感情は誤魔化せない
パトリドに対するお詫び、詫びる必要などなかったのが、セリアは謝った。そして、パトリドとの再会を楽しみにしつつ、その場を去った。コーラルを探すためである。
思い出す。完全に勝負のついたコンテストで、観客票を真っ先に入れてくれたコーラルを。あの、迷いなく上に伸ばされたしなやかな挙手。あの光景がセリアの脳裏に刻まれていた。
コーラルを探すセリアは迷っていた。コーラルに会って、自分は何を話そうとしているのだろうかと。そもそも、票を入れてくれたとはいえ、すぐに探しに行く道理もないはずだ。
彼女は思った。自分は、何を考えているのだろう?コーラルと何を話そうとしているのだろう?
その答えは、なかなか出なかった。しかし、一つの結論が出た。
会いたいのだ。コーラルに会いたいのだ。彼女はそのことに気が付き、少し頬を赤らめた。
セリア・フランティスが好きなのは、フィゲル・ブリッツだったのだろう。だがしかし、それは昔の話だ。転生したセリアが気になっているのは、いや、好きなのは、コーラル・ベインスなのだと認める時が来たのだ。
なんで好きなのか、セリアにはわからなかった。コーラルの向けてくれる優しさに惹かれたのか、あの茶髪のよく似合う笑顔に惹かれたのか。会って確かめてみたかった。
だが、セリアは奥手だった。前世ではろくに恋愛もしたことがない。この世界で恋愛など出来るのだろうかという不安がつきまとう。コーラルはセリアの事を好きだと言ってくれた。だがそれは、悪女だった頃のセリアに向けての感情だ。
自分は、転生してきた人間なのだ。だから、本当のセリア・フランティスではないのだ。それが、どうしようもなくコーラルを騙しているようで、申し訳ない思いに駆られた。
自信を持てずに会場を歩いているセリアを見つけたのは、コーラルの方だった。彼は話をしていた貴族に何かを言い、セリアの元へと駆け寄った。
セリアは緊張。別に、話をするだけなのに。それなのに。
「セリア嬢、見事な振る舞いでした。とても美しかったです。貴女の考えていることはわかります。ドレスが汚れていた、でしょう?僕は、それでも貴女のことを美しいと思いました。あのドレスには、他の服とは違う何かがある。僕はそう思います。あ、いや、ドレスの事ばかり言っていますが、セリア嬢の容姿も勿論、美しかったです」
慌てているコーラル。その様子を見て、セリアはくすりと笑ってしまった。何をそんなに慌てることがあるだろうか。コーラルは小動物っぽい所があるな、と彼女は思った。
「ありがとうございます、コーラル様。その、私、嬉しかったんです」
「何がですか?」
「貴方は、観客票を決める際に、真っ先に手を挙げてくれました。壇上にいる私が、それにどれほど緊張を解いてもらったことか」
「好きな人を応援するのは、当たり前のことではないのですか?」
首を傾げるコーラル。
セリアは心の中で呟いた。たらしだ。コーラルは天然のたらしだ。
「あ、あなたの好意には応えられません」
顔を背けるセリア。否定してしまう。自分の気持ちくらい、わかっているはずなのに。
「いつか必ず。おや」
コーラルが眉をひそめた。彼らの元に、フィゲル・ブリッツが歩いてきたからである。数人の貴族が共にいる。話でもしていたのだろう。
「セリア嬢、お見事だった」
やや上から目線のフィゲルの言葉だった。しかし、彼はセリアに票をくれたのだ。
「ありがとうございます。フィゲル様」
丁寧に頭を下げるセリア。
「本心だ。汚れたドレスでよくぞ戦った。信念を感じた。リーリエ嬢も美しかったが、その……誇りを感じたのだ。貴女に」
無表情で語るフィゲル。その態度にセリアは驚愕した。フィゲルの物腰が、とても柔らかくなっていたからである。その上、自分を褒めてくれている。
フィゲルの美しき金髪の碧眼。誰もが一目惚れするような容姿の持ち主。転生する前のセリアが惚れてしまうのも、無理はないな、とセリアは思った。
一方、面白くなさそうな表情をしていたのはコーラルである。彼は、フィゲルに勝てないと言っていた。それだけ、フィゲルの能力を評価しているということでもある。
拳を握るコーラル。彼の目には、セリアとフィゲルの間に花が咲いているように見えていた。
「セリア嬢、私はこれで失礼します」
そっけなくコーラルがいった。
「え、何か用事ですか?私はコーラル様ともっと話すことが」
「フィゲル様と話が出来るでしょう。私はここから去ります」
「行かないで!!」
セリアは少し大声になってしまった。そして、何をやっているのだと、自分を責めた。コーラルに行ってほしくなかったのだ。
「その、行かないでください。私はまだ話がしたいのです。ダメ、でしょうか……?」
身長差の故、上目遣いでコーラルを見つめるセリア。コーラルはその瞳に吸い込まれそうだった。鼓動が高鳴りそうだった。
彼は思った。そう、フィゲルにも負けるつもりはないと。自分が一目惚れしたセリアだけは譲れないと。
「セリア嬢……嬉しいです。話したいのは僕も同じです。いいですか?」
「はい」
見つめ合うセリアとコーラル。それを見ていたフィゲルは、まったくの無表情だった。そして、その無表情の裏に、もやもやとした気持ちがあった。フィゲルはその感情を無視した。しかし、感情は残る。その感情は、嫉妬と呼ばれるものなのだ。




