第25話 「フローを信じてね」
目が覚めたらどこかの小屋の中で両の手首を後ろ手にロープで巻かれて放置されており、小窓から見える景色は夜を表していた。
フローはどうしているんだろう?そう思って小さく呼んでみた。
「フロー?」
『お前を裏切った者の名を呼ぶな』
すぐさま叱責される。
「ルーベルト!」
こんな状況だけれどルーベルトがいるのがこんなに心強いなんて。
『今は何も出来ぬがな』
「それでも、ルーベルトがいるだけで安心するよ」
僕は安堵の息を吐くとロープが解けないか悪戦苦闘してみた。
そんな時だった。
「やはり、貴方は二人いらっしゃるのですね」
ドアが静かに開かれてランタンに火を灯したフローが現れた。
「フロー!」
「お静かに。あまり煩く囀るとその口まで塞がねばなりません。なにしろここは壁が薄い」
「フロー、自首しよう。僕も付いている」
「貴方はいつも自分の善性のみで話されますね。それより、先程の質問にお答えいただけませんか?貴方は、ルーベルトはその身に二人いると」
フローが近付いてくる。
その目は確信を得ていた。
「それは…」
僕がルーベルトを呼んだところを見られていたし今更誤魔化せないか。
言い淀む僕と跪き僕と視線を合わせるフロー。
その目を見ていたらなんだかもう言うしかなかった。
「そうだよ。僕はルーベルトじゃない。本物のルーベルトは僕の中にいる。どうしてこんなことになったのかは僕には分からない。ついでにフローがなんでこんなことをしたのかもね」
エイリッヒのような余裕さを出したくてウィンクしようとしたら失敗して両目を瞑ってしまった。恥ずかしい。
「そうですか。薄々そうではないかと思っていましたが、やはり」
フローはそう言うと僕の頭を撫でた。
その手はどこまでも優しく慈悲の心が籠もっていて、こんな事を仕出かす人物とは思えなかった。
「まだ少し用事があるので出直してきます。手荒な真似をしてしまい申し訳ありません。手枷も外す訳には今はいけませんがそのうちこの室内でなら自由にさせていただきますので」
最後に優雅な礼をしてフローは静かに出て行った。
フローが出て行ってしばらく、僕は備え付けられていたベッドで横になり今後のことに考えていた。
フローはこんな凶行に及びながらまだ僕の知るフローだった。
僕の知らない何か事情があるのかな?
本当に僕を裏切って、裏の組織とまだ縁が切れていなくて、売られるための商品としてここに閉じ込められているのかな?
「どう思う?ルーベルト」
『さあな。ちょうど小さな客人が来たようだ。尋ねてみればいい』
「客人?」
僕が問い返すとドアが小さくノックされた。
「どうぞ」
誰が訪れたのかドキドキしながらベッドから起き上がり腰掛けた状態にして返事をすると、扉は控えめに開き伺うように小さな女の子が現れて恐る恐る近付いて来た。
女の子は僕の前まで来るともじもじしながら拙く言葉を発した。
「あのね、フローから聞いたわ。お姉様を看取ったのは貴方だと。ありがとうございます」
見事なカーテシーから上流階級出身だと分かる。それにしてもお姉様とは…そこまで考えて思い至った。
あのオークションで被害に遭った女性。彼女のことじゃないだろうか?
「そんな!僕には何も出来なくて。もっと上手くやっていれたら誰も被害になんて遭わずに済んだのに。ごめんって言葉じゃ済まないけど、僕には謝るしか出来ない。ごめんね」
『そうだな、お前は何も出来なかった』
追い討ちを掛けないでよ!ルーベルト!
そのうち色々と思い出して、辛いのはこの子の筈なのに勝手に溢れ出てしまった涙を手首が縛られていたため、どうすることも出来ずに泣いてしまった僕の頬を女の子が優しくハンカチで拭ってくれる。
「泣かないでよ。悪逆貴族なんでしょう?わたくしには悪逆なんてよく分からないけど、お姉様と私達のために泣いてくださる貴方が悪い人だとは思えないわ。でもね、フローも悪い人じゃないの。信じてあげて」
小さな手に力が籠る。
今度は彼女が泣き出した。
でも縛られている僕にはどうしようも出来ない。本当に無力。
「僕はね、フローもここにいる人達も恨んでいないし嫌いじゃないよ。もちろん君のことも。今はまだ何も出来ない僕だけど、僕の領地に住む、ううん、それ以外のみんなも幸せになって欲しいんだ」
精一杯の笑顔も泣きながらじゃ格好つかないな。
『安心しろ。元からお前は格好良くない。ただの偽善者のわがままな子供だ』
黙っていてよ!ルーベルト!
そのうち僕がなんとか言葉を尽くして泣き止んだ女の子は、また見事なカーテシーを披露して静かに出て行った。
最後に「フローを信じてあげてね」と言って。
大丈夫。僕はフローを信じるよ。
それが僕の悪逆だから。ううん。僕がフローを信じたいんだ。
フロー。本当の君が知りたいな。




