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4 初恋の王子様

 ◇◇◇


 ガイル殿下とエリーゼはいわゆる幼馴染の関係だ。殿下の遊び相手として兄が選ばれたことで、年の近いエリーゼもまた、共に王宮に上がることが許された。王妃様の影に隠れてはにかんで笑う、天使のように可愛い王子様。エリーゼは一目でこの可愛らしい王子の虜になった。一つ年上ということを笠に着て、王太子であるガイル相手にずいぶんお姉さんぶった態度をとっていたものだ。ガイルも、兄以上にエリーゼを慕い、いつしか、兄と過ごすよりもエリーゼと過ごす方が多くなっていった。


 でも、いつのまにかエリーゼの身長を越して、様々な分野で活躍し、キラキラと眩しい完璧な王子様になってしまったから。もう姉役は必要ないのだと、近づくのをやめてしまった。だって、エリーゼにはガイルに誇るものなど何一つなかったから。家同士の政略でエリーゼに婚約者ができたときも、ガイルは何も言わなかった。だからもう、自分に興味などないと思っていたのだ。


「僕はね、エリーゼの言う理想の男になりたくて、自分なりに努力してたんだ。それなのに、留学からやっと戻ってきたら好きな女の子に婚約者ができてたって聞いたときの、僕の気持ちがわかる?」


 疎遠になっていた時期、ガイルは突然隣国へ留学した。これまでのように遠くから見ることもできなくて。寂しくて寂しくて、ガイルのいない穴を埋めるように、婚約者に選ばれたアルバートに恋をした。いや、恋をしようと思った。


 ほんのちょっと、髪の色と瞳の色が、ガイルに似ていたから。


 ああ、人のことは言えない。なんて自分勝手な女だろう。いつまでも初恋の男の面影を引きずる、嫌な女だ。愛されるはずもない。


「エリーゼは僕に言ったでしょ?誰よりも強くて、かっこよくて、優しくて、経済力があって、絶対に私だけを愛してくれる男しか愛さないって」


 ……そんなことを言っただろうか。いや、理想の結婚相手として間違っていない。間違っていないが、よりによってなぜ幼少期の殿下にそんなことを吹き込んでいたのだろうか。何してやがる、幼少期の自分。


「僕はまだ、エリーゼの理想には遠い?」


 闇の中でもなお輝く金の髪に、海より深い紺碧の瞳。ガイルは、エリーゼがこれまで出会ってきた中で、間違いなく一番素敵な男性だ。学者たちも舌を巻く知識と、騎士団長顔負けの剣の腕。それなのに驕ったところが一つもなく、誰に対しても公平で優しく、微笑みを絶やさない理想の王子様。


 どんなに努力したところで凡庸な自分には、到底手の届かない人。


「私の理想など、はるかに超えていらっしゃいますわ。ガイル殿下は、皆の思い描く理想の王子様ですもの。ふさわしくないのは私です」


 自信のなさが自虐的な言葉を吐かせる。なんて、なんて嫌な女だろう。


「エリーゼは、素敵だよ」


「私の!どこがっ……」


「意志の強いところも、負けず嫌いなところも、人前で涙を見せたくない誇り高さも。だけど本当は怖がりで泣き虫で、恋に恋する可愛いところも。君のすべてが好きだよ。だから、僕の好きな君を君が否定しないで」


「ガイル、殿下……」


「ふふ。ガイルって呼んでよ。五歳のころ、『この私にふさわしい男になったら、ガイルのお嫁さんになってあげてもいいわよ』って言ったの、覚えてる?」


「……覚えていません」


「エリーゼは本当に嘘つきだね。でもまあいいや」


 抱きしめる腕に力がこもる。小柄なエリーゼはこうして抱きしめられてしまうと、ガイルの胸に顔をうずめてしまう格好になる。剣を握る腕はたくましく、胸板はしっかりと厚い。すっかり大人の男性になってしまったガイル。ほのかに香る男らしいグリーンノートの香りに眩暈がしそうだ。けれど、その心臓はエリーゼと同じくらい早鐘を打っていた。


(こ、これ以上は心臓が持たないわっ!それに……)


「殿下、離してください。こんなところ誰かに見られたら、殿下の評判に関わります」


 エリーゼは仮にも公爵令嬢。しかも、婚約者のいる身だ。このようなところを見られたら、エリーゼのみならず、完璧な王子と評価の高いガイルの評判にかかわる。


「別にいいけど。今すぐエリーゼは僕のものだって皆に大声で言いふらしたいくらいだし」


 拗ねたように横を向き、子どもっぽく口を尖らせるガイル。


「で、殿下っ!」


 しかし、必死に言い募るエリーゼに根負けしたのか、渋々解放してくれる。


「本当はずっと、腕の中に閉じ込めていたいけど。僕のせいでエリーゼに悪評が立つのは嫌だからね」


 エリーゼは高鳴る胸を押さえて、バルコニーを後にした。

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