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謝れ

 音楽会の会場は、豪華な空間だった。一流の演奏家たちが、楽器の調子をチェックするために音を鳴らしている。五十人はいると思われた。皆、黒い制服に身を包んでいる。

 天井は高い。音がよく響くようにする配慮なのかもしれない。また、ベインス家の豊かさを象徴するかのようだ。

 フロアは二層に分かれていた。一階で演奏をし、二階で貴族たちがそれを鑑賞するという構図のようだ。


 セリア達は今、一階にいた。鑑賞の場に行かなければならないので、セリアは二階への階段を探しつつ、コーラルとリーリエがいないか見回していた。

 そうしていると、コーラルの姿が目についた。

 柔らかい茶髪。おっとりとした表情。黒い礼服を身にまとったコーラルはオーラが違った。身体を鍛えているのか、服の上からでもシルエットが美しいのがわかる。

 コーラルはセリアの姿を見つけたようで、早歩きで彼女の元へ駆け寄った。


「セリア嬢!よく来てくれました」


「ご招待、ありがとうございます。セリア・フランティスとして嬉しく思います」


 セリアは丁寧に頭を下げた。後ろのノイフとソイルも当然頭を下げた。


「僕が誘いたかっただけです。その、手紙のことですが……本心で書きました」


 照れ笑いしながらコーラルがいった。

 セリアは心の中がもやもやした。目の前のコーラルは、いかにも善人に見える。故に、セリアなどという悪女と関わってはいけないのだ。


「お気持ちはとても嬉しいです、コーラル様。しかし、私は相応しくありません。貴方に相応しい人間ではないのです。貴方が見ているものはきっと、一瞬の幻想です。もっと広い世界を見るべきです」


「幻想なんかじゃない!貴女は僕に、本音で接してくれました。バイオリンを下手だと言われた時のこと、今でも思い出します。貴女のように素直で美しい女性と結婚したいのです」


 コーラルの言葉に、セリアは少し顔を赤くした。そんな簡単に結婚なんて言わないでほしいとセリアは思った。


「私には何もありません。コーラル様、目を覚ましてください」


「僕も……男です。そんなにしつこく迫ることはできない。しかし、僕は貴女が振り向いてくれるまで、どんな女性とも付き合いません」


「それは勿体ないことですわ。そんな好意はきっと、ただの盲信です。貴方に相応しい人間が現れるはずです。しかし、気持ちは本当に嬉しいです」


 セリアは微笑んだ。俯き気味だったコーラルは、その微笑にドキドキした。

 コーラルは熱を上げていた。フィゲル・ブリッツに対してセリアの心が傾いていることは知っていた。だが、それでも男として、一目惚れした女性を譲る気にはならなかった。セリアの容姿に惹かれた、つまり見た目に惹かれた部分があるという事実があるのは確かだった。だが、それがなんだというのだろうか。性格だろうが、容姿だろうが、好きになった気持ちに変わりはない。

 一瞬の幻想でも、可能性があるのなら、諦めたくない。コーラルはそう思っていた。セリア以上の人間に出会える気がしないのだ。


「コーラル様?」


「あ、すみません。少し、ぼーっとしていました」


「疲れてらっしゃるのかもしれませんわ。音楽会もそろそろ始まるのでは?」


「そうですね。セリア様は二階で見ていてください」


「楽しみにしています。コーラル様も演奏なされるのですよね?」


「はい。少しは上達しましたよ、バイオリンは」


 コーラルは子供のように無邪気な笑顔を見せた。

 セリアは内心で可愛いなぁと思いながら、同じく笑顔を見せた。


「では、私達は二階で見学させていただきます。行きましょう、ノイフ、ソイル」


 セリアはコーラルに頭を下げ、くるりと振り返って二階への階段に向かって歩み始めた。ノイフとソイルがその後ろをついていく。

 その様子をコーラルは見送った。コーラルは少し落ち込んでもいた。己ではセリアに伸ばす手は届かないのだと。


 もふもふとした絨毯を踏みながら、セリア達は二階にやってきた。既に多くの貴族が二階と鑑賞エリアにいて、会話や酒を楽しんでいた。

 セリアは辺りを見回した。彼女にとって気になる人物がいたからである。それは、フィゲルとリーリエだ。あの二人がいれば、セリアは緊張することになるだろう。


 しかし、フィゲルもリーリエも、二階に姿は見えなかった。

 内心、ほっとするセリア。一度、このような世界の音楽会を楽しんでみたかったものだから、安心して鑑賞出来そうだと一息。


 だが、周りの貴族たちの反応があった。セリアの姿を見つけるやいなや、すぐに貴族たちはセリアの噂話を始めたのだ。


「セリア・フランティスよ」

「近づきたくないわねぇ」

「どういう教育を受けてきたのかしらね?」

「男にしか目がないんでしょう?」


 次々と噂話の声が聞こえてくる。ノイフは険しい表情になった。


「ノイフ、気にすることはないわ。私が招いたことだもの」


 セリアはノイフの方を振り返って、笑顔を見せた。


「セリア様がそう言われるのなら」


 ノイフは目を伏せ、ため息をついた。

 しかし、その時、次の声が聞こえてきた。


「後ろにいるのは、ソイル・イグニスですわね?あの、元子爵家の……貴族だったくせに、メイドをするなんて恥ずかしくないのかしら」


 紫のドレスの女がそう言った。セリア達の元へその声は届いた。

 ソイルは唇を噛んだ。これ以上ない屈辱だった。

 好きで没落したわけじゃない。家族も誰も悪くない。

 そして、嫌だった。反論出来ない自分が嫌だった。

 ここで反論して、家族に迷惑をかけるわけにはいかないのだ。ソイルは泣きそうだった。

 その隣で、セリアが氷結したかのような表情で、紫のドレスの女を見つめていた。

 そして、つかつかとその女に近づいていった。

 女を睨みつけるセリア。そしてまくし立てた。


「訂正してくださいますか」


「え、な、何をですか?」


「ソイルのことを『恥ずかしい』などと言いましたよね。訂正してください」


「何を……事実を話していただけですわ」


「事実?人を馬鹿にした物言いをすることが?ふざけてるの?え?誰があなたにそんな事を言う権利を与えたのですか?ソイルは我が家の、頼れるメイドです。彼女は没落したくてしたわけじゃありません。今を一生懸命生きている人間に、何の罪がありますか?ふざけるのも大概にしておけよ。謝れ」


 セリアの表情は鬼神のようだった。相手の女は、得体のしれない恐怖感に襲われ、セリアを見つめることしか出来なかった。


「謝れと言っている」


「は、はい……すみません、口が過ぎました」


「よろしい」


 そう言って、セリアは、ノイフとソイルの元へ戻ってきた。


「ソイル、気にする必要はないのよ。私には貴女が必要なんだから。さ、客席に行きましょう」


「セリア様……」


 ソイルは泣いてしまうのを抑えつつ、セリアに声をかけた。


「どうしたの?」


「いえ、その……ありがとうございます」


「貴女が気にすることではありません」


「でも、私、家柄が……」


「貴女は貴女です。そして、貴女を責める権利は誰にもない。自信を持って。私が言えたことじゃないかもしれないけど」


「セリア様……」


 ソイルの心は揺れ動いていた。屈辱的な発言に対して、何も言えない自分をセリアが庇ってくれた。庇ってくれたことが嬉しくて、頼もしくて、セリアに対して感謝の念が湧いてきていた。今までのセリアの行動や発言は嫌いだった。しかし、今この瞬間に関しては、セリアの勇気に尊敬の念を抱いた。


「ほら、行きますよソイル」


 事態を見守っていたノイフが、ソイルに声をかけた。セリアはもう先に客席に向かっている。

 ソイルは元気よく、大声で言った。


「はい!」

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