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第22話 慰問の日

「初めまして、フロー。ルーベルト様がお世話になっております」

「初めまして、カサンドラ侯爵令嬢。これが仕事ですのでお気になさらず」

慰問の日。

僕とサシャ嬢とルーファスとフローとで被害者を受け入れた孤児院のひとつに行くことになった。

サシャ嬢はフローを窺っているようだけれど、フローは相変わらずにこやかだ。

「さて、では慰問に行きましょうか」

「はい。お義兄様」

僕とサシャ嬢と対面してフローとルーファスが向かい合う形で座り馬車は孤児院に向かっていく。

他愛無い話をしながらルーファスは僕がルーファスにしたように絵本を読んであげるのだと嬉しそうにしていた。

サシャ嬢はお菓子を手作りしてきたので振る舞うのだと。

二人は微笑み、これから被害にあわれた方々を励ますのだと意気込んでいた。

僕は何をしよう。

こういう時、僕はやることがない。

ただ、人の話を聞くだけだ。

『それでいい。施しを与えるのも善行だが寄り添うのも被害者にとって救いとなることもある』

ルーベルトの言葉にひとつ頷いて、窓の外を見た。

慰問の前にフローは言っていた。

僕もといルーベルトがどれだけ領地を良くしようとしても貧民街はまだ残る。

被害者の心を救うのも大切だけど、これからはルーベルトが行ってきた貧民街の改革も力を入れて行っていきたい。

フローは、そこで生き長らえてきたと言っていた。

過去の自分を救って欲しいのかもしれない。

少しだけフローの心に触れられた気がした。

やることが多いなぁ。それだけこの領地に問題があるということだ。

僕の、ルーベルトの力が試されている。

今までの公爵はどうしてきたんだろう?

問題を先送りにしてきたんだろうか?

『そんなことはない。先代達もやるべきことはやってきた。それでも他国との争いや公爵家として王家を支える仕事もありなかなか事業が進まなかったのだ。今ある問題も私の代で終わるとは思っていない。領地が大きくなればなるほど目の届かぬところが増え、問題が起きる。だから私は民に恐れられても改革をせねばならなかった。悪逆と言われても、それが民のためだと信じていた』

そんなことないよ。ルーベルトは民のためにちゃんとしているよ。考えているよ。

僕はルーベルトの優しさを知っているよ。

見えないルーベルトを抱き締める気持ちでぐっと手を握った。

『それが寄り添うということだ』

ルーベルトは、僕がいて良かったって少しでも思ってくれたんだろうか?

ルーベルトのためにも、被害者のためにも、被害者の心を癒したい。

僕に出来ることが寄り添うことだけなら精一杯寄り添おう。

決意を固めると、フローと目が合った。

相も変わらずの笑みでこちらに微笑む。

彼も被害者だった時期があるんだよね。

悪に転がり落ちるには一瞬なんだろう。

でも、変われる人がいる。それを信じさせてよ、フロー。

ううん。僕はフローを信じる。だから側に居るんだ。

なんだ。もう僕は寄り添うということをしていたのか。

僕と一緒にいてフローは変われたんだろうか?

フローの微笑みは組織にいた時から変わらない。

お互い何を言うわけでもなくじっと見つめ合ううちに孤児院に着いた。

事件より先に居た子達は前にも訪れた僕達を歓迎してくれた。

事件で僕の姿を見た子は遠巻きに僕を見ていたが、やがて手当した子の一人が近寄ってくると小さな声で「ありがとう」と言ってくれた。

僕はやるせない気持ちになりながらもしゃがんで目線を合わせて「どういたしまして」と微笑んだ。

亡くした命もあるけれど、ここに居る子達は生きている。まだ、ちゃんと生きている。

そっと触ると温かいぬくもりを感じた。

僕の腕の中で亡くなった子は段々と冷えていった。あの時の感触を思い出したけれど、この子は生きている。

思わずぎゅっと抱き締めていた。

ルーベルトに出来ない分、していたのかもしれない。

「生きててよかった」

「うん。うん。ありがとう」

腕の中の小さな命も僕を抱き締め返してくれた。

サシャ嬢とルーファスとフローに見守られながらしばらく抱き合っていた。


孤児院には被害にあった子もその前からいる子も大勢いる。

名残惜しいけれど、この子ばかりに構っていられなかった。

サシャ嬢はお菓子を振る舞い、ルーファスは小さな子を集めて読み聞かせをして、僕は一人ずつから話を聞いて回った。

フローは気付いたら鬼ごっこに巻き込まれていて、真剣に子供達を追い掛けていた。

フローは時々大人気ない。

子供達や職員の要望を聞き入れ、メモしていく。

次回の来訪までの改善点だな。

ペンをくるくる回して顎に当てる。

難しいなぁ、ルーベルトが言った通り僕の世代だけで終われそうにない。

まだ施設は整わない。

王家との先日の件で話し合いもまだある。

まだまだ忙しくなりそうだと溜息をつくと、いつの間にか寄ってきたサシャ嬢が隣に座りそっと両手でお菓子を差し出された。

「眉間に皺が寄ってらっしゃいますよ。大丈夫ですか?」

「サシャ嬢、申し訳ありません」

へらりと笑いながら差し出されたお菓子の中からクッキーを一つ取り食べる。

うん。美味しい。

「ご無理はなさらないでくださいね」

その笑顔だけで元気が湧いてくる。

僕は、ルーベルトのようにはまだまだなれないけれど、もっと僕のいる世界を良くしていきたい。

『そうだ。そのためには力をつけろ』

うん。僕は僕の悪逆で世に逆らってみるね。


そのまま夕方にはお別れになった。

結局全員とちゃんと顔を合わせて話が出来て良かったな。

サシャ嬢とルーファスも充実した日になったのか、にこやかな笑顔で隣り合って感想会をしている。

必然的に僕の隣はフローだ。

「今日はお疲れ様でした」

「いいや、まだまだだ」

痛感する。

触れ合えたと思っても、馬車に乗って扉を閉めたら僕達の世界とあの子達の世界は違うものになる。

階級があるのは仕方がない。

でも、もっとみんなと繋がりたい。

人を信じたい。

そう思って帰路に着いた。

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