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麗しき青い瞳の微笑

 ノイフと話し込んだ後、セリアは屋敷内を見て回るために、ぶらりと歩き回ってみようと思った。

 輝く窓から光の差し込む、赤い廊下の絨毯を彼女は歩いている。広い屋敷だな、というのが正直な感想だった。

 その時、彼女の前方に人影が見えた。メイド服を着た、赤い髪の女性が歩いている。

 その女性はセリアの存在に気づき、一瞬睨むような目つきをセリアに向けた。

 セリアは記憶を元に、その人物の情報を得た。赤い髪のメイドは、ソイル・イグニス。元は子爵だった没落貴族である。そのソイルに、セリアは散々酷い態度を取ってきた。没落貴族であるソイルを馬鹿にしていたのだ。


 気まずい。それがセリアの正直な感想だった。元は貴族なのに、今はメイドをしているソイルを馬鹿にするなんて。ソイルだって悔しい思いで働いているはずなのに。

 しかし、セリアはいきなり、ソイルに対してごめんなさいとは言えない。両者の間に刻まれた深い溝は、セリアの謝罪の言葉すら、嫌味に変えてしまうだろう。

 ソイルはセリアに近づいてきた。


「あら、セリア様。何か御用ですか?」


 笑顔のソイル。その笑顔を作るのは屈辱的だろう。

 その笑顔は仮面。仮面の裏には、どうしようもない怒りが滲んでいる。


「ソイル」


「何か?」


「ベインス家で音楽会があるの。一緒についてきてくれないかしら」


「音楽会、ですか。ノイフ様が行かれるのでは?」


「ノイフにも来てもらいます。しかし、ソイル。貴女にも来てもらいたいの」


「セリア様の命令ならば従いますが」


「ありがとう。頼りにしてるわ」


 セリアはそう告げて、ソイルの横を通り過ぎた。

 ソイルは首を傾げた。頼りにしているという言葉を、セリアの口から聞いたことがなかったからだ。

 しかし、それも気まぐれだろうとソイルは思った。セリア・フランティスという悪女は、最低の女だと信じて疑わなかった。

 自分の家族を大事に思うソイル。たとえ貴族でなくなった今でも、家族のためなら、どれほど屈辱的だったとしても働く覚悟が彼女にはあった。父は死に、残されたのは彼女と母のみ。母は身体が弱く、元気に動き回ることは出来ない。それを支えようと、ソイルは一生懸命だった。己がどうなろうと構わない彼女。大事な母のためなら、一生懸命働く。それが彼女の信念だった。


 セリアは一通り屋敷を歩き回り、最後には自分の寝室へと戻った。彼女の感想としては、メイド達は丁寧に接してくれているが、その態度には、どこか怯えがあるように思えた。

 無理もない。セリア・フランティスという人間は気まぐれで、そして彼女の怒りを買えば解雇されてしまうかもしれないのだから。

 セリアが、屋敷の中で出会った人間、そのいずれもが、仮面をつけて彼女に接していた。

 彼女はぼんやりと思う。何故、悪女になどなれるのだろうかと。こんなに綺麗な容姿をしていて、衣食住に困らず、華やかな場にも出ていける。その幸せを享受しながらも、何故周りの人間を気遣うことが出来ないのか。それが、わからなかった。



 リーリエ・ストライドは貴族のお茶会に誘われ、華やかなる時間を楽しんでいた。

 美しい茶色の長髪。麗しき宝石のような青い瞳。透けるような白い肌。そして黒のドレスに身を包みながら、他の貴族達と話をしている。


「リーリエ嬢、セリア・フランティスにまた迷惑をかけられたんですって?」


 リーリエの取り巻きの貴族が笑いながら喋っていた。


「いえ、私はセリア様の行動を迷惑だとは思っていません。誰にでも、頭に血が上ってしまうことはあることです。むしろ、可愛いと思います」


「えっ、可愛い?」


「そうです。私などが言えることではないかもしれませんが……フィゲル様と私の仲が良いのを、嫉妬されているのでしょう」


 微笑するリーリエ。言えることではないと言いながら、結局は自分の意見を述べている。


「なるほど! まったく、どうしようもないですね、セリア・フランティスは」


「人の陰口を叩くものではありません。陰口など叩けば、人からの信頼を失います。セリア様もきっといつか、変われる日が来ますわ」


「そ、そうですね。流石リーリエ様……考えがしっかりしています」


「まだまだ、みなさんのようになれるように邁進している最中です」


 笑顔で取り巻きの貴族たちを眺めるリーリエ。

 リーリエは思っていた。そう、陰口を叩けば、その程度の人間だと思われてしまう可能性がある。

 陰口は他の貴族たちに叩かせれば良い。そして、己は何も言わずに善人に徹する。

 種を撒くだけでいいのだ。悪意の種が悪評という茨へと育ち、セリア・フランティスを追い込んでいく。

 セリアは侯爵家。伯爵家であるリーリエは、階級こそセリアには及ばないが、周りからの人望、立ち振舞い、そして心の中にある計算高さ。それらの要素をもって、セリアに勝つことが出来ると判断していた。正直、彼女にとってセリアなど敵ではない。セリアは立ち振舞いが間抜けな悪女だ。どこまでも頭の悪い女でしかない。

 リーリエはセリアの愚かさを思い出し、笑ってしまいそうになった。

 しかし、何故リーリエがセリアの事を意識しているのかというと、それは容姿のことである。

 リーリエはセリアの容姿が気に食わなかったのだ。貴族の中でも珍しい、長く黒い髪も、赤い瞳も、羨ましかったのだ。

 外見に関するコンプレックス。リーリエもセリアに劣らないほどに美しいのだが、彼女はそれでもセリアに嫉妬した。

 それに、まったく勝負にならないことは目に見えているが、セリアはライバルだ。フィゲル・ブリッツを巡るライバルなのだ。


 女として、フィゲルを奪われてなるものか。リーリエの計算では、フィゲルの好意は99%リーリエに向いている。いや、100%かもしれない。フィゲルはセリアの事を好いているどころか、嫌ってすらいる。

 勝てる勝負。相手は手と足を縛られたまま喧嘩しようとしているようなもの。

 自分の表の仮面を外さずに、貴族達と振る舞っていれば良い。フィゲルに対してもそれが出来ている。

 リーリエにとって、まったく問題はないのだ。ブリッツ侯爵家のフィゲルと仲が一番良い状態を維持し、やがては結婚する。リーリエはその将来を予測しながら微笑んだ。

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