本物を見たときの人間
「コーラル様は少々、大袈裟な物言いをなされますから」
セリアは苦笑した。コーラルは首を傾げた。彼にとって、大袈裟でもなんでもない本心だったからだ。
「いえ、僕は本当に」
「ああもう!黙っていてください!」
言ってから、しまったと思ったセリア。コーラルになんてことを言ってしまったのだろうと。不愉快な思いにさせてしまったのかもしれない。
だがしかし、コーラルは笑顔だった。くすくすと笑っている。
こいつめ!と思いながら、セリアは咳払いをした。
「私、観客の皆様から、票を集めなければなりませんの。コーラル様だけと話しているわけにはいきませんわ」
「残念ですが、確かにそのとおりですね。セリア嬢、ご健闘をお祈りしております。ところで皆さん」
コーラルは、二人の周りにいる貴族たちを見回した。
「セリア・フランティス嬢と、お話されてみては?」
断り難い、優しい声色。悪意も敵意もかき消してしまうような、優しい声。
セリアは、コーラルの言葉、彼の態度に、優しさを感じた。セリア自身、悪女であることは自認している。しかし、コーラルは周りの者たちに、セリアと交流することを勧めてくれている。
そんな、優しくされたって困る。今までに、そんなに優しくされたことがあっただろうか。愛されなかった自分に、優しくしてくれる人はいただろうか。
ぼんやりと、コーラルの横顔を見つめるセリア。その心の中に芽生えている感情を、セリアはまだ自覚していなかった。
周りの貴族たちは、コーラルの提案に乗った。流石に、コーラル・ベインスの名は幅が利く。
「セリア嬢、ベインス家で歌を歌われたと聞きましたが?」
恰幅の良い、パツパツの白い礼服を着た男性がセリアに話しかけた。
「あ、ええ、ちょっと、都合で……大したことではありませんわ」
「いやぁ、歌を歌えるなんてのは、才能の一つですよ。セリア嬢の美貌に加えて、歌声と来たら、それは女神様も参ってしまいますなぁ」
「ありがとうございます。歌声は私の武器なのです」
セリアは決して謙遜したりしなかった。孤独な自分の人生で磨いてきた技術が、歌唱だったからだ。容姿も知らない。性格も知らない。それでも、自分が人生をかけてぶつかってきた歌唱を褒められるのは、とても嬉しかったのだ。
それしかないから。
それしか。
「そうだ、ここで歌ってみてはいかがですか?」
貴族の女性が、閃いたような顔でセリアを見た。質素な茶色いドレスを身にまとっている。
「ここで?」
「はい、セリア嬢の歌声が聴いてみたいのです」
「ここは、ちょっと……」
セリアは躊躇った。部屋の中は、物凄く大きいわけではない。ここで歌えば、間違いなく部屋全体に響き渡ってしまう。当然、皆の視線はセリアに集中するだろう。
しかし、それくらいしないと勝てないとも彼女は思った。自分の歌には自信があった。ここで出し惜しみをして、それで負けてしまうかもしれない。負けることは、そんなに問題ではない。だが、パトリドのドレス。彼のドレスをみんなに見てもらいたいという気持ちが、セリアにはあった。負けられないのは自分のためではない。パトリドのためだ。
「少しだけなら、歌唱は出来ますが」
「おお!では是非、聴かせていただきたいものですな」
「少しだけですよ?」
セリアは唇を鳴らした。リラックスした状態で、歌唱の姿勢を取る。歌う前は緊張するものだ。しかし、歌い始めると不思議なことに、緊張など、どこかへいってしまうのだ。
彼女は洋楽を選んだ。誰も知らない言語の曲。歌詞の意味がわからないというのは、感想に影響するが、彼女は実力でそれをねじ伏せようとした。
歌声が響く。セリアの美しく、滑らかな発声が部屋を包み込む。
彼女の周りの貴族たちの表情は、喜びでも感嘆でもなく、無表情だった。それは、あまりにもセリアの技術が高すぎたためだった。凄すぎて、偽りの表情を作る暇もなく、ただただ圧倒されていた。
コーラルも、味わうようにセリアの発声を聴いていた。彼もまた、真顔だった。
「こんな感じです。いかがだったでしょうか?」
周りを見回したセリア。どの貴族も無表情だったので、選曲に失敗したか、と彼女は不安になった。
「いや……」
パツパツの白い礼服の男が呟いた。
「素晴らしいです、セリア嬢。本物に出会うというのは、こういうことなのですな。申し訳ない、まさかこれほどの腕前とは思っていませんでした。いや、その……ありがとうございました」
男は慌てて頭を下げた。セリアは慌ててそれを止めた。
「いえ、聴いてくれただけで、感謝の気持ちです」
「謙虚ですね。いやぁ、素晴らしい……」
男は納得したような表情をして頷いている。
歌声は、セリアの周りの貴族たち以外にも届いていた。そして、セリアの歌唱は凄まじいものだったので、部屋は一瞬静寂に包まれたのだ。
リーリエとフィゲルの耳にも、セリアの歌唱は届いていた。セリアに興味の無かったフィゲルだったが、ベインス家でセリアが見せた、歌の技術にだけは、彼は一目置いていたのだ。
「リーリエ嬢、少しセリア嬢のところへ行ってくる」
「フィゲル様!?どうして、行ってしまうのですか?私とお話を続けてはくれないのですか!?」
「セリア嬢の歌が気になるだけだ」
「うっ……」
リーリエは焦っていた。セリアに対して興味がないと思えるフィゲルさえも、関心を向けさせてしまう、セリアの歌の実力。いや、実力というより、歌は奇跡に近かった。
「君も、多くの貴族たちと話をしなければならないだろう。健闘を祈る」
そういうとフィゲルは、いつも通りにマイペースに、セリアの方へと向かっていってしまった。
取り残されたリーリエの周りには貴族たちがいたが、自分一人になってしまったような心境だった。彼女はセリアを認めたくなかった。
だが、コンテストには必ず勝つ。リーリエは仮面を被ったまま、周りの貴族たちと談笑することにした。流石に切り替えが速い彼女。




