人前でそのような事を言うんじゃない
パーティー会場は、さほど広い空間ではなかった。とはいえ、狭いわけでもない。一般的な貴族のパーティーと言えるだろう。
セリアは参加者達の後ろからついていく形で、ゆっくりと歩いた。周りの態度が気になったからである。
参加者の美しい女性たちは、パーティー会場に入るなり、すぐに集まっている貴族たちの元へと、にこやかな笑顔で歩み寄った。票を手に入れようとしているのが、透けて見える。
リーリエもまた同様に、会場の者たちを観察していた。その中に、一際異彩を放つ男性の姿が見えた。
フィゲル・ブリッツである。セリアが恋い焦がれた相手、金髪に白い礼服、その礼服に繋がれた金色のアクセサリには、一点の嫌味もない。
リーリエは笑顔でフィゲルの元へ向かった。そして、周りの貴族たちは、フィゲルとリーリエの方を見ていた。二人の仲の良さは、貴族たちによく知られているところだ。リーリエは嬉々として、フィゲルに話しかけた。
「フィゲル様!まさかいらっしゃるとは思いませんでした」
「このような催しに興味はないが、どうしてもと頼まれたものでな」
「ふふ、フィゲル様らしいですね。しっかりと義理を守るのも、男らしいと思います。あ、すみません、私、男らしいなどと……」
俯くリーリエ。相手を上げ、自分は謙虚に。隙のない振る舞い。
「構わん。コンテストは、観客からの票も換算されるらしいな」
「よくご存知ですね。そうなんです。だから私、とても不安で……誰も票を入れてくださらなかったら、どうしようかと、怖くて……あ、ごめんなさい。怖くなんてありません。少し、自信を無くしていました……私は大丈夫です。両親のためにも、精一杯頑張ります」
笑顔でリーリエは両手を握った。その笑顔は美しかった。
「健闘を祈る」
「ありがとうございます」
「ところで、セリア・フランティスは来ているのか?」
「え?」
「セリアは出場者なのか?」
「何故、フィゲル様がセリア様のことをお気にされるのです?」
「セリア・フランティスは悪女だと思っていたが……もしかしたら、私の認識が間違っている可能性があるのかもしれないと思ってな」
フィゲルは無表情で語っている。一方、リーリエの顔つきは凍っていた。彼女には健闘を祈る、という言葉だけ。そして、セリアを探しているフィゲルがいるという現実。おそらく、この前の歌唱力が、何か関係しているのであろう。
だが、リーリエは焦らない。この程度で仮面を崩すようでは、リーリエ・ストライドを名乗れない。
「セリア様も参加なさっていますわ。やはり、美しい方ですね」
「容姿と声は美しいがな」
フィゲルは呟いた。リーリエは心の中でガッツポーズ。
『容姿と声』は美しい。つまり、他はてんで駄目だということだ。
焦ることはない。フィゲルと一番仲が良いのは、自分なのだとリーリエは自分に言い聞かせた。
そんな他愛もない話を二人がしている一方、セリアは周りを見回しながら、話が出来る貴族を探していた。会場には、ノイフとソイルもいるはずだ。最悪、二人と話して時間を潰すしか無い。
だが、そのプランは打ち砕かれた。セリアに話しかけてくる貴族がいたためだ。その貴族があまりにも美形で、そして知っている人物だったためだ。
「ごきげんよう、セリア嬢」
「こ、コーラル様!?」
不意打ちに、セリアも驚いてしまった。そう、先日に音楽会を開いた、コーラル・ベインスがパーティー会場にいたためである。
戸惑うセリア。話せる相手がいるのは嬉しい。嬉しいが、相手はセリアに対して、恋愛感情を持っているのだ。そして、それをまんざらでもないと感じているセリアがいた。
気になる点が一つ。セリアの選んだ、パトリドの白いドレスは、どう見えるか。そこが気になった。
「まさかコーラル様がいらっしゃるとは……」
「驚かせましたね、セリア嬢。美しさを決めるコンテストとあれば、貴女はきっと出場するだろうと思ったのです。しかし、そのドレスは美しいですね。貴女より美しいかもしれない」
コーラルは微笑した。その言葉に、セリアは感心してしまった。
彼、コーラルは、悪女であるセリアを好きになってしまうくらいには、見る目がない人物だと言えるが、物を見る目は確かなようだ。パトリドのドレスの良さを見抜いている。それが、なんだか嬉しくて、セリアは心から笑顔になった。
「ありがとうございます。このドレスは、大切な品物なんです。このドレスが私の武器ですわ」
「貴女ならきっと勝てるでしょう。僕は貴女を応援します。どうか、ご健闘を」
コーラルは深々とお辞儀した。家柄ではコーラルの方が上なのに、彼はセリアを壊れやすい宝石のように扱う。
そんなコーラルとセリアの会話を見ていた貴族たちが、二人に話しかけてきた。
「お二人は、仲がよろしいのですか?」
「仲……えーと、そうですね……悪くはないですわ」
セリアがぎこちなく答えた。
「僕はセリア嬢のことが大好きです」
コーラルはさらりと言った。周りの貴族たちがざわめく。
セリアは、馬鹿じゃないのか!と思った。いや、嬉しい、嬉しいのだが、そんな簡単に、公の場で好きと言われても困る。困るじゃないか。
頬が赤くなるセリア。何も言えない。
周りの貴族たちは、セリアの様子を見て、納得したような顔で頷いていた。
「ほう、ほう……まさか悪女と名高いセリア嬢と、コーラル様が」
貴族たちは楽しそうに話し込んでいる。違うんだ。違うんだ。
コーラルもニコニコしている。天然なのか、計算高いのか、わからない。だがしかし、少し、男らしいかもしれない。




