お茶を淹れるのは得意なので
セリアはノイフと話をして、今後の予定を考えた。
まず、父であるクロードと会うこと。心配させてしまっているのだから、元気な顔を見せるのが当然の責任だろう。
そして、今後の課題は山積みだった。悪役令嬢として行ってきた数々の悪行が、カウンターとなってセリアを襲うことは容易に想像できた。
心の中でため息をつきながら、セリアはクロードのもとに向かった。
セリアは記憶を頼りに、父クロードの部屋の前へとたどり着いた。
そこへたどり着くまでの道のりはなかなか愉快なものだったとセリアは感じていた。なにせ、風景全てが物珍しかったのだ。これが本物の異世界か、と感嘆したものだ。
建物の作りが日本とは違う。窓の枠などからして違う。
荘厳なる緑色の扉が目の前にある。
大丈夫。記憶はある。上手く父とも話せるはずだ。
セリアは笑顔を作るのを試した後、緑色の扉を開けた。
扉を開いたセリアの瞳に映ったのは、金髪の男性だった。年は取っているようだったが、短い金の髪は色褪せず、風格のある容姿だった。男らしい無骨な四角い顔。鼻は高く整った顔立ちだ。セリアと同じ様な、白い服を着ている。唯一違うのは、服の金色がないことくらいだろうか。
その男性がセリアの父、クロード・フランティスである。クロードは椅子に座りながら本を読んでいた。しかし、セリアの姿を見るや、すぐに机の上に本を置いて立ち上がった。
「セリア! 目が覚めたのかい?」
「はい、お父様。ご心配をおかけしました」
「私のことはいい!良かった、セリアが無事で……このまま目覚めなかったら、私の人生は終わりだったよ。ああ、愛しいセリア……。しばらく安静にするんだよ。そうでなければ私が安静に出来ない。ああ、今日は記念日だ」
クロードはしみじみと頷いている。
セリアは、大袈裟だなぁと苦笑しながらも、不思議と悪い気持ちはしなかった。
「お父様、私はお父様やみんなに迷惑をかけた故に、謝らなければならないと思っています。特に、リーリエ・ストライド様には絶対にです。人様の家の方に無礼を働いてしまいました」
「私はまったく迷惑などかかっていない!だが、そうだな……リーリエ嬢には謝っておいたほうがいいだろう」
「私の陰口を叩いているなどと、まったく証拠のない追求をリーリエ様にはしてしまいました」
セリアはため息をついた。
そうなのだ。セリアはまったく根拠のない推論で、リーリエ・ストライドに対して喧嘩を売った。お前、私へのみんなの視線が悪評になるように、陰口を叩いているだろ、と。
記憶を辿っても、完全にセリアの空回り。リーリエが陰口を叩いている証拠がない。
喧嘩を売ったのは、完全にセリアの嫉妬だった。
セリアは恋をしていたのだ。フィゲル・ブリッツという男性に。
ブリッツ家といえば、侯爵家として名門の貴族である。フィゲルは女性嫌いが有名で、常に淡々と話すのが特徴的な男性だ。
そんなフィゲルにセリアは惹かれた。そして、何度もフィゲルにアプローチを続けた。
しかし、そんな行為が、そんな好意がフィゲルに届くはずもなかった。フィゲルは馬鹿ではない。セリアの性格の悪さをすぐに見抜いていた。
フィゲルはセリアに言い放ったものだった。
『貴女の性格は邪悪そのものだ。少しはリーリエ・ストライド嬢を見習ったらどうだ』
その言葉を受けたセリアは、考えるでもなく、自己を省みるでもなく、ただ怒りを覚えた。自分を否定されたショックと、天敵のリーリエ・ストライドと比較されたからだ。
セリアは他の女より劣っている。フィゲルの言葉はそれを意味していると彼女は感じとった。
それに、フィゲルはリーリエと仲が良い。フィゲルとリーリエが仲良くしている場面を、セリアは何度も見ている。その度に、彼女の頭の熱が爆発するのではないかとさえ思われた。
「セリア?」
セリアの父、クロードの声。記憶を辿っていて、セリアはぼーっとしていた。
「はい、お父様?」
「やはり、まだ体調が良くないんじゃないか?もっと横になっていたほうがいい。ノイフにセリアの事は任せてある。もっと休みなさい」
クロードはとても心配そうな表情でセリアを促している。
「お父様、ありがとうございます。その、一つだけ伝えたいことがあります」
「なんだい?」
「お父様が、私のことを沢山かばってくれたのを知っています。私が問題を起こす度に、お父様は味方でいてくれました。それなのに私は、それを当たり前であるとさえ思って、お礼を言うこともしませんでした。無礼でした。だから、今言わせてください。守ってくれてありがとうございます」
セリアは深々と頭を下げた。礼を言うのが道理だと、彼女が本心で思ったからである。
「愛してくださってありがとうございます」
愛されること。それは、とても幸せなことなのだ。
「セリア……」
クロードの表情は、蛇を見たかのように驚いていた。
そして、彼はセリアを抱きしめた。
「お、お父様?」
「セリア、こんなに幸福な日はないよ。お礼を言う必要なんてないんだ。セリアの幸せが私の幸せだからね……だが、正直に話すのなら、私はとても嬉しい。少し、気恥ずかしいけれどね。愛してくれてありがとうと言ったね。当たり前のことじゃないか。私達は血の繋がった大切な家族なのだから」
クロードは微笑んだ。その微笑みは、何もかも許すような温かい表情だった。
セリアの心臓が少し高鳴った。
大切な家族。愛してくれるのが当たり前。前世では、両親に散々冷たくされてきた。心の拠り所があるとすれ、歌しかなかった。
それがいまではどうだ。転生という不可思議な事象を受け、愛してくれる親がいる。
セリアは思った。父の役に立ちたい。足を引っ張りたくない。少しでも恩返ししたい。
「お父様、ありがとうございます。紅茶でもご一緒に飲みませんか?きっと美味しいお茶になると思います」
「それは嬉しい提案だが、ベッドに横になっていなくていいのかい?」
「はい。私はもう大丈夫です。ノイフにも苦労をかけました。私とノイフ、お父様で紅茶を飲みましょう」
「わかった。セリアの提案だからね。ノイフに、急ぎ紅茶を淹れさせよう」
「あ、私が淹れます」
「セリアが?」
クロードは目を見開いた。彼はセリアが紅茶を淹れる所など、見たことがなかった。
「はい。ノイフの紅茶の味には到底敵いませんが、私も役に立ちたいのです」
「セリアの淹れる紅茶か」
クロードは笑顔でため息をついた。それは嬉しさからくるものだった。
「まったく、今日はなんていい日だ」