わかっているけどさ
壇上には既に、審査員四人がテーブルの前の椅子に座っている。リーダー格と見える老人は、落ちついていた。微動だにせず、頬杖をついている。
決勝が始まる前の、ざわめきと静けさ。会場では、コーラルが暖かく、フィゲルが冷たく壇上を見上げていた。
そして、パトリドも会場に辿り着いていた。周りの者たちの会話から、セリアが決勝に進出したことがわかった。それを知ったパトリドは、言い表せない感情に襲われた。
感謝。その言葉が相応しかった。彼はセリアを全力で応援しようと誓った。そして、決勝が終わったら、必ず直接礼を言うのだと。
着衣部屋で決勝への準備をしていたセリア達は、出来ることを全て終わらせていた。やはりドレスの染みは目立ってしまうが、セリアの容姿は美しいことに変わりはなかった。
そろそろ、決勝戦が始まるだろう。
「二人共、ありがとう。私は必ず勝って戻ってくるから、見守っていてね」
「当然でございます」
深く頭を下げるノイフ。それに続くソイル。その姿を見てセリアは、つくづく、恵まれているな、と感じた。
仕えてくれる人間がいる。前世では考えられないことだったが、この世界では、それがまかり通っている。そして、セリアは仕えてもらう側の人間だ。だから、彼女はなんらかの形で恩返しをしたいと思っていた。まずは、目の前のコンテストに集中しなければならないが。
「お父様も、ノイフも、ソイルも応援してくれたけれど、ごめんね。譲れないの」
セリアは目を伏して言った。
わかっている。このままのドレスで出る。その結果は、わかっているのだ。
だが、わかっていたとしても。
「セリア様……」
心配そうにセリアを見つめるノイフ。
ノイフは考えた。セリアの発言は、そう、負けという現実に歩いていくだけだということを理解している。美しさを決めるコンテストで、身嗜みがしっかりしていないなど、論外であることを、理解している。だが、ノイフは考えるのをやめた。
「セリア様、人生は一度きりでございます。そして、勇敢なセリア様には、必ず女神が微笑んでくれるでしょう。私はそう思います」
「ノイフったら」
セリアは微笑んだ。つくづく、ノイフがいてくれて良かったと思う彼女。
「そろそろ時間かしら?私は勝つわ。勝てるかもしれないでしょ?やってみなきゃわかんないでしょ?」
相手はリーリエ・ストライドである。フィゲルに気に入られ、美しい容姿を持った、決勝まで残った人物。
黒服の男が、セリアを探すように歩いてきた。
「セリア嬢、もうすぐに決勝戦が始まります。セリア嬢の健闘をお祈りしております。おや?まだ準備は終わっていないのですか?」
黒服の男はセリアのドレスの染みを見たのだ。それ故の発言だった。
「準備は終わりました」
「え?」
「終わったのです」
セリアは悪魔のような微笑みを見せた。彼女の赤い瞳は魅惑的だ。
「そ、そうですか……では、壇上の前まで、お連れいたします」
「お願いします。ノイフ、ソイル、行ってくるわね」
「ご健闘を」
ノイフ達は深く頭を下げた。
リーリエ・ストライドは控室に居座っていた。壇上へと続く控室は二つあり、その片方の控室を使っている彼女。その部屋から、壇上に上がるのだ。セリアは反対側の控室から出てくるのだろうと予想したリーリエ。
汚れたセリアのドレス。そして、それで勝負すると言ったセリア。本来、絶対的に有利な状況なのに、リーリエは謎の焦燥感に駆られていた。それは、セリアの持つ威圧感に起因するものだった。
勝てるはず。
負けないはず。勝って、自分のほうが優れていることを証明するのだ。負けて悔しそうにするセリアを嗤うのだ。フィゲルだって見ている。リーリエはフィゲルにアプローチするためにも、負ける気はなかった。
「たかがドレス一着に執着するなんて、馬鹿馬鹿しい」
リーリエは呟いた。セリアなど、汚いドレスで惨めに負ければいいと彼女は思った。




