表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/45

コーラル・ベインスの恋

 楽しいお茶会はあっという間に終わってしまった。茶と白玉は各々の胃に吸収され、三人とも満足していた。

 しかし、セリアは満足してもいられない。行ってきた数々の悪行を、迷惑をかけた人に謝らなければならない。

 そうセリアが思っていると、テラスにフランティス家の使用人が現れた。ノイフと同じように、メイド服を着ている。


「セリア様、お手紙が届いております」


「あら、誰からかしら?」


「コーラル・ベインス様からです」


 使用人は手紙をセリアに差し出した。真っ白な封筒に、鮮やかな赤色の刻印。


「ありがとう」


 セリアは礼を言いながらそれを受け取った。

 コーラル・ベインス。セリアの記憶を辿るに、ベインス侯爵家の次男坊だ。

 頭が痛くなってくるセリア。手紙の内容はおそらく、セリアを非難する内容のものだろう。リーリエ・ストライドにセリアが喧嘩を売った場面に、コーラル・ベインスは同席していたからである。


「セリア、大丈夫かい?顔色が悪いように見えるが」


 クロードが心配そうにセリアを覗き込んだ。


「いえ、大丈夫ですお父様。少し、自室に戻らせていただきます。今日は本当に楽しかったです」


「それならいいんだが。今日は本当にありがとう、セリア」


「とんでもないです。ノイフ、これからも世話になるわね」


「セリア様のためなら、なんでも」


「ありがとう」


 そう言ってセリアは自室へと引き返していった。


 自室に戻ってきたセリア。壁に掛けられた大きな姿見を見る。片手には手紙。やはり、容姿が美しい。赤の瞳など、前世では見たことがない。この容姿なら、一目惚れする男もいるだろう。セリアはそれで調子に乗っていたのかもしれない。

 ため息をつく彼女。手紙……。

 セリアは姿見の近くの椅子に座り込んだ。机の上に手紙を置き、若干の躊躇いの後、それを開封した。彼女の性格の悪さを非難する内容が書かれているだろう。


『セリア・フランティス嬢へ


コーラル・ベインスです。この前のパーティーで倒れ込んでいたのを見ました。

心配しています。早く良くなってください。

貴女とリーリエ・ストライド嬢、どちらが悪いかといえば貴女が悪いと思いますが、僕は貴女の味方です。きっと、貴女にはリーリエ嬢に喧嘩を売る理由があったのだと思います。

何故、味方をするのかは聞かないでください。こちらから言いたいことです。

僕は貴女のことが好きです。

今までずっと言えませんでした。

貴女がフィゲル・ブリッツの事を好きだと、知っていたからです。

僕では、フィゲルには敵わない。それでも、後で後悔するくらいなら、何度でも言わせていただきます。

貴女を好きな気持ちは、誰にも負けません。

今度ベインス家の音楽会に招待します。僅かながらにも可能性があるのであれば。


コーラル・ベインスより』


 手紙を読み終えたセリアは、口を開けて、呆然としてしまった。展開についていけない。自分が非難されるとばかり思っていた。

 コーラル・ベインスは茶髪の好青年だ。体格は細いが、服の中は洗練された筋肉の男性である。そして、おっとりとした瞳をしているのが特徴的だ。

 セリアは混乱していた。

 何故?

 こんな性格の悪い女が、何故男性からラブレターを受け取っているのか?

 記憶を辿ってみる。コーラルとの思い出が、確かに記憶に残っている。



 昔の話。自然豊かな公園。鳥達が生を謳歌し、虫達が必死に生きる中で、コーラルが茶色のブレザーを着ながら、楽器の練習をしていた。公園を訪れたセリアは、音に惹かれてコーラルの元へ近づいていった。

 コーラルはすぐにセリアの姿に気づいた。

 その時、コーラルは目を見開いた。

 公園の中に、凛として佇む長い髪の女性。引き込まれてしまうような赤い瞳。白のワンピースを着て、白い日傘を差していたセリア。

 その姿を見て、コーラルは落下してしまった。一目惚れという沼に。

 そして、セリアはコーラルの方へ真っ直ぐに向かっていった。

 コーラルは緊張した。そんな緊張もおかまいなしに、セリアとコーラルの距離は近づいていく。


「バイオリンの練習をなさっているの?」


 セリアは無表情だった。


「あ、はい。初めまして。僕はバイオリンが苦手なので、こうして練習をしているわけです」


「ふーん」


 セリアは初めましてすら言わない。コーラルの方を見つめていた。


「ちょっと、聞かせてくださいますか?バイオリン」


「い、いきなりですね。出来ますが……少し緊張しますね」


「緊張しない人間は馬鹿です。さ、演奏してください」


 セリアは日傘を差したまま立っている。

 彼女の言葉を受け、コーラルはバイオリンを弾き始めた。

 流れる音色。音は澄み切った大気に染み込むかのようだった。

 全力で演奏をし続けるコーラル。それを見つめるセリア。二人が共有しているものは、バイオリンの音色だけ。


「もう結構です」


 セリアは無表情のまま、平坦な声で言った。

 コーラルは演奏を止め、そして何も言わなかった。セリアの方を見つめている。


「下手ですね」


 セリアははっきりと口にした。


「プロの音楽家たちには到底敵わない腕前です。もっと精進することですね」


「あ……」


「それでは、私はこれで」


 セリアはくるりと振り返り、その場を立ち去ろうと歩み始めた。


「待ってください!」


「なにか?」


「あなたの名前を教えて下さい!!僕の名はコーラル・ベインスです!!」


 コーラルは胸に手を当てて叫んでいる。


「セリア・フランティスです。これでよろしい?」


 一瞬だけちらりとコーラルの方を振り返ったセリアは、ぶっきらぼうに答えた。しかし歩みは止めない。そのまま、その場をセリアは立ち去ってしまったのだった。


 一人、取り残されたコーラル。

 バイオリンが下手。それはコーラル自身が一番よく判っていたことだった。しかし、コーラルの周りの者たちは、みんなコーラルのバイオリンを褒めていたのだ。


「こんなに直球で言ってくれるなんて」


 呟いたコーラル。その表情は不愉快ではなく、微笑だった。

 コーラルが一番欲しかった態度。自分の演奏に対する素直な感想を、彼は待ち望んでいた。彼は上手と言われるのも、別に不愉快ではなかった。むしろ、気を遣ってくれていることに感謝していた。

 しかし、素直な感想に出会えることが出来た。

 セリア・フランティス。美しい赤い瞳の女性。

 コーラルはその名を胸に刻み込んだのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ