一票でも!!
セリアとリーリエが壇上を優雅に歩き、二人の姿は聴衆の者たちの目に焼き付いた。
審査員達は、憮然とした表情で椅子に座っている。
パトリドもセリアの様子を見ていた。そして、焦っていた。ドレスが披露されるのは嬉しいが、何故、汚れてしまったのか。何故、セリアは着替えないのか。壇上のセリアを見つめると、気のせいかもしれないが、セリアはパトリドにウィンクしたように見えた。
「皆様、審査結果を発表いたします!我々審査員四名が、結果を告げさせていただきます。そしてその後、一票分の働きとなる観客票を皆様に入れていただきたい!」
大声の黒服。貴族たちは惜しみない拍手を送った。
「セリア嬢、リーリエ嬢、椅子にお座りください。結果はすぐに出ます」
審査員の一人にそう言われ、二人は椅子に優雅に座った。二人共、仕草に無駄がない。
「それでは!我々審査員の考えを発表させていただきます!」
叫ぶ審査員。緊張のリーリエ。無表情のセリア。
審査員は、順番に結果を発表していった。
「リーリエ・ストライド嬢に一票を送ります」
「美しいのはリーリエ嬢です。間違いありません。一票を」
「総合的な観点から、評価させていただきます。リーリエ嬢に一票」
一瞬の出来事だった。審査員の、リーダー格の老人を除く三人が、リーリエに票を入れたのだ。これで、勝負は決まってしまったのだ。例えあと二票、リーダーの票と、観客票が入っても、セリアは勝つことは出来なくなった。彼女は負けてしまったのだ。
リーリエは飛び跳ねたい思いだった。やった。やった、と。やはり愚かなセリアなど、敵ではなかった。美しいのは自分の方なのだと。
余裕の笑みでセリアの方を見たリーリエ。しかし、リーリエの予想とは違い、セリアは背筋を伸ばし、ただただ観客たちの方を見ていた。負けたことなど、まるで気にしていないかの様子であった。リーリエは、その態度に唇を噛んだ。何故、悔しそうにしないのか。いつものように騒ぎ立てないのか。
「セリア嬢、少しよろしいかな」
審査員のリーダー格の老人が、ゆっくりと口を開いた。
「なんでしょうか?」
「簡潔に答えてほしい。簡潔にだ。何故、汚れたドレスでこの勝負に臨んだ?」
「このドレスを作ったのが、素晴らしい職人だからです。このドレスが好きだからです」
「負けるとわかっていて?」
「負けるつもりはありません」
「もう、勝負は決しましたが?」
「まだ、終わっていません。例え紅茶の染みがついていようと、このドレスの本来の美しさをわかる人が、必ずいるはずです」
「悔しくはないと?」
「いえ、悔しいです。染みが付いてしまったことは、悔しいです」
「何故、そのドレスに紅茶が?」
「とある女性に、紅茶をこぼされました。だけど、このドレスの晴れ舞台を楽しみにしてくれている職人さんがいるんです。裏切れない!例え理不尽な目にあったとしても、職人さんに喜んでほしい!このドレスなら必ず勝てると信じていました!確かに私は負けるでしょう!でも、一票でも!少しでも、このドレスを評価してもらいたい!」
セリアのよく響く声。観客席と、審査員達はざわめいた。紅茶の染みは、セリアの不手際によるものではないようだったからだ。
パトリドも驚いていた。セリアは、あの女性は、自分のドレスを本当に評価してくれていると。それだけで、どんなに嬉しい気持ちになったことだろう。感謝の気持ちしかなかった。例えセリアの負けが決まったとしても、セリアの心はどうしようもなく美しいと、パトリドは思った。あの女性にドレスを着てもらえてよかった。生きてきてよかった。そう思った。
審査員の老人は、セリアを値踏みするような目で見た。彼は、まだ票を入れていない。もっとも、もう既に他の三人がリーリエに票を入れているため、勝負は既についている。リーリエの勝ちなのだ。
「何故、職人一人のために、勝負を捨てるような行為を?」
老人の質問は続く。意図の読めない質問の数々。
「見てもらいたかったからです。本気の、本当の人間の強さが、このドレスには宿っています。例え紅茶で汚れようと、魂という、言い表せない高貴さを、このドレスは持っています。勝ち負けは大事なことです。しかし、それ以上に譲れないものが、人間にはあります。私は負けても、このドレスは皆様の目に焼き付くでしょう。まだ、質問がありますか?」
「いや、もう結構です。質問はありません。セリア・フランティス嬢に、一票を投じます」
リーダー格の老人は、呼吸をするかのように、自然に言った。
周りがざわめいた。勿論、審査員も。
「な、何故ですか!?ゾルド様!身嗜みは、美しさの基本ではないのですか!?」
審査員の一人が、老人に抗議した。老人の名は、ゾルドというらしい。
「美しいから」
「え?」
「美しさとは、外見だけのものではない。内なるもの、そう、心の美しさというものがある。計算高い人間なら、絶対に汚れたドレスで出場などしてこない。だが、セリア嬢は、それをわかった上で、負けるとわかっていても、挑んだ。職人のために。なかなか、美しくはないかね?私は美しいと思うのだが、何か問題が?」
ゾルドは笑っている。とても楽しそうに。
「さて、これで我々審査員の投票は終わった。セリア嬢が一票、リーリエ嬢が三票。もう勝負は決しているが、一応、観客の皆様にもご意見を伺おうと思う。観客の皆様、セリア嬢とリーリエ嬢、どちらが美しいか、挙手を願います。では、セリア嬢が美しいと思う方はいますか?」
観客たちに語りかけるゾルド。場は静まり、挙手をする者は、ほとんどいなかった。
しかし、疾風のように挙手をした人間がいた。コーラルである。一切の迷いなく挙げられたその腕は逞しく、瞳はセリアの方を見つめていた。
セリアは、顔を赤くした。遠くからでも、コーラルの目線を感じる。あんなに真っ直ぐに挙手をされたら、困ってしまうではないか、と思った。
コーラル以外にも挙手をした人間はいた。コーラルの周りにいた貴族たちが、コーラルの勢いに引かれて、おずおずと挙手をしたのである。
そして、もう一人、挙手をした人間がいた。フィゲル・ブリッツである。
彼が挙手をした姿を見て、リーリエは呆然としていた。いや、今までも呆然としていた。壇上でのやり取り。セリアを称賛した審査員のリーダー。彼女は場の流れについていくことが出来なかった。フィゲルは何故、自分を応援してくれないのか?
フィゲルに引っ張られるように、彼の周りの貴族たちも、流されて挙手をした。
結果、観客の三割程度が、セリアを支持したのである。




