老人の人生のために
参加者が着替えを出来るように作られたスペースがある。控室ではない。そこに今、セリアとノイフ、ソイルが三人で立っていた。ソイルが早口で喋っている。
「セリア様、絶対に着替えるべきです。替えのドレスならあります。どんなに理不尽に感じても、ここは綺麗なドレスで出るべきです」
「ソイルの言うとおりだと思います、セリア様。パトリドに対するお気持ちはわかります。しかし、彼のドレスで、決勝まで上り詰めたのです。もう、それだけで十分なのではないでしょうか」
「ダメよ」
セリアは決して首を縦に振らなかった。
例えドレスが汚れていようとも、絶対にこのまま出るつもりだった。パトリドは、もうこのような作品を作れることは出来ないと言っていた。彼の境遇も聞いた。
本気なのだ。このドレスは人間の人生がかかっているのだ。悪意によって染められてしまったドレス。だが、それに屈してはならないと彼女は思っていた。
パトリドに、報われた思いになってほしかった。このドレスを作ってよかったと、思ってほしかった。
「私の容姿は、誰にも負けないわ。だから、汚れたドレスだって勝てる。私が信頼出来ないということ?私が美しくないということ?」
「そんなわけでは……」
ソイルは口ごもってしまった。それを聞いていたノイフは思考を切り替え、笑顔になった。
「わかりました。セリア様がおっしゃられるなら、そうしましょう」
「ノイフ様!」
「セリア様は言い出したら聞きませんから。ソイル、出来る限りのことをしましょう」
「……はい」
ソイルはなにか言いたげに俯いた。彼女も、セリアが一度言い出したら聞かないことはわかっている。
「ありがとう、二人共。身だしなみを整えて。少しだけ、飾り付けをするわ」
「かしこまりました」
そう言って、二人の頼れる味方は、セリアの身嗜みを整え始めた。
決勝を前にして、パーティー会場は盛り上がっていた。
そんな中、フィゲル・ブリッツは物思いに耽っていた。彼の頭の中には、セリア・フランティスの影があった。
いつかの日を境に、セリアはまったく、フィゲルに対しての関心を失ったように思えていた。そして、それは望む所であったはずだ。悪女であるセリアのことを、よく思っていなかったからだ。リーリエだっている。仲が良いのはリーリエで、仲が悪いのはセリア。だが、最近のセリアには、魅力的だとすら思わされる部分があった。それが
、フィゲルを悩ませていた。
自分を追い続けていたセリア。追い払っていたフィゲル。だが、今はセリアと話がしてみたいという気持ちが湧いていた。
歌唱。圧倒的だった、あの歌唱……。
一方、パーティー会場で、フィゲルとは別の場所に、コーラル・ベインスがいた。彼は笑顔で周りの貴族たちと話をしていた。
「コーラル様、リーリエ嬢とセリア嬢、どちらが勝つと思いますか?」
「セリア嬢ですね。リーリエ嬢も美しいですが」
「即答ですね。何故、セリア嬢が勝つと?」
「美しいからです」
好きな食べ物はパンです、と言うかのように、コーラルの話し方はナチュラルだった。セリアが勝つと思っており、また、応援もしているコーラル。
「コーラル様がセリア嬢を応援なされているのなら、我々も……」
「観客票ですか?」
「はい」
「それはダメです。リーリエ嬢の方が美しいと思ったのなら、リーリエ嬢に票を入れるべきなのです」
「何故ですか?セリア嬢を応援しているのでは?」
「正しさのためです。誰かが応援しているから、あの人が応援しているから、なんとなく周りに合わせなければ、いずれも無意味です。信じるべきは自分の感想です。だから、皆さんも自分の意見を持って票を投じるべきだと、僕は思います」
迷いのない言葉。セリアのことを応援しているが、その票は、清く正しい票であってほしいと願っているコーラルだった。そして、セリアが勝つと信じていた。
時はゆっくりと、あるいは早く過ぎた。決勝を前に、貴族たちの盛り上がりは最高潮に達し、セリアとリーリエの登場を待つばかりだった。




