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フィゲル・ブリッツの敵意

 そして、ベインス家の音楽会の日がやってきた。

 今、セリアは馬車に乗っている。ノイフとソイルも両隣に座っている。ノイフは前を見つめたまま、ソイルはセリアから目を逸らすように、窓の外を見ている。

 セリアの髪は相変わらず黒い。赤い瞳と、黄色のドレスが輝いて見えた。


「楽しい音楽会というより、リーリエ・ストライドに謝り続ける音楽会ね」


 ため息をついたセリア。ソイルが不思議そうにセリアの方を見た。自分が行ってきた行動の結果でしょう、という言葉をソイルは飲み込んだ。言うわけにはいかない。


「セリア様、あまり気にしすぎては、心に良くありません。もっと気持ちを軽くしたほうが良いかと」


「ありがとう、ノイフ」


「事実です。今のセリア様は、前とは別人のように成長なされました。コーラル・ベインス様も、リーリエ・ストライド様も、今の貴女を見れば驚かれるはずです」


 ノイフは微笑した。年を取ってはいるが、その笑顔は品のあるものだった。

 ソイルは相変わらず窓の外を見ている。そして、確かにノイフの言う通りだという思いがあった。彼女の目から見ても、セリアの行動は以前とはまるで違う。丁寧に挨拶をし、お礼を素直に口にし、癇癪を起こさない。セリアを恐れていたメイド達も、こぞって今のセリアの状態を噂していた。

 だが、ソイルはセリアを認めなかった。今まで、家柄の事でも、家族の事でも、馬鹿にされてきたのだ。いきなりセリアを認める気にはなれなかった。


「見えてきましたね」


 ノイフが少し姿勢を前屈みにした。ベインス家に到着する時が来たのである。

 ベインス家の領地は華麗なる緑に囲まれていた。そして、一番目を引くのが、そびえ立つ塔。ベインス家と繋がっており、その高さは公爵家としての身分の高さを誇示するかのようだった。コーラル・ベインスは自分の身分が高かろうと、常に謙虚さを忘れない人間だったが。


 馬車はベインス家への門の前で止まった。馬が一仕事終えたかのように鳴いている。


「ありがとう。助かりました」


 セリアは御者にお礼を言いながら、馬車から降りた。

 ソイルが眉を上げる。やはり最近のセリアは、どこかおかしい。


「ソイル、何をしているの?」


 既にセリアは地面の砂地へと降りていた。


「なんでもありません。すぐ降ります」



 セリア達は黒い柵の門をくぐり抜け、ベインス家へと入った。建物は白を基調としているが、どこか灰色がかっていて、それがベインス家に歴史を感じさせた。風流がある。

 しかし、黒いのは柵だけではなかった。黒い遭遇が待ち受けていたのだ。

 セリア達の目の前に、フィゲル・ブリッツがいたのである。セリアが恋い焦がれていた男性だ。

 太陽のような短めの金髪。美しき碧眼。清潔感のある肌。高貴な白い礼服に美しく縫われた青と金色の模様。身長は高く、セリアを見下すかのように眺めている。


 何故、フィゲルがここにいるのか。セリアは唇を噛んだ。今のセリアにフィゲルへの想いなどまったくなく、それはそれでいいのだが、汚い手段を使ってまでフィゲルにアプローチしていた記憶がある。

 やりづらい。フィゲル・ブリッツはセリアのことなど嫌っているだろうし、それに、リーリエ・ストライドも音楽会に訪れるはずだ。

 しかし、セリアは背筋を伸ばした。

 凛とした態度を保つこと。

 それが、自分を褒めてくれた父親とノイフのためだと思った。フランティス家の令嬢として、恥ずかしい態度をするわけにはいかない。家柄に泥を塗るような真似はしたくない。


「ごきげんよう、フィゲル様。偶然ですね」


 セリアは華麗に頭を下げた。まずは先制。


「偶然だな。それも、嫌な偶然だ」


 フィゲルの表情は変わらない。普通の挨拶すら交わしてくれない。

 しかしセリアも負けてはいられない。昔のセリアだったら熱くなっていたかもしれないが、今は中身が違うのだ。


「フィゲル様、嫌な偶然とはどういう意味で?」


「あなたと話すことは何もない」


「そうですか。それは、あまりにも失礼ではありませんか?確かに、私が悪い態度を取っていたのは認めます。しかし、私は挨拶をしたのです。それに対して挨拶もしてくださらないのですか?」


「ああ。貴女の悪行は散々聞いている。苦手な昆虫を、自分から可愛がる人物などいないだろう」


「昆虫、ですか。確かにそう言われても仕方ないかもしれません。しかし、フィゲル様も栄あるブリッツ家の者のはず。最低限のマナーというのが、あるのではありませんか?」


「貴女にマナーを問われる覚えはない」


「リーリエ・ストライド嬢に敵対する私を、嫌ってらっしゃるのですね?」


 その言葉を聞き、フィゲルは少し眉をひそめた。


「リーリエ嬢は関係ない」


「今、顔色が変わったように思いましたけれど。リーリエ嬢は、確かに貴方にお似合いです。幸せになってくださいね」


 そう告げて、セリアはフィゲルよりも早く、ベインス家の中へと入っていった。ノイフとソイルは困惑しながらも、フィゲルに頭を下げ、セリアを追いかけて中に入った。

 颯爽としているセリア。フィゲルはその場に立ち尽くしてしまった。あんなに言い寄ってきたセリアが、リーリエと幸せになってなどと言うなど思っていなかったのだ。

 彼は思った。悪女の気まぐれで、飽きたのかもしれない。結構なことだ。自分には関係のない人間だ、と。



 ベインス家の中に入り込んだセリア、感心してしまった。高貴な調度品や、歩くことすら憚られるような絨毯。そのような景色を、前世では見たことがなかったからだ。


「セリア様?」


 ノイフが不思議そうにいった。


「あ、なんでもないわ、ノイフ。ちょっと感心していただけ」


「何にですか?」


「景色?」


「ここには景色などないように思いますが」


「そうね。ふふ、忘れてちょうだい」


 微笑むセリア。それをソイルが薄目で見ていた。


「セリア様、音楽会で何をなされるおつもりなのですか?」


 内心不機嫌なソイルが、笑顔の表情で尋ねた。


「何を……そうね、あまり考えていなかったわ。歌えればいいのだけれど」


「歌?」


「ええ。ああ、ノイフとソイルは聞いたことがないわよね……歌は好きなの」


「はあ」


 ソイルは曖昧に頷いた。


「さ、音楽会の会場へ向かいましょう。ご丁寧に道案内の立て札があるしね」


 セリアは颯爽と先頭を歩いて、音楽会の会場へと向かった。

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