表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢の終わりは歌  作者: 夜乃 凛
[Blank]

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/45

令嬢を見る者たち

 一方、もう片方の控室では、リーリエの予想通りに、セリアが居座っていた。

 控室には大きな鏡が置いてある。その鏡を、セリアは見つめた。

 美しい容貌だと、彼女は思った。そして、致命的なまでに残っている紅茶の染みが、どうしようもなく消せないということも理解している。


 だが、彼女は負ける気はなかった。パトリドのドレスが、自分をここまで連れてきてくれたのだと。だから、彼女は最後までパトリドの武器と共に戦い抜く覚悟だった。

 きっと、嘲笑される。この大舞台で、紅茶の染みのついたドレスを披露するのは、管理不足と言われる他ない。


『生きてきてよかった……。セリア様、どうか、あのドレスを仲間として、連れて行ってください』


 心に残っているパトリドの言葉。

 このドレスは仲間なのだ。一人の人間の気持ちが、想いが詰まっているのだ。裏切るわけにはいかない。別のドレスで出場すれば、パトリドはどんなに悲しむことだろう。

 歌うことに執着した前世。人が、一つのことに打ち込むのは、とても孤独で、勇気のいることだ。セリアはそう思った。だから、パトリドの本気も理解出来る。

 理解できるからこそ。人間の本気が、わかるからこそ。

 セリアが深呼吸をしていると、黒服がセリアのいる控室へと入ってきた。


「セリア様、決勝戦が始まります」


「いつでも出れます」


「わかりました。では、壇上へお願いします」


 黒服は先頭に立ち、セリアを促すように歩きだした。

 セリアは後についていく。美しい歩き方で。彼女の仕草は美しかった。



 壇上へと昇ったセリア。壇上には既に、四人の審査員と、リーリエ・ストライドがいた。

 リーリエは睨んでこない。微笑しながらセリアの方を見ている。


「皆様、大変お待たせいたしました!これより、一番美しい者が決まります!セリア嬢、リーリエ嬢!中央へとお願いします!」


 その言葉を機に、セリアとリーリエは壇上の中央へと向かった。そして、観客席からは既にざわめきが起こっていた。セリアのドレスが汚れていたからだ。

 到着していたパトリドも、目を見開いた。明らかにドレスが汚れている。

 中央で向かい合う、セリアとリーリエ。


「セリア様、本当にそのドレスで来たのですね」


「大事なドレスだもの」


「これは勝負なのですよ?」


「百も承知」


「そうですか。では、結果発表が楽しみですね。ええ、本当に楽しみです」


 リーリエの美しい茶髪が揺れた。彼女は青のドレスに着替えている。


 壇上の審査員たちもまた、驚いていた。リーダー格の老人以外は。なにしろ、このようなコンテストで、染みの付いたドレスを着て出場した人物など、見たことがないからだった。

 黒服が、ごほんと咳払いをした。


「それでは、これより審査員の選定と、ご来場の皆様の票で、どちらが美しいのかを決定いたします!皆様、よくお二人をご覧になってください!」


 セリアとリーリエに注がれる視線。それは、好奇心と、選定と、応援と、嫌悪と、様々な感情を伴っていた。


 客席にいたコーラルは、真剣な眼差しでセリアを見つめていた。リーリエに対しては、軽く一瞥しただけだった。彼は驚いていた。セリアのドレスは美しかったが、今は染みのついたドレスになっている。彼は、きっと何かトラブルがあったのだろうと予測した。その理由を今すぐにでも問いたい気持ちだったが、彼は止まったまま、壇上を見ていた。ただただ、セリアを応援していた。


 セリアの態度は堂々たるものだった。染みの付いたドレスながらも、凛として背筋を伸ばしている。それは、観客たちを困惑させた。汚い格好と、セリアの態度のグラデーション。


 一方、青く華やかなドレスに身を包んだリーリエは、誰の目にも美しく見えただろう。長い茶髪はさらりと流れ、青の瞳はキラキラと輝いている。


 審査員四人は、なにやら話をしていた。冷静というよりは、慌てているような話であった。

 正直、まったく勝負にならない。清潔感のある服装というのはとても重要で、それを無視しているセリア・フランティスは、それを破っていたからだ。

 対するリーリエは完璧。身だしなみは完全に整い、振る舞いも優雅で、美しいという単語を具現化したような姿だった。

 審査員達の結論は、簡単に出た。ただ一人、リーダー格の老人を除いては。

 リーダーは、顎に手をつけて、なにか考え込んでいる。


 観客達の答えも、既に出ようとしていた。


「セリア・フランティスは、最低限の身だしなみすら出来ないのかしら?」

「よくあれで決勝まで残れたわね」

「性格の悪い悪女の末路としては、お似合いですわね。日頃の行いですわ」

「なんであんな格好を?」


 囁かれる、敵意を持った言葉たち。

 そのような小声の話の中、フィゲル・ブリッツは真剣な眼差しで壇上を見つめていた。

 リーリエの方ではない。セリアの方である。


「フィゲル様、リーリエ様が勝たれて良かったですね」


 女性の貴族の一人が、フィゲルの傍に寄って、笑顔で話しかけた。しかし、フィゲルの返答は、意外なものだった。


「まだ勝負は決まっていない」


「え?」


「セリア嬢が勝つ可能性もある」


「フィゲル様、それはないのでは?あの格好で、美しいなどと……」


「まだ勝負は決まっていない。二回目だが、わかるか?」


「も、申し訳ありません」


 フィゲルを怒らせてしまったと思った女性は頭を下げて謝った。ブリッツ家の力が伺える。

 しかし、フィゲルは怒っていたわけではなかった。何故このような事態になっているのか、考え事をしていたのだ。あのドレスは、セリアがこの会場で披露していたドレスだ。それは間違いない。しかし、今はそのドレスは紅茶の染みのようなもので汚れている。つまり、会場からどこかに移動したセリアは、どこかで紅茶をこぼしてしまったのだ。それが一番妥当だとフィゲルは思った。

 だが、同時に別の道が想像できた。こぼしてしまったのではなく、『こぼされてしまった』という可能性。もし、悪意のある人物がセリアのドレスを汚したのなら、それは許されざる行為だとフィゲルは思った。

 フィゲル・ブリッツは、不正を嫌う。横領や戯言、悪とされる物が、大抵嫌いな性格なのだ。だから、セリアのことも嫌っていた。悪女だったからだ。

 しかし、彼は現実が改善されれば、柔軟に態度を変える人間だった。悪は嫌いだが、善人になってくれれば、それに応じた振る舞いを見せる。

 セリアが汚れたドレスを着ている。フィゲルは、その事で頭を回転させ続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ