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悪役令嬢の終わりは歌  作者: 夜乃 凛
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セリア・フランティスの挑戦

 セリア達を乗せた馬車は、ゾルドの住む屋敷へと辿り着いた。屋敷は赤煉瓦の作りで、かなりの量の窓がついている。塔のように部分部分背が高く、そして横幅は広い。間違いなく、お金持ちの人間の住む所のように思われた。


 決戦が始まる。ゾルドに対して話をするのは、コーラル。歌を歌うのがセリア。そして、お願いをするのがリーリエである。この三人の役割は決まっている。

 フィゲルは、貴族社会の協会の元へと行っている。ゾルドとの交渉が通ることを前提で動いてくれているフィゲル。

 この対談で、ゾルド・マキシムの援助を受けられなければ、ミハエルに負け、ストライド家は接収され、リーリエはミハエルと婚約することになる。リーリエの身体は強張っていた。


「リーリエ嬢、緊張されているのね。無理もないけど、力は抜いたほうがいいわ」


「は、はい、セリア様。そうですね……少し、怖いです。でも、私に協力してくれる方のためにも、セリア様達のご恩に報いるためにも、全力で援助を乞います。私は諦めません」


「諦めないで。必ず歌の力で、ゾルド氏に協力させてみせるから」


 セリアはリーリエの手を取った。その腕と手は、しなやかだった。



 ゾルド・マキシムは、自室の椅子に座り込み、時計を見ていた。


「そろそろか」


 呟く。この日は、ベインス家、フランティス家、ストライド家との対談の日だった。

 正直、ゾルドは驚いていた。ストライド家に味方する家があったことだ。ベインス家にフランティス、それにブリッツ家まで協力しているという。

 お人好しな者たちだ。それがゾルドの感想。しかし、興味はゾルドにもあった。セリア・フランティスのことだ。彼女のことを、ゾルドは評価していた。そして、セリアが今日、歌を披露するいう。演奏家もいない状態、すなわち歌声だけを披露すると言っていた。

 ゾルドは耳が鋭い。肥えている、という表現が正しいだろうか。中途半端な歌声を聴かせられれば、ゾルドは素直に、対談を終わらせるつもりだった。だが、もしもセリアの歌声が、想像以上なら……。

 彼は楽しんでいた。日常の中の、このような事件を。

 ストライド家は、救うに値するか。その答えを確かめられるのを、楽しみにしていた。



 セリア達は馬車から降り、赤煉瓦の建物に近づいた。門も大きい。門の内側には、植物の豊かな庭が広がっている。手入れは行き届いているようだ。どの植物も、美しい。

 彼女らが屋敷の目の前まで近づくと、入り口の黒い扉は閉まっていた。しかし、すぐにその扉が開き、一人のメイド服の姿の女性が姿を現した。


「お待ちしておりました。コーラル・ベインス様ですね?」


「そうです。隣りにいるのは、セリア・フランティス嬢と、リーリエ・ストライド嬢です。今日はお世話になります」


「中へどうぞ。ゾルド様がお待ちです」


 使用人は無愛想に振り返り、屋敷の中へと入っていった。後を追うコーラル達。三人いることが、彼らの精神を安定させていた。一人なら、緊張に押し潰されていたかもしれない。


 廊下を歩くコーラル達。コーラルは頭の中で、何度も繰り返したシミュレーションを描いていた。彼に出来るのは、冷静に現状を報告すること。それだけだ。あくまで、ゾルドの心を動かすのはセリアなのだ。彼女に賭けるしかない。


 先導していた使用人は、二階に昇って、廊下を歩いて赤い扉の前までやってきた。当然、セリア達も使用人を追って歩いてきている。


「この中でゾルド様がお待ちです」


 ぶっきらぼうな表情で、使用人が言った。そして、ドアをノックする使用人。


「入れ」


 中から響きの良い声が聞こえた。その声は老人とは思えないほど若々しく、張りのある声だった。

 扉を開ける使用人。中に入ることを促すように、セリア達に向かって、手を部屋の中の方向に向けた。

 それを見て、コーラルが一番先に部屋に入った。続いて、セリア、リーリエ。

 部屋の中では、大きな茶色の机の上で腕を組み、手に顎を乗せているゾルドの姿があった。

 セリア達が感じたのは、同じ感想。威圧感。コンテストの時には見られなかった気迫だ。


「ごきげんよう。早速だが、要件は?」


 ゾルドは即座に本題の話を仕掛けた。


「ストライド家を接収しようとしている、ミハエルの動きを牽制したいのです。そのために、ゾルド様の力をお借りしたいと思っています」


 コーラルの返事も早く、要点を的確に伝えていた。ゾルドは、コーラルを評価した。頭の回転が速い。事実も正確に見極めている。


「手を貸す理由が、私には、あるというのかい?」


 ゾルドは不敵な笑みを浮かべた。灰色のガウンの老人。


「こちらにいるセリア嬢が、歌の名手です。セリア嬢のことは、コンテストでご存知だと思います」


「ああ、知っているとも。美しい女性であったな」


 ゾルドは笑った。しかし、すぐに真顔に戻った。


「だが、それだけでは、手を貸す理由にはならない。対価を支払ってもらわなければならない。ミハエルの小僧は気に食わないがね。さて、対価になるような歌が、存在するのかな?」


「必ずや、ゾルド様の心を動かせてみせます」


 セリアは胸に手を当てていった。


「ほう……それは楽しみだ。して、リーリエ嬢から言うことはないのかね?」


「私からは、助力を乞うことしか出来ません。どうか、ストライド家に協力してはくれませんか。私は……私は、好きな人がいるんです。ミハエルの婚約者にはなりたくありません。私には力がありません。頭を下げることしか」


 リーリエは頭を下げた。しかし、膝までは曲げない。


「土下座は、しないのだね?」


「はい。私は誇りあるストライド伯爵家の人間です。私一人なら、土下座していたかもしれません。しかし、私は一人ではありません。両親や、使用人がいます。誇りある態度を取らなければなりません。だから、頭を下げることが精一杯です」


「それで構わんよ。土下座されていれば、話を断ったかもしれないね。さて、セリア嬢の歌を、聞かせてもらえないかね?言っておくが、私は芸術にはうるさいよ。歌唱だって、何人もの腕前を持つ人間たちを見てきた。そんな私を満足させる事ができるかな?演奏はいらないのかね?」


「いりません。歌声だけで十分です」


「言うじゃないか」


 ゾルドは不敵に微笑んだ。


「では、歌ってもらおうか。この場で。楽しませてもらうとしよう」


 この時、ゾルドはまったくの余裕だった。笑みを浮かべていた。セリアの歌は楽しみであったが、彼の想像ではセリアの力を予測することは出来なかったのだ。


「では、僭越ながら、歌わせていただきます」


 後ろへ下がるセリア。コーラルとリーリエより後ろへ。

 軽く唇を鳴らす。そして、静寂。誰も喋らない。

 セリアは凛として前を向き、その口から歌声が発せられた。

 物凄い声量だった。そして、正確な音程。技術。心のこもった声。美しい絹のような流れ。

 部屋に響き渡るセリアの声。ゾルドも、コーラルも、リーリエも、只々その歌声に圧倒されていた。

 みんな、真顔。笑顔ではない。笑顔を作っている余裕などなかった。

 セリアの前世の人生が培ってきた歌が、咆哮のように部屋を震わせていた。

 二つのフレーズが終わり、セリアは歌唱を止めた。余裕のある仕草で、ゾルドの方を見た。


「いかかだったでしょうか?」


 問いかけられたゾルドは、すぐに返事をすることが出来なかった。言葉を出そうとするが、上手い言葉が出ない。彼に心は完全に圧倒されていた。ようやく言葉を絞り出す。


「素晴らしい」


「お気に召されたのなら、幸いです。お望みならば、まだ歌えますが」


「いや、いい。貴女に力は伝わった。確かに、もう一度聴いてみたくはあるが……今度は、演奏有りで聴きたいものだな。断言する。貴女は天才だ。よろしい。私は、ストライド家に協力しよう。流石に、大口を叩いただけの事はある……正直、甘く見ていたよ。本物だ」


「ありがとうございます」


 セリアは華麗にお辞儀をした。ゾルドの心を動かすことに、成功したのだ。


「ミハエルの小僧に対して、手は打とう。あの小僧は、所詮、調子に乗っている若者に過ぎない。アークル家の不正を暴く文章も、取り押さえてあるのだよ。私に任せておきなさい。時に、リーリエ嬢」


「なんでしょうか?」


「いい仲間を持ったな。誇りに思いなさい。そして、感謝しなさい。こんな味方は、なかなか存在しないだろう」


「勿論です。セリア様には、なんと言ったらいいのかわからないほど、恩を感じています」


「それでいい。さて、紅茶でも飲まないかね?客人にはおもてなしをせねばならないからな。アークル家のことは心配ない。素晴らしい午前中を過ごそうではないか」


 ゾルドは笑顔で立ち上がった。

 安心したセリア。コーラル。リーリエ。

 コーラル組の挑戦は、成功に終わったのだ。

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