異世界で「スローライフ」を夢見た俺は冒険者崩れのヒャッハァに支配された村のモブAだったようです
俺はロウザ。所謂異世界転生した24歳。
前世では息つく暇もないブラック社畜だった俺の夢は異世界スローライフ!
チート能力でのんびり暮らしながら素敵な奥さんと幸せに暮らす!
そんな俺の今は…
「ヒャッハァーー!水だ!食い物だぁーーっっ!!」
「ここは俺達のもんだぁーー!!」
「お、俺達の村が…!!」
襲来したヒャッハァに怯える村人だ。
「奴らの要求は?」
「有り金と備蓄の食料。呑めないなら人質を売り払うって…」
「クソっ!冒険者崩れのゴミどもが…!!」
「領主は何をしている!?なんのために高い税を払っていると…!」
会議が開かれたが話は平行線。
こんな時主人公ならヒャッハァを瞬殺するものだが俺にはそんな力はない。
俺は記憶と知識しかない無能力者なのだ。
「おいロウザ!何かないのか!?」
「やめろイクゾー!」
「嫁が攫われたんだ。そっとしといてやれ」
「…っ!!」
何がチートだ!何が異世界だ!
俺には何もできない…!!
不毛な会議を続けていると村の若い男が見知らぬ女を抱えて入ってきた。
「大変です!女の子が倒れていました!」
「行き倒れか?」
「待て!奴らの仲間かもしれんぞ…」
ざわつく村人をよそに俺はその女を観察する。
年はかなり若い。恐らく15かそこらだろう。
容姿はとても美しく小柄で細身だがスタイルは整っている。
現代ならモデルをやっててもおかしくない。
この辺りでは見かけない褐色の肌と一本一本を金で作ったかのような短く切り揃えられた金髪。
そしてうっすら開いた瞼から覗くターコイズのような澄んだ青い瞳。
格好からして旅人か商人だろう。
「どうする?」
「とりあえず寝かせて…」
そこで女が口を開く。
「お、お腹…空いた」
「…待てよ。村長!!」
窮地に陥った村に突然訪れた謎の異邦人。
しかも腹を空かせてる!
これは…
「こいつに腹いっぱい食わせてやりたいんですが構いませんよねぇっっ!?」
救世主フラグだ!!
「ん。ごちそーさま…」
「む、村の備蓄を全部…!」
「ドラゴンかこいつは!?」
前言撤回!ただの大食らいでした!!
皆の視線が痛い!
「ご飯ありがと。えっと…」
「俺はロウザ。君は?」
「カルエナ。カルでいい…」
カルはそう言って微笑んだ。美人には笑顔がよく似合う。
「なんで倒れてたんだ?」
「皆迷子になったから探してた」
よくわからんが訳アリらしい。
「ご飯のお礼がしたい。困ってることない?」
あります。現在進行系でめっちゃヒャッハァされてます。
「話すか?」
「そうだな。怖がって逃げてくれるだろう」
「食料はどうする?奴らになんて言うつもりだ?」
「魔物に奪われたとでも言えばいい。食わせたもんは仕方ない」
話し合った末に俺達はカルに事情を話すことにした。
「…というわけなんだ」
「ん。分かった…」
どうやら分かってくれたらしい。救世主っぽく登場したとはいえカルは見ず知らずの女の子。
俺達の事情に巻き込むのは心苦しい。
「悪いことは言わねぇ。さっさと出…」
「シメてくる」
「はっ?待て待て待て待て!!あんたにどうこうでき…!」
カルは俺達の制止も効かず飛び出していった。
「そもそも場所知らないだろぉーー!!」
やってきたのは奴らのアジト。
まだ一週間ほどだというのに既に如何にもな砦が出来上がっていた。
そんなもの作れるなら大工になれよ…
「あーん?なんだてめぇ?」
「ブツは用意できたのか!?あぁっ!?」
肩パッドを装着しモヒカンを整えた模範的ヒャッハァがカルに立ち塞がる。
あんなものどこで調達した!?ってかモヒカンどうしたの!?
お母さんにやってもらったのか!?
「ご飯のお礼にきた」
「あぁっ?…へへっ。よく見りゃいい女じゃねぇか」
「こいつぁお貴族様にも売れそうだ。おら来いっ!!」
ヒャッハァ達がカルの腕を掴む。
だが、カルは微動だにしない。
「な、なんだこいつ…!」
「動かねぇ…!?」
カルはそんなヒャッハァ二人の腕を掴み…
「ふんっ!」
まるでタオルでも振るように地面に叩きつけた。
「ひゃおばっ!」
「びでぶー!?」
「か、カル…?」
動かなくなったヒャッハァを離したカルはそのままアジトに突入する。
そこからは漫画やラノベの主人公のような一方的な戦闘が幕を開けた。
「ふっ!」
「ゆべしっ!」
「はぁっ!」
「わざぶっ!」
「ふっ!せいっ!たぁっ!!」
「「「ぎにょらっ!!?」」」
小柄なカルの徒手空拳に武装した大の大人達が紙切れのように散らされていく。
人をメートル単位で投げ飛ばしたり小石を投げて櫓の敵をスナイプできる怪物相手に食い詰めて闇落ちした冒険者如きが勝てるわけがない。
「す、すげぇ…」
何もかもが圧倒的すぎる。これが俺と主役?の差…
俺等が何もしなくたって全部あの子が解決してくれる。
全部…
「俺等も戦うぞ」
「はぁっ!?何言ってんだ!?」
「ここは俺達の村だ!よそ者だけにいい格好させられるかよ!!」
やっぱり全部任せるなんてできねぇ!だって…
「俺だって村ラブってわけじゃねぇ!苦労ばっかで大変だしせっかく作った作物も偉そうなクソ領主に巻き上げられちまうクソゲーなんて真っ平だ!でも!俺が汗水垂らして切り拓いてきた人生だ!」
モブにはモブのプライドってもんがあるからだ!!
「ここで指くわえてたら村のモブにすらなれねぇ!!」
俺は落ちてた棍棒を拾って戦意喪失したヒャッハァ共を片っ端から殴り始めた。
「うらぁっ!」
「ぎゃぼっ!?」
「てめぇ!俺らに逆ら…」
「知るかボケぇっ!!」
「ぴぎゃんすっ!」
当然俺に武道の心得なんてない。
めちゃくちゃに振り回すだけでも案外なんとかなるもんだ。
「俺達も続けぇっ!!」
「あの方はきっと戦神様の化身!わしらもお供致しますぞ!」
俺の姿が皆を突き動かしたのか一人、また一人と加勢して…
「「「カールエナ!カールエナ!カールエナ!!」」」
「俺じゃねぇのかよ!?」
カルの突撃と「お・れ・の!!」奮起で形勢は逆転。
恐怖の象徴だったヒャッハァは最早逃げ惑うだけのイカツイ兄ちゃんに成り果てた。
後は攫われた女子供を解放すれば…
「そこまでだ!!」
ついに出てきたボスヒャッハァにカルの手が止まる。
その腕にナイフを突きつけられた人質がいたからだ。
最悪なことにそれは…
「リリア!!」
俺の妻だった。
「動けばこの女の命はねぇぞ!!…てめぇ、勇胤だな?」
「ん?何それ?」
「おい!こいつをふん縛れ!!例の大当たりだ!当分遊んで暮らせるぜ!」
動きを止めたカルを勝機とばかりに取り囲むヒャッハァ共。
だが、奴は大事なことを忘れている。
俺は存在感が薄いってなぁ!!
「おらぁっ!!」
「がはっ!?」
存在感のなさを利用してボスヒャッハァに奇襲をかける。
頭を殴られたボスヒャッハァはナイフを落としてよろめいた。
「ロウザ!」
「逃げろリリア!!」
「このぉっ!!」
「ごふっ!」
リリアを逃がすことには成功したものの情けないことに殴り倒されてしまう。
「この野郎!よくもやりやがったな!!」
「がはっ!ごほっ!!」
頭に血が上ったボスヒャッハァは俺を容赦なく殴りつける。
詰んでるとも気づかずに…
「今だ!カル!!」
「はあぁぁぁぁっっ!!」
「しまっ…!?」
「せいやぁーーーっっっ!!!」
「だだんばぁーーーっっ!!?」
顔面ど真ん中を撃ち抜く渾身の右ストレート。
それをモロに受けたボスヒャッハァは文字通り空の彼方へと飛んでいった。
その後、ヒャッハァが現れた時には何もしてくれなかった領主の兵が到着してヒャッハァ達を捕縛。
木に引っかかってたボスヒャッハァも捕らえられ村に平和が戻った。
「もう行くのか?」
「ん。皆が心配だから…」
あれから一夜明け、村を解放した英雄は村を発とうとしていた。
「ありがとう。ご飯、美味しかったよ」
「それはこっちの台詞だ。村を救ってくれてありがとな!」
俺はカルと握手を交わす。
「本当は俺達が何とかしなきゃいけなかったんだ。世話になりっぱなしで情けない」
「違うよ…」
「えっ?」
「ロウザは大切なものを守った」
カルの視線の先にはリリアがいる。次に集まった村人達を見渡した。
「皆も村のために戦った。これからは皆で守ればいい」
「…っ!おうっ!!」
「じゃあまたね」
「あぁ!またな!」
「またいつでもいらして下さい!」
目の前のことで精一杯なチートとは無縁な毎日。
これが第二の人生だ。
でも、チート能力でスローライフなんてやってたら今の幸せはなかった。
俺達を助けてくれたあの勇敢な背中に勇気をもらうこともなかっただろう。
だから俺は…俺を気に入っている。
あれから数ヶ月。
ヒャッハァのおかわりもなく村は平和そのものだ。
そしていいニュースがある。
俺とリリアに子供ができた。
「あっ、動いた。ふふっ、早く会いたいなぁ」
「俺が名前つけてもいいか?いい名前があるんだ」
「どんな名前?」
「…カルエナ。強くて優しい英雄の名前だ」
「ロウザ…」
「今年生まれた子皆カルエナだよ?」
初めましての方は初めまして!
こしこんです
今回のテーマは「スローとは程遠い辺境ライフでも満足できるのか?」です
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