コーラル・ベインスは考えている
「ストライド家が、アークル家に?」
今、セリアとコーラルはベインス家のテラスで紅茶と茶菓子を楽しんでいた。そして、コーラルは驚いたような顔をしている。
「そうらしいです。リーリエ嬢とはコンテストを戦った仲なので、どうしても気になって……それに、ミハエル・アークルについて思うところもあるのです」
「それは?」
「ミハエルは……悪意の塊です。私が言えたことではないかもしれませんが……彼の性格は歪んでいると思います。そう、自然を謳歌する昆虫を、意味もなく潰すくらいには」
「ミハエルには僕も会ったことがあります。好青年という印象でしたが……確かに、彼は時々、暗いような、暗黒のような表情を見せることがありました」
「ストライド家がアークル家に接収されれば、おそらくはリーリエ嬢も、ミハエルと結婚するのではないかと」
「ふむ……」
コーラルはカップをテーブルに置いた。何やら考え込んでいる。
「なんとかして、止めることは出来ないでしょうか?リーリエ嬢がかわいそうなのです」
「情報が必要です。ミハエルは恐らく、自分が不利になるような証言はしないでしょう。聞くべきは、リーリエ嬢の話。ストライド家が何故接収されるのかという情報を、聞き出せるかもしれません。対策を打つには、情報がなくてはなりません」
「なるほど。その通りだと思います」
「リーリエ嬢に手紙を送ってみましょう。セリア嬢が言うのなら、僕も出来る限りのことはします」
「ありがとうございます、コーラル様。ええと、あと……それは、いりません」
「それとは?」
「セリア嬢という呼び方です。私達は恋仲なのですから、セリアと呼び捨てにしてください」
セリアは恥じらうように目線を逸した。それが可笑しくて、コーラルは笑った。
「少し、難しい提案ですね。僕にとって、セリア嬢はセリア嬢なのです。これは、貴女のことを大事に思っているから、こういう呼び方になるのです。呼び捨ては、少し難しいですね。それよりも、僕のことをコーラルと呼び捨てにしてはくれないのですか?」
「む、無理です!コーラル様は、コーラル様です!これは、コーラル様と仲良くなりたくないからではなくて、コーラル様を慕ってのことで……」
「それなら、僕に要求するのは筋違いではありませんか?」
コーラルはまた笑った。セリアは、むすっとした顔になってしまう。なかなか言葉が回るではないかと、セリアはふてくされた。そして、恥ずかしかった。好青年にリードされている自分が恥ずかしい。
「意外と、理屈屋なのですね」
「セリア嬢は意外と頑固です」
二人共笑った。可笑しいじゃないか。お互いに好きなのだ。
「私は頑固で悪女です。それくらい、わかっているでしょう?」
「悪女?貴族の社会の誰がそれを言っても、僕は貴女のことを信じています。悪女などというのは、所詮は人の評価です。気にする必要はありません。人の評価ほど、どうでもいいものはありません。最後に自分を評価するのは、自分でなければなりません。それが、一番価値のあることだからです。他人の評価を気にし続ける者は、終わりの見えない戦いをしているようなものでしょう。他人など、いくらでも存在するのですから。セリア嬢は、セリア嬢のままで美しいです」
カップを口に当てるコーラル。唸るセリア。コーラルが結構、物を考えていることに感心したのである。しかし、面と向かって美しいと言われると恥ずかしくなるという女心をわかっていない。そこは天然のようだ。
「褒めてくださってありがとうございます。そう、そうですね……言われてみれば、私は他人の目を気にしていました」
遠い目をするセリア。前世のことだ。思えば、前世は、誰かに褒められたい、誰かに愛されたい、誰かに必要とされたい。誰かに。誰かに。そんな事ばかり思っていた気がする。
それが今、転生先という奇跡で、しかも恋という青春を謳歌しながら、新しい価値観に触れている。
幸せ。その感情がセリアを満たした。そして、感謝。コーラルへの惜しみない感謝が、彼女を胸を満たした。誰にだって優しくなれるような気持ちだった。




