最後の叱責
ストライド家の門の前に、一人の女性が立っていた。それは、リーリエであった。清楚な白いワンピースを着ている。彼女も、だいぶ心が丸くなった。
彼女の待ち人は二人。セリアとコーラルである。
青い空を見上げるリーリエ。味方になってくれる人物への感謝と、神様への愛情を感じていた。
そこに、馬車がやってきた。リーリエの待ち人である二人が乗っている。止まった馬車からコーラルが降り立ち、リーリエに手招きをしてみせた。コーラルは黒い礼服を着こなしている。
足早にリーリエはコーラルの元へと近づいた。
「おはようございます、コーラル様」
「おはようございます。リーリエ嬢。セリア嬢も、もう馬車の中にいます。すぐにでも、ゾルド氏に元へ出発しましょう」
そういって、コーラルは颯爽と馬車へと乗り込んだ。リーリエが後に続く。
馬車の奥にセリアが座っていた。青いドレスを着ている。リーリエの方を見て微笑んだように見えたが、どこか調子が悪そうだった。
「おはようございます、リーリエ嬢」
「おはようございます、セリア様。本日は、本当に、本当にお世話になります」
「いいのですよ。さ、行きましょうか」
セリアの隣にコーラルが座り、一番左にリーリエが座った。コーラルが行き先を告げ、馬車は走り出す。
「セリア嬢、今日は調子が悪そうに見えますが、体調は大丈夫ですか?」
コーラルはセリアの方を見ながらいった。事実、セリアの体調は悪そうだった。
「ええ……大丈夫です。身体はなんともありませんし、歌も歌えます。ご心配ありがとうございます。必ずゾルド氏の心を動かしてみせます」
「無理だけはなさらないでください」
「ありがとう、コーラル様。リーリエ嬢、安心してくださいね」
セリアはリーリエの方を見ながら微笑んだ。セリアの心の中は穏やかだった。誰にも敵対心を抱かず、ただただ揺れる水面のように静かだった。それは、彼女の人生が終わってしまうからであった。
対して言葉を受けたリーリエは、少し俯いた。彼女は、セリアのことを誤解していたことと、今までのセリアに対する軽蔑に、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。セリアは本気でリーリエを助けてくれる気でいるのだ。
「あ、そうだ、リーリエ嬢。少し、よろしいですか?」
「なんでしょうか?」
「フィゲル様がいますよね。あの方……フィゲル様は、きっとあなたの方を振り向いてくれるでしょう。貴女も、フィゲル様が好きなのですよね?だったら……諦めないでください。人生は思うようにはいきません。だから、二人の間に障害が発しても、それを乗り越えてください。幸せを掴むのですよ」
セリアは、ぽん、とリーリエの頭を叩いた。仕草は可愛らしいものだったが、その時のセリアの微笑は、まるで女神のようだった。
「は、はい……私、フィゲル様の事が好きです。しかし、フィゲル様は……」
「弱気にならない!!」
叱責。
「そんなことでは、今言ったような障害は、乗り越えられませんよ。貴女に出来る。自信を持って。『生きてさえいれば』、必ずチャンスは訪れます」
「は、はい……」
戸惑うリーリエ。彼女は、確かに、恋愛に対して、必死になっていない部分があると感じた。
セリアが色々なことを教えてくれる。リーリエに姉はいないが、もしも姉がいたら、こんな関係だったのかと、心の底が少し暖かくなった。
ゴホン、とコーラルが咳払い。女性同士の会話に、なかなか喋る機会が無かったようだ。そんなコーラルを見て、セリアは苦笑した。
「ごめんなさい、コーラル様。入りづらい会話でしたね」
「いえ、大丈夫です。それに、貴女の思想も、美しいと思います。僕も、貴女を諦めないでよかったと思います」
コーラルは笑顔をセリアに向けてくれた。普段のセリアだったら、それに対して笑顔を返していただろう。
しかし、セリアは顔を背けてしまった。笑顔のコーラルに笑顔を返すのが、まるで、嘘をついているかのように思えてしまうからだった。
「セリア嬢?」
「あ、ええ、なんでもないです。もしかしたら、体調が少し悪いのかも知れません。ただ、馬車に乗るまでは大丈夫でした。酔っているのかもしれません。馬車から降りれば大丈夫でしょう」
「一旦、馬車を止めましょうか?」
「ありがとうございます。大丈夫です。時間に遅れるわけには、いきませんから……」
空は青い。午前中、それにかなり早い時間だ。約束には余裕を持って行くものだ。
コーラルは、いつだってセリアの心配をしてくれる。
セリアは右隣のコーラルの手を、そっと握った。
コーラルがそれに気が付き、しかし無言で、セリアの右手を握り返した。
セリアはコーラルの暖かさを感じ、そして、どうしようもなく流れそうな涙を、せき止めていた。




