悪女が望んだってね
パーティー会場には、ノイフとソイルもいた。二人共部屋の隅っこで、誰と話すでもなく椅子に座っている。テーブルの上には茶菓子が置いてあった。
ソイルがそれをつまんでいる。ノイフは背を正したまま、律儀に座っている。
セリアの歌声は、二人にも聞こえた。一瞬、何かが起こったのかと二人は思ったが、すぐに歌声は収まったので、二人はその場を離れることはしなかった。
「ノイフ様、セリア様は勝てると思います?」
クリームが口についているソイルが言った。
「当然です。セリア様の美しさ、それに今のような人格なら、負ける道理がありません」
「うーん、それが謎なんですよねぇ。今のセリア様は正直、好きなほうですけど、いつかまた、あの恐ろしいセリア・フランティスに戻るんじゃないかと……怖い」
「ソイル」
ノイフは笑顔でソイルの方を見ている。ソイルは焦った。それが、この世で一番怖い笑顔だったからである。
「口が過ぎました」
頭を下げるソイル。
「よろしい。私達に出来るのは、セリア様の勝利をお祈りすることだけです」
「はい」
ソイルはほっとした。ノイフほど怖い人物はいないのだ。
「皆様!各自、椅子にお座りになられてください!これより、決勝へ進む、麗しき二名の人物を発表いたします!参加者の方は、壇上にお集まりください!」
パーティー会場に大声が響いた。ついに、審査が終わったようだ。パーティー会場に忍んでいた審査員。それに、観客票をいれる貴族たち。票の重みは、審査員から入れられるもののほうが価値が高く、観客票はあくまでついでのようなもので、一応貴族たちに楽しんでもらうためだった。
参加者の美しい女性たちは壇上へと集まりだした。どの人物も、不安を感じている者もいたが、誰が通るのか発表されるのを心待ちにしていた。
壇上で優雅に振る舞う貴族たち。その中には、セリアとリーリエの姿があった。
リーリエの周りには、参加者である女性たちがたくさんいた。彼女の人脈の厚さが伺える光景だった。
一方、セリアの周りには誰も居ない。セリアを恐れているのか、嫌っているのか、とにかく彼女の周りには人気がなかった。
少し不安になり、セリアは壇上から会場を見た。ノイフとソイルの姿が奥に見えた。
そして、中央付近にコーラルの姿が見えた。それで、少し安心したセリア。
同時に、なぜ安心するのかという疑問が彼女に生じた。
コーラルがいるから、何だというのだろう?
少し優しくされたから、意識してしまっているだけだ。悪女が高望みしてはいけない……。
壇上に、全ての参加者が出揃った。いずれの参加者も、派手なドレスを着ている。それ故、謙虚なドレスを着たセリアは、相対的に印象的に見えた。
「皆様、審査員の審査が終わりました!今から、決勝へ進む二名を発表いたします!」
よく響く男の声。顎髭と口ひげを蓄えた、大柄さが印象的な男だった。
「予選の観客票は、あくまでも審査が拮抗した場合に適用されます!原則、我々審査員が決勝へ進む令嬢を決定します!」
男の声はなおも響く。観客席の貴族たちは、話をしたり、真剣に壇上を見つめたりしている。観客としての気楽さからか、誰が勝つのか、誰が惨めに負けるのか、そんな事を話し合っている。
壇上に並ぶ審査員たち。四人審査員がいるようで、四人とも椅子に座り並んでいた。
四人のうち、三人の風貌は中年の男性だったが、一人は酷く背の低い老人だった。背は低かったが、四人の中では、オーラが違った。老人故の風格が漂っていた。
壇上に並んだ出場者の女性たちは、その審査員の方を見ていた。彼らが自分たちの命運を決めるのだから、それは気になってしょうがないことだろう。
しかし、セリアは壇上から観客席を見ていた。そろそろ来るはずの人物を見つけ出すためだった。
誰を探しているのか。それは、パトリドである。ドレスの製作者の彼をセリアは招待していたのだ。当然、ボルドー家に許可は取ってある。服の晴れ舞台を、パトリドに見せてあげたかったのだ。
彷徨うセリアの目線。話し合っている審査員達。観客席のフィゲルを見つめるリーリエ。
セリアがパトリドを発見するよりも前に、結果は出ることになった。審査員達が、黒服の男に何か伝えている。風格のある老人が代表として。
話を伝えられた黒服は、深く頷いた。そして、壇上の中央へと出た。
「皆様、これより決勝に勝ち残った、麗しき令嬢の二人を発表いたします!」
響く声。緊張する参加者。興味を持つ観客。
誰が選ばれるのか。それを楽しむコンテスト。
しかし、参加者は楽しんでいない。自分の誇り、家の誇り、女性としての誇りを持って、この戦いに臨んでいるのだ。負けるわけにはいかないという人物が大半であった。しかし、選ばれし二人以外は無慈悲に敗北となる。狭き門。くぐり抜けるのは二名だけ。
「決勝へ進出するのは、リーリエ・ストライド嬢と、セリア・フランティス嬢です!!」
空気が震えるような大声だった。それは多くの参加者の期待を打ち砕いた。落胆するものもいれば、まだ事実を受け止められない人物もいた。
そして、選ばれたリーリエとセリアは、目をパチパチさせたり、無表情で考え込んでいたりしていた。選ばれる確率は、とても低いものなのだ。喜びの感情よりも前に、冷静に現実を判断する思考回路が働くのも無理はない。
観客席から拍手が起こった。うなだれる負けた者たちと、それに打ち勝ったセリアとリーリエ。
リーリエの心は、自分が美しいという自尊心を感じた。
セリアの心は、パトリドのドレスの力に応えることが出来たという喜びを感じた。
「しばしの休憩の後、決勝戦を行います!リーリエ嬢とセリア嬢、どちらが美しいのか!」
黒服が観客を煽る。観客の貴族たちは、楽しんでいた。華のあるコンテストは、暇な貴族たちの暇つぶしにはもってこいだった。
貴族の中には、その暇つぶしを、さらに刺激的なものにしようとしている者もいた。賭博である。決勝で誰が勝つかという賭博。そのように、コンテストは貴族たちの心を満足させていた。
決勝は、リーリエとセリアだけにスポットライトが当たる。それ故、予選以上に二人は観測されることになる。一瞬の隙も見せられない戦いだ。そして、美しさが無ければ、勝つことは出来ない。




