愛されなかった前世
フランティス家の厨房で、セリアは紅茶の茶葉を探していた。今、彼女の周りには誰もいない。紅茶を淹れることをノイフに告げると、ノイフは自分が淹れると言って譲らなかったが、セリアも譲らなかった。いつも世話をしてくれているお礼だとセリアは言った。
厨房には様々な料理器具や、茶葉などが並んでいる。
「フランティス家は、やはり大きな家なのね……」
茶葉を探しているセリアは呟いた。なにしろ伯爵家だ。
どの茶葉で紅茶を淹れるかを、セリアは悩んでいた。悩むというのは、それなりに知識があるということである。前世では、よく駅ビルの中の紅茶店に足を運んだものだった。それは孤独であったがため、そして、自分の趣味によるものだった。
「珍しい紅茶にしたいわね」
セリアの表情は嬉しそうだった。ノイフとクロードに紅茶を淹れた時の反応が楽しみだったからだ。
記憶の中のセリアは、とても紅茶を淹れるどころか、人に何かをしてあげようと気すらない人格だった。辿った記憶の中に、ノイフとクロードに何かをしてあげているという場面は、ほぼ無かった。
「人との絆は大事なのよ」
呟いたセリア。前世では、絆というものを持っていなかった彼女。だからこそ、今この瞬間、人に優しくしてみたかったのだ。
手際良くセリアは茶葉を探し出した。
彼女が作ろうとしているのは、綺麗な赤色が映える紅茶ではなく、濃いめの緑茶だった。この世界では、さぞかし珍しいことだろう。東洋の力だ。きっと、珍しがってくれるはずだと彼女は期待していた。そしてワクワクしていた。和菓子も合うかもしれない。そのためには……などと考えているうちに時間が過ぎていく。
一方、ノイフとクロードはテラスにてテーブルを囲んでいた。外の日差しは暖かく包み込むようで、その日差しの優しさと、セリアの申し出の優しさが二人を幸せな気分にさせていた。
「ノイフ、まさかセリアが紅茶を淹れてくれるとは、嬉しいな」
「ええ、クロード様。こんなに嬉しいことが……セリア様は、どこか違った雰囲気をまとっているような気がします。しかし、本当にセリア様だけに任せておいていいのでしょうか……私は侍女なのに」
「いいのさ、ノイフ。例え失敗したとしても、いや、必ず失敗するだろうが……セリアの気遣いが嬉しいじゃないか。幸せな時は、幸せを享受するものだ。不味い紅茶だろうが関係ない。何かをしてくれる。幸せじゃないか」
「そう、ですね」
ノイフは微笑んだ。
そして、その二人の元にセリアはトレイを持ちながらやってきた。
彼女の美しく長い黒髪。全てを見透かすかのような赤い瞳。白と金の服は美しく、トレイを持ちながら歩く姿は、とても綺麗だった。
「お父様、ノイフ、お待たせしました」
そう言って、クロードとノイフが囲んでいるテーブルの上にトレイを置いた。そのトレイの上には、緑茶が三人分と、大量の白玉が置かれている。
クロードは不思議そうにそれを見ていた。ノイフも覗き込んでいる。
「時間がかかってしまい、申し訳ありません。さあ、日頃の感謝の気持ちです。お茶会にしましょう」
セリアは口角を上げて微笑んだ。そして、テーブルの周りの椅子に座った。
「これは、紅茶なのかい?色が緑色だが」
「いいえ、お父様。紅茶ではありません。しかし、この玉のお菓子に良く合う茶です」
「ほう、珍しい物を淹れてくれたのだな。ありがとうセリア」
クロードは笑顔を見せた。内心、彼は緑色の茶など見たことがなく、セリアが茶を淹れるのに失敗したと思った。しかし、彼はセリアの気遣いが嬉しくて、自然と笑顔になったのだ。
「いただきましょう」
セリアは緑茶の入ったカップを手に取った。
「いただきます、セリア様」
最初に口をつけたのはノイフだった。クロードは香りを楽しんでいる。
一口。そして、ノイフの顔は驚愕に変わった。
「美味しい!!こんな茶は飲んだことがありません」
「ほう?」
クロードはノイフの反応を見て、すぐにカップに口をつけた。
口の中に広がる味。風味。
「美味い……こんな茶は飲んだことがない。それに、香りもいい。凄いじゃないかセリア! 一体どうやって、こんな茶を淹れたんだい?」
「それを教える前に、そこの玉を食べてみてください」
セリアは上品に白玉たちを指さした。
言われるがままに、クロードとノイフは白玉をつまみ上げ、口に入れた。
「美味い! そこまで濃い味ではないが……この茶があれば違う。この茶と、この玉の菓子がマッチしている。この玉はどうしたんだい、セリア?」
「私が作りました」
あまりにもクロードとノイフの反応が良かったので、セリアは照れ笑いをしてしまった。
「素晴らしいです、セリア様」
「ノイフとお父様が喜んでくれて嬉しいわ。その……私、取り柄が少ないから」
「そんなことはありません!こんなに美味しい茶を淹れて、菓子を作るなど、誰にでも出来ることではありません」
「ノイフの言う通りだ。すまない、私は最初は、セリアが茶を上手に淹れられないと思っていたんだ。完全に思い違いだったよ。こんなに誇らしいことはない……この茶なら、他の貴族達にも飲ませてやりたいぐらいだ。そんな時が来たら、セリア、また茶を淹れてくれないか」
クロードがセリアの方を見て微笑んだ。
しかし、セリアは無表情に戻ってしまった。
嫌なことがあったからではない。
嬉しかったからだ。
茶と菓子を作ったことで、認められている気持ちになったからだったのだ。
また、茶を淹れてくれないか。
セリアは思った。クロードは父だから、優しい言葉をかけてくれているのかもしれない。
しかし、ノイフも喜んでくれている。二人共喜んでくれている。
前世で、誰にも必要とされなかった時とは違う。
人から必要とされるなんて、なんて幸せだろう。
「お父様のためなら、喜んで」
セリアはそう言って、はにかんだ。