人間の想い
そして、セリアとノイフは、フランティス家の一室にて、ドレスを見学するとこになった。やや広い部屋には姿見がいくつも置かれ、そしてその数が比にならないほどのドレスが部屋に飾ってあった。
セリアは呆然としてしまった。こんなにドレス、いる?と思ってしまったのである。
「どれでも好きなものをご覧ください」
「の、ノイフ、ドレスが多すぎじゃない?」
「いつも通りですが?セリア様はドレスを沢山集めていたではありませんか」
「うぅ……」
確かにその通りだった。悪女のセリアは、ワガママを言いまくって、ドレスを大量に集めていたのだ。なんて贅沢な。
「気に入ったドレスがあれば、おっしゃってください」
「ありがとう、ノイフ。あなたの意見も参考にさせてもらうわ」
セリアは慣れない様子で、ドレスを鑑賞し始めた。
正直、どれも良い品に見える。どれでも良いのはないか、とも思えた。しかし、コンテストに勝つためには、妥協は許されないだろう。
様々な華々しいドレス。豪華絢爛たるその服たちを見定めるセリア。
ドレスについて特徴的だったのは、どれも『派手』だったことである。それが、セリアに違和感を与えた。セリア・フランティスは、美しく長い黒髪。それに特徴的な赤い瞳。素材はとても優秀なのだ。だから、ドレスを豪華にしてそちらの方が目立ってしまうのは避けるべきだと思った。
そういう視点でドレスを探した。しかし、どれも派手で、目当てのものは見つからない。
その時、セリアの視界に、白いドレスが目についた。
飾り気のないドレス。主張の少ないドレス。だが、その白いドレスは、セリアの目には他のどのドレスよりも高貴さが感じられ、彼女は惹かれるようにそれを手に取った。
「ノイフ、このドレスを着てみたいわ」
「かしこまりました」
ノイフは慣れた動きで、セリアの着替えの手伝いをしてくれた。
白いドレスを身をまとったセリア。そして、姿見を見る。
鏡に映ったセリアの姿は、とても美しかった。髪の毛とドレスのグラデーション。それに、派手さは一切ない。慎ましいドレスだった。
シンプル。だが、それでいて華麗。セリアはそのドレスに、完全に心を奪われた。
「ノイフ、このドレスに決めたいのだけれど」
「セリア様、申し上げにくいのですが、もう少し派手な服を選んでみてはどうでしょうか?」
「派手だから良いってものじゃないわ。このドレス……気迫のようなものを感じるの。一体、誰がこんなに素敵なドレスを作ったのかしら」
「そのドレスは確か、パトリドという服職人が作った物だったと思います。押し売りに来たので、よく覚えております。確か、セリア様のような美人に、この服を着てもらいたい、というようなことを言っていたと思います」
「パトリド……その人と連絡はとれるかしら?私、もうこのドレスに決めたわ。ごめんね、ノイフ。私の直感を信じてちょうだい」
「すべてを決めるのはセリア様です。パトリドと連絡は取れると思います。確か、連絡先を告げていったはずです。家の者に探し出してもらいます」
「ありがとう、ノイフ」
セリアはもう一度鏡を見た。自分の容姿とよく似合う、完全な服。
この服を一言で表せば、謙虚。その言葉が一番相応しい。
「パトリドと連絡が取れたら教えて頂戴」
数日後。コンテストまでは、まだ余裕のある日常の中。
自室で紅茶を飲み、本を読みながら世界のことを勉強しているセリアの元に、ノイフがやってきた。
「セリア様、今よろしいですか?」
「何かあった?」
「服を作った、パトリドと連絡が取れました。今日、この家まで訪れるそうです」
「それは良かったわ」
セリアは笑顔になった。本心だった。あのようなドレスを作れるパトリドに関心があったからだ。
「身だしなみをもっと整えないとね。ノイフ、手伝って」
「かしこまりました」
ノイフも笑顔でセリアの手伝いを始めたのであった。
フランティス家の応接室。ソファがテーブルを並んで置いてあり、テーブルの上には紅茶と茶菓子。左右の壁に飾られた絵は、平民では絶対に手の届かない額の品物だ。
左側のソファにセリアが座っており、正面にはパトリドが座っていた。
パトリドは、ひどく背の小さい男、老人だった。目は落ち窪んでいる。顔はシワだらけだ。髪の色は真っ白に染まり、姿勢は悪く腰が曲がっている。だが、服職人だけあって、着ている黒のスーツは上質な雰囲気を漂わせていた。
セリアはパトリドに、コンテストがあること、そしてパトリドの作った白いドレスで出場したいという旨を伝えた。
その話に、パトリドはとても驚いていた。神様でも見たかのように。
「せ、セリア様。それは私といたしましても、大変嬉しく思います。あのドレスは、私の最高傑作だと思っているのです。もう大分、年を取りました。あのような服は、もう二度と作れないでしょう。しかし、弱点もわかっております。あのドレスには、派手さがない。コンテストに着ていっても、いいものなのでしょうか」
狼狽しているパトリド。
それを見て、その言葉を聞いて、セリアは心の中で微笑んだ。
正解。このドレスを選んだのは正解だった。パトリドの態度でわかる。やはり、謙虚だ。
「是非、あのドレスで出場したいのです。私は悪女として知られていますが、やましい気持ちはありません。ただ、あのドレスが綺麗だっただけです」
「セリア様」
パトリドはセリアの言葉を受け、俯いた。そして、その目からは涙が溢れている。
「申し訳ありません。男が人前で泣くのは、恥ずかしいことなのに」
「構いませんわ、パトリド様。私としては、あのドレスを着るからには、優勝したいと思います」
「生きてきて良かった……。セリア様、どうか、あのドレスを仲間として、連れて行ってください」
「ありがとうございます。さ、紅茶が冷めてしまいますよ」
微笑しながら、セリアはカップを手に取った。
パトリドの方は、心から感動していた。彼の作った白いドレスは、人生を懸けての一作と言ってもよかったものなのだ。
彼は年老いていき、そして、大事な一人娘を無くすという、悲しい出来事に襲われた。嘆いても一人娘は帰ってこなく、彼は服を作ることも諦めて、ただ悲しみに浸っていた。
そんな人生の中、絶望から、ほんの少しだけ抜け出したパトリドは、服を作ることにしたのだ。その完成品が、あの白いドレスだったのだ。
娘が生きていたら、どんなドレスを好むだろうか。そう考えながらパトリドは、熱心にドレス作りに励んだ。そして、服が完成したのである。
一人娘はもう帰ってこない。だが、完成した白いドレス。その服を、美しい人物に着てほしかった。そして、セリアはパトリドのドレスを着て、大舞台に出ると言ってくれた。
感激だった。彼の涙の所以はそこにあった。




