宝石が語る
「リーリエ嬢が美しいと思う方は?」
ゾルドが皺のついた口で尋ねた。それに対する挙手は、全体の七割。つまり、多数決でリーリエの勝ちだということだ。セリアが三割を取れたのは、コーラルとフィゲルの影響が大きいだろう。
「決まりだな。リーリエ嬢に審査員票が三票、観客票が一票。私がセリア嬢に一票。このコンテストは、リーリエ嬢の優秀だ。おめでとう、リーリエ嬢」
にこやかにリーリエへと近づいていくゾルド。
リーリエは戦いに勝った。だが、彼女の胸中は、まったく納得いっていなかった。一番偉いと思われるゾルドはセリアに票を入れ、フィゲルもセリアに票を入れた。勝ったはずなのに、勝ったはずなのに少し嬉しくない。相手は汚れたドレスを着ているというアドバンテージがありながら、この結果。もしセリアが万全の状態で臨んでいたら、どうなっていたか。
勝ったはずなのに、惨めな気持ちだった。
一方のセリアは、ため息をついていた。
負けてしまった。覚悟はしていた。しかし、パトリドのドレスを裏切ることは出来なかったし、ゾルドという老人も、セリアの票を入れてくれた。コーラルもだ。それに何故か、フィゲルも……。
仕方ない。割り切るしかない。準優勝なら上出来ではないか。一つだけ気がかりがあるとすれば、綺麗なドレスのままで決勝に出れていれば、パトリドの想いに応えることが出来たな、ということだった。
客席を見るセリア。無意識にコーラルの方を見てしまう。コーラルは、壇上へ惜しみない拍手を送っていた。セリアにも、そして、リーリエにもだろう。彼は礼儀正しい人間だ。セリアが負けてしまったとはいえ、優勝したリーリエに対して敬意を払っている。
またコーラルと視線が合ってしまいそうだったので、セリアはパトリドの姿を探した。客席に西側で、パトリドは立っていた。そして、彼の様子にセリアは驚いた。
パトリドは涙を流しながら、壇上へと拍手を送っていたのだ。その拍手の音は、他の誰よりも大きく鳴り響き、彼の想いも相まって、セリアの耳へと届いた。その様子を見て、セリアは、やはりパトリドに謝らなければならないと思った。自分のせいではないとはいえ、ドレスを汚してしまったこと。彼女は心の中で詫びた。
壇上へと拍手が鳴り響いた後、会場は静かになった。戦いは終わったのだ。
リーリエは笑顔で頭を下げていた。内心は、謎の屈辱感に襲われていたが。
セリアは客席へと一礼し、リーリエの方へと向かった。
「リーリエ嬢、優勝おめでとうございます」
セリアの本音だった。実際、リーリエの容姿は予選の時よりもさらに洗練されていた。その美しさに対しての正直な評価だった。だが、時に言葉は、違った受け取り方をされる。
「馬鹿にしているのですか?」
「え?」
「私が、フィゲル様からも票を貰えなかったことを馬鹿にしているのでしょう?」
「いえ、そんなことはありません。人を馬鹿にするつもりはありません」
「今まで、散々人を馬鹿にしてきたではありませんか!今更……今更、最近改心したと言われていますが、それすら、演技なのでしょう?あなたは私を馬鹿にしているはずです、セリア様!勝負に勝ったって……実際は、負けたようなものです!その汚いドレスというハンデがありながらも、接戦だったのですから!内心は勝ったと思っているのでしょう!?」
「汚いドレスとは、どういう意味ですか?」
セリアは冷たい目線をリーリエに向けた。
「何かを非難する時は、気をつけることですね、リーリエ嬢。このドレスは美しい物です。問いますが、では、どんなドレスなら美しいのですか?貴女のように、綺羅びやかなドレスですか?違います。ゾルド様もおっしゃっていた通り、心のあり方です。小さな子供は、ぬいぐるみを大事にするでしょう?ぬいぐるみに大して価値が無くても、そこに愛情を注げば、そのぬいぐるみは世界で唯一の、可愛いぬいぐるみです。大事なのは、道具の存在ではありません。その器に注がれる心が、物の価値すら変えるのです。貴女には理解出来ますか?」
「わからない!道具は所詮、道具です。必要な時に使い、不要な時に捨てる。物の価値を決めるのは、その道具の優秀さであり、そこに人間の意志の介在する余地はありません。ドレスだって同じことです。美しい物は美しい。使えない品は美しくない。セリア様のおっしゃっていることは、私にはわかりません!愛情は、人間に対して与えるものです。物に愛情なんて必要ありません!」
「本を読んだことがありますか?」
「え?」
「大切にしている書物があるとします。何度も、何度も読み返すような書物が。書物は、所詮、紙と文字の集合体です。しかし、その集合体がたまらなく愛おしくなることはありませんか?書物は、人によって、たまらなく愛おしい物になり得るのです。それこそ、人生を変えてくれるような。支えてくれるような。この例え話で、わかりますか?」
「わかりません!書物は読み終えたら終わりです。その場しのぎの、退屈を少しだけ払ってくれる物体にすぎません。わからない……セリア様、まったく貴女の話はわかりません」
「そうですか……もうこのお話は終わりにしましょう。無駄なことです。リーリエ嬢、貴女は勝ったのですよ?もう少し、嬉しそうにするべきだと思います。それが負けていった者たちへの配慮でもあると思います」
セリアは淡々と語った。彼女は、リーリエの性格が理解出来なかった。いや、もしかしたら自分がおかしいのかもしれないとすら思った。物を愛することは、間違っているのだろうかと。
流石に客席に聞こえない声で喋っていた二人だったが、審査員のゾルドの耳に、二人の会話は届いていた。ゾルドは値踏みするような目で、セリアを見つめている。口元はうっすらと笑っていた。セリアが悪女であることは、ゾルドも知っている。だが、目の前のセリアは、宝石のような煌めきをまとっているように、彼の目には見えた。
もしかすると、この国の運命を変えるかもしれない。ゾルドは顎をさすりながら、考え込んでいた。




