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悪役令嬢の終わりは歌  作者: 夜乃 凛
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圧倒的

 二階の客席はまだざわついていた。何も起こらないからだ。ベインス家はいったい何をやっているのか。待たされるのが嫌いな貴族たちは苛立っていた。

 リーリエも不機嫌だった。フィゲルの姿は見えないし、待つのも嫌いだったのだ。


 しかし、変化があった。一階にコーラルとセリアが姿を現したのだ。


「(セリア・フランティス……?)」


 リーリエは驚いた。確かに先程、どこかへ行ってしまったセリアだったが、何故一階に出てくるのか。


「皆様、申し訳ありません!大変長らくお待たせいたしました。これより、セリア・フランティス嬢による歌唱を披露いたします」


 二階の貴族達に向けて、優雅に頭を下げるコーラル。セリアは凛として演奏場の中央に立った。

 貴族たちがざわめいた。


「あのセリアが歌唱を?」

「悪女と名高い女が……」

「コーラル・ベインスは何を考えているんだ?」


 叩かれる陰口の数々。しかし、ノイフとソイルは真剣な眼差しでセリアを見つめていた。

 一方、リーリエは困惑していた。あの無能女が何故、歌唱の役目を担うのか。

 わからなかった。だが、楽しみが一つ増えた。それは、貴族たちの目の前で、セリアが恥をかく瞬間が見れるということだった。

 笑顔になったリーリエ。形ばかりの拍手を一階へと送る。


「コーラル様、よろしい?」


 赤い瞳のセリアはコーラルに尋ねた。コーラルは力強く頷いた。


「ご静聴願います」


 コーラルの一声。

 静まり返る場。

 そして、セリアは歌い始めた。

 透き通るような声。観客の間を抜けていく声。

 歌唱を続けるセリア。誰も声を出さない。それは、圧倒されていたからだった。美しき歌の声は、貴族たちが聞いてきた歌唱の何よりも優れていた。美しかった。

 リーリエ・ストライドも黙っていた。何も言えなかった。只々、目の前に存在する才能という巨人に身を震わせていた。

 言語が違っても、歌の力は届く。セリアは前世で培った、努力の結晶の歌の技術で、観客たちを魅了した。

 セリアが口を閉じた。それは歌唱の終わりを意味する。

 コーラル・ベインスは感動していた。目の前のセリアの才能に。歌唱する時の、堂々とした態度に。

 歌唱を終えたセリアが、二階に向けて一礼。そして、名残惜しさなどないように、その場を颯爽と立ち去った。

 二階の客席からは拍手。座って鑑賞していた貴族たちは、揃って立ち上がっていた。称賛の声が会場に響き渡った。


「あの歌は一体なんなんだ?」

「セリアにあんな特技があるなんて」

「おい、今度セリア・フランティスをパーティーに招き入れろ」

「実は悪女なんかじゃないんじゃないか?」

「素晴らしいとしか言えないな」


 貴族たちの話し声。皆、興奮している。客席にいたノイフとソイルもまた、セリアの行動と実力を目の前にして驚いていた。

 そして、呆然としたようなリーリエの表情。青い瞳は輝きを失っていた。

 彼女は思った。ありえない。あの無能のセリアが、こんな才能を持っているなんて知らなかった。貴族たちの目の前で恥を晒すという彼女の想像とは裏腹に、現実は貴族たちが、揃ってセリアを称賛している。そして、リーリエ自身も思ってしまった。

 格が違う。あの歌に勝つことは出来ない。

 唇を噛みしめるリーリエ。

 馬鹿にしていた人間の方が、格が上。その表情は苦痛に歪んていた。



 一階の舞台裏。舞台裏に待機していたベインス家の者たちは、こぞってセリアを称賛した。セリアは苦笑しながらそれらの称賛に応えた。


「お役に立てたならば、何よりですわ。ベインス家が恥をかくことなど、見ていられませんもの」


 そういったセリア。彼女の心のなかには高揚感があった。前世では、こんなに多くの人前で歌える機会はなかった。

 自分の努力。

 人から認められたかった自分。

 孤独だった人生。

 それが、こんな形で歌を歌えて、自分の力を発揮できた。人前で歌うとは、こんなにも気持ちが良いものなのか。


 不思議な高揚感に包まれているセリアの後を追って、コーラルが彼女の元へやってきた。


「セリア嬢、素晴らしかったです。礼を言わねばなりません。本当にありがとうございました」


 頭を深く下げるコーラル。ベインス家の方がフランティス家よりも格が上なのだから、こんなにも律儀に頭を下げる必要はないのに、コーラルは感じながら深く頭を下げている。

 それが、なんだか可笑しくて、セリアは微笑した。


「一つ、貸しが出来ましたね、コーラル様」


「なかなか返すことが難しい借りですね」


 コーラルは笑ってしまった。貸し、と来るとは思ってもみなかった。


「すぐに返すことは出来ますよ?」


 セリアは微笑した。


「どうやって?」


「私のことを好きになってはいけません」


「それは無理です」


「言い切りますね」


「当然です。貴女と話した時から、貴女を想っていたのです」


「気持ちは嬉しいです。しかし、私は悪女なのですよ。人に迷惑をかけることでしか生きられない、自分勝手な人間なのですよ」


「そんなことはありません。今だって、僕を助けてくれた」


「それは、見捨てておけなかっただけです」


「その感情は、優しさなのではありませんか?僕を助けても、貴女に得はない。それなのに、貴女はステージで歌ってくれた。それが優しさ以外のなんであるというのですか?」


 コーラルは引き下がらない。セリアは、優しさという言葉に強く反応した。

 見捨てておけなかっただけ。

 しかし、コーラルの言う通り、セリアは人として他人のために行動したのだ。それは確かに優しさなのだと思った。


「優しさがあろうとなかろうと、コーラル様は私と恋仲になっても、不幸になるだけです。私の噂話は、よくご存知のはずです。どれだけ悪行を重ねてきたか」


「関係ない」


 コーラルは力強く言い切り、セリアの顔の前に接近した。

 驚くセリア。距離が近いので、顔が赤くなってしまう。コーラルの力強さは、男性そのものだった。


「そんなに近寄らないでください」


「失礼。しかし、僕の意志は変わりません。貴女が悪女であろうと、僕はあなたのことが好きです」


「もう……」


 セリアはため息をついた。まったく、熱心な男である。コーラル・ベインス。

 彼女は諦めて、撤退しようとした。


「話が平行線ですね。わかりました、今は何も言わずに立ち去ります。よろしい?」


「はい。今日は本当に、ありがとうございました。しかし、最後に一つ質問があります」


「なにか?」


「また、会えますか?」


 真顔のコーラル。それを見て、セリアは笑ってしまった。まるで小動物のようだ。いじらしい面があるではないか。


「貴方が望めば会えるかもしれませんね」


「安心しました。セリア嬢、お元気で」


「そちらこそ」


 コーラルは微笑していた。セリアは二階のノイフとソイルに合流するために、その場を立ち去った。

 立ち去る最中に、セリアは思った。コーラルと話していて、何故かドキドキしている自分がいる。顔が接近してしまったせいだろうか。そうに違いない。そう、自分に言い聞かせる彼女。

 いずれにせよ、一時の感情だろう。セリアは自分の心に芽生えた感情を認識出来ずにいた。

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