歌声の残花
一階から二階へと昇っていったセリア。二階で、ノイフとソイルの姿を探した。
しかし、妨害があった。二階の客席で音楽鑑賞をしていた貴族たちが、セリアを取り囲んでいたのであった。リーリエは客席に座ったままである。
「セリア様、とても美しい歌唱でしたわ」
「どのように、あのような歌を歌えるようになったのですかな?」
「今度、我が家のパーティーで是非、歌っていただけませんか?」
「本当に感動しました」
セリアを取り巻き、称賛する貴族たち。セリアは苦笑してしまった。なにも、そこまで褒めなくても……という思いだった。しかし、悪い気はしない。
だが、悪女であったセリアが、いきなり人格が変わると、流石に変な話になるのかもしれないな、と彼女は思った。そう考えた上で発言した。
「私は悪女ですので、他のパーティーで歌うなんて御免です。今回の件は、アクシデントのせいです」
そう言って、セリアは客席に座っているノイフとソイルの元へと向かった。周りの貴族たちは唖然としている。
リーリエがセリアを見ていた。表情こそ、仮面のように無表情だったが、その心の内では、嫉妬という感情が煮えたぎっていた。きっと、セリアに嫌味を言われるに違いない。
だが、セリアはリーリエを無視して通り過ぎ、侍女とメイドの元に向かったのだった。
それがリーリエのプライドを刺激した。フィゲルを巡るライバルであるリーリエを無視して、力を誇示することもなく、視界に映っていないかのように振る舞われたからだ。
彼女は苛立っていた。容姿だけの女。容姿だけの女。現実は……。
リーリエは勢いよく客席から立ち上がった。そして、逃げるようにその場を後にした。彼女が二階から離れていく中、自分を取り囲んでいた貴族たちは、セリアの方を取り囲んでいた。一方的なリーリエの想像だったのだが、彼女は勝手にセリアを恨んでいた。
調子に乗るなよ、セリア。そんな言葉がリーリエの頭の中を巡っていた。
セリアは、ノイフとソイルに合流し、ベインス家から離れようとしていた。多くの貴族たちに囲まれ、その場を抜け出すのに苦労したセリアであったが、冷たい態度を周りにとることで、包囲網を突破した。
今、セリア達はベインス家の廊下を歩いている。
「セリア様、何故あのような歌唱を?」
ノイフが嬉しそうな表情で語りかけた。その嬉しそうな表情は嘘偽りでもなく、心の底から、セリアが活躍してくれて嬉しかったという気持ちの現れだった。
「実は、誰にも見られないように特訓していたのよ」
本音半分、嘘半分の答えをセリアはした。特訓をしたのは本当だ。ただし、前世の話である。
歌だけが心の支えだった。
プロになれるって思ってた。
家族は認めようとはしなかった。
孤独な歌。
孤独な。
「あの歌唱力ならば、先程も話されていた通り、他の貴族たちが黙ってはいないと思います」
ソイルは微笑しながらいった。セリアに対する恨みが消えたわけではないが、決して許さないわけでもなかった。
「ソイルの言う通りです。あの力があれば、セリア様を見る周りの目は変わります」
「ノイフ、周りの目を気にする必要があるかしら?」
「あります。この貴族社会で生きていくためには、何かの長所が必要です。私はセリア様の将来を案じています。しかし、セリア様の容姿に加え、歌唱の力があれば、二つ柱となって、セリア様の将来を輝かしいものにするでしょう」
「将来、ね」
呟いたセリア。そこで何故か、彼女の脳裏にコーラルの姿が浮かんでしまった。
首を振るセリア。歌ったことで興奮しているのだと、自分に言い聞かせた。
歩いていき、廊下を右に曲がった。入り口まで辿り着こうかというその時、セリアの目が人影を捉えた。その人物は金髪。フィゲル・ブリッツだった。
「あら、フィゲル様。いらっしゃったのですね。音楽会の会場はいらっしゃらなかったようですが」
「一階の別室で見ていた」
「リーリエ嬢は二階にいましたよ?一緒にいてあげなかったのですか?」
「人にはそれぞれ事情がある。貴女の歌唱は、素晴らしいものだった……それは認めよう。しかし、私は貴女のことが好きではない」
「あ、ええ。それで構わないのですが」
セリアは首を傾げた。理屈はわかる。今までのセリアは、フィゲルに散々すり寄っていたのだ。だから、セリアがフィゲルに好意を持っているという前提で話が進むのも無理はない。
だが、今のセリアは、彼のことがまったく好きではなかった。確かに、見た目はかっこいいと思うが、それだけだ。話も下手そうだし、人を昆虫扱いする発言もどうなのかと思ったのだ。
一方、フィゲルは戸惑った。今まで感じてきた、セリアのアプローチをまるで感じない。今まで好意的に接されることに慣れていたので、セリアの淡々とした態度は彼を翻弄していた。
「貴女は私のことが好きではなかったのか?」
「別になんとも」
笑顔のセリア。
「私に纏わりついたり、リーリエ嬢に嫌がらせをしたのはなんだったのだ?」
「気まぐれです。何か用事がありますか?私達はもう帰りたいのですが。道を開けてくださいますか?」
セリア淡々と語っている。フィゲルはセリアの歌唱を聴いて、なんと美しい歌声なのだろうと思った。魅了されるほどに。それに、セリアは容姿も美しい。
「その……貴女に冷たく接したことを謝りたい」
「結構です。なんとも思っていませんので。道を開けてください。これ二回目ですけど大丈夫ですか?」
セリアの背後にいるノイフとソイルは、内心笑っていた。しかし表情には出さない。だが、フィゲル・ブリッツを困惑させているセリアを爽快に思っていた。
「……失礼した」
フィゲルが道を開けた。憂いの表情。
「後でリーリエ嬢にお会いになられるといいと思いますわ。お二人共、お似合いですから。それでは、私達はこれで」
セリア達はフィゲルに頭を下げ、颯爽とその場を立ち去った。
その場に取り残されたフィゲル。その心には、セリアの歌声だけが残っていた。




