終わりたくない終わりへ
セリアの声は、部屋に鋭く響いた。リーリエを救うための、力強い言葉だった。
コーラルはセリアを見つめ、フィゲルはフッと笑った。
「で、でも、私は貴女のことを……」
罪悪感から、リーリエは口にせず入られなかった。彼女は、心の中でセリアを馬鹿にしてきたのだ。
「貴女のことを、なんですか?」
「その……う……」
「言ってください」
「……馬鹿にしていたんです!悪女だって……!それなのに、私は……!」
リーリエは泣きそうな顔で言った。演技ではない。彼女の後ろめたさから来る、本当の気持ちだった。
セリアは怒りはしなかった。慈愛に満ちた表情で、リーリエを見つめていた。
「素直ですね」
「そんなことありません。私は、醜い人間です。素直と呼ばれる資格なんて……」
「資格とはなんですか?」
「え……?」
「釣り合わないとか、資格がないという言葉は、よく耳にします。しかし、今リーリエ嬢は、私に誠実に向き合ってくれています。言いづらい本音を言うほどまでに。その誠実さを馬鹿にする気にはなれません。一緒にアークル家に立ち向かいましょう。出来ることはしますから」
セリアはそう言って微笑んだ。その優しさにリーリエは泣き出してしまった。
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
「泣かないで」
「そうだ、泣く必要はない、リーリエ。私だってセリア嬢を馬鹿にしていた。君だけではない」
「フィゲル様も率直に話されるのですね」
セリアは苦笑した。今までの行いを振り返れば当然だと、納得出来たが。
「セリア嬢は、悪女などではありません。僕が保証します。容姿も、心も、美しい女性です。さて、話を本筋に戻しましょう。ゾルド氏に対して、セリア嬢の歌を披露してもらう。その代償として、ゾルド氏に協力を仰ぐ。こういう作戦ですね?」
「そうだな、コーラル殿。しかし、セリア嬢がゾルド氏に会うまで、何もしないというわけにはいくまい。ブリッツ家は、ストライド家に必要な物資が届くように、協会に直談する。接収の原因は、ストライド家が孤立しており、必要な物が絶たれているのが理由だからだ」
「わかりました。では、フィゲル様には物流を調べることをお任せします。ベインス家は、ゾルド氏にセリア嬢が会えるように、手紙を送ってみます。ゾルド氏のことは、僕達にお任せください」
コーラルは腕を組みながら言った。僕達とは、コーラルとセリアのことである。
「それで問題ない。方針は決まったな。ミハエルに負けてはならない。我々の力で、ストライド家を守ろう」
「あ、あの……私は何をすればいいのですか?」
おずおずとリーリエが口を開いた。彼女は紅茶に一度も口をつけていない。
「君は、我々を信じて、大人しくしていれば良い。ストライド家は必ず守ってみせる」
「出来ません!皆様に助けてもらって、当の私が、見ているだけなんて……何か、出来ることはないのですか?何も出来ないなんて嫌です!」
「……わかった。では、君もセリア嬢と共に、ゾルドの元へ向かうんだ。被害者が場に出なければ、ゾルドは納得しないかもしれない。一緒に行って、自分の覚悟を示すのだ」
フィゲルがいった。その考察は当たっていた。ゾルドは本人が来なければ納得しないのだ。
「はい!!」
リーリエは力強く頷いた。
方針は決まった。フィゲルが別行動、そして、コーラルとセリアとリーリエが、ゾルドに会いにいく。そして、セリアの歌の力で助力を乞う。今、この四人の間に壁はなかった。仲が良いとは言えないが、どこか、信頼感、連帯感のようなものが生まれていた。
その時、突然、椅子に座っていたセリアが揺れ、机に突っ伏した。机にしがみつくような形になるセリア。彼女の頭の中に声が響く。
藍!起きて、藍!
セリアは気を失いそうだった。コーラルが即座に、セリアを支えた。
「セリア嬢!?大丈夫ですか!?」
「コーラル様……だ、大丈夫です。なんでもありません」
セリア自身わからない、謎の立ちくらみに近かった。そして、前世の名前を呼ばれたような……。
それが、悪役令嬢の終わりの兆候だとは、セリアは気がつくことが無かった。




