか。
僕は、何があってもフローを信じている。
僕が泣き止むと、フローは穏やかな笑みだった。
いつもの張り付けられた笑みとは違う。
時折見せてくれるようになった柔らかな笑み。
そして告げた。
「ジャックが来ます」




