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悪役令嬢の終わりは歌  作者: 夜乃 凛
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彼女の武器

 黒い礼服を身にまとった執事が客席のほうへとやってきた。何かの連絡のようだ。


「皆様、今日はお集まりいただき、本当にありがとうございます。すぐに、ベインス家の演奏が始まります。どうか、ご静聴ください」


 執事は深々と頭を下げた。会話に花を咲かせていた貴族たちも、各々の席へと座り込んだ。

 セリアも席へと座った。彼女の位置から、一階の様子がよく見える。コーラルの姿も見える。

 静まる空間。その静けさは、ベインス家の演奏を待ちわびているようだった。

 そして、一つの音が聞こえる。その音は初めとして、美しい音色が一階から聞こえだした。

 美しい楽器達。洗練された演奏者。それらによる美しい演奏が、観客達の耳に染み込んでいく。

 申し分ない演奏。セリアはコーラルの方をちらりと見た。彼もまた、洗練された演奏をしている。

 何故かコーラルの方ばかりを追いかけていることに気づいたセリアは、少し顔を赤くした。恥ずかしい。好きと言われたくらいで、意識してしまう。


 音楽会は順調に進んだ。見事な演奏が終わり、一区切り。その空白の時間に、客席から拍手が巻き起こった。

 貴族たちは満足している様子だった。耳が肥えているのかもしれない。セリアが聞いても、圧倒的な演奏だった。


「素晴らしいですね。この後の歌唱も楽しみですね」


 リーリエは左隣のセリアに話しかけた。


「歌唱?」


「そうですよ。なんでも、有名な歌手が、美しい音を披露してくれるそうです。それを楽しみに待っている貴族たちも多いと聞きます」


「そうなのですね」


 セリアは頷いた。そして、大いに関心を持った。

 この世界での歌唱。一体、どんな歌を聴かせてくれるのだろうか。彼女の好奇心はそこに向かっていた。

 一方、リーリエは気に入らなかった。音楽に夢中といった様子のセリア。自分のことなど、眼中にないかのようだった。前は、会うたびに因縁をつけられたり、嫌味を言われたりしたのに。そして、それを軽くいなすのが楽しかったのに。

 だが、すぐに心を平静に戻した。どうせ、容姿しか取り柄がない女なのだ。放っておけば良いではないか、とリーリエは思った。


 一階では、演奏家たちがひと仕事終えて、その場で待機していた。歌手の登場を待っているのだろう。

 セリアは興味津々で一階を見つめていた。そんな時、一階のコーラルが、二階のセリアの方を見た。

 交差する目線。とても距離はあるはずなのに、セリアは慌てて目を離してしまった。

 少し頬が赤らむセリア。もう一度だけちらりと一階を見ると、まだコーラルはセリアの方を見ている。笑顔を向けていた。

 たくさんの貴族達がいるのだから、他の誰かに向けた笑顔かもしれないとセリアは思ったが、確実にあの目線と笑顔は、自分に向けたものだとセリアはわかってしまった。そして、恥ずかしかった。あんな、太陽のような笑顔を向けられたら、女としては困る。駄目。駄目ですよコーラル、こんな悪女を好きになっては。彼女は心底そう思った。それと同時に、逆らえない心の高鳴りは、確実に感覚として染み渡っていた。


 演奏家たちが演奏を終えて、大分時間が経った。二階の客席は、大分騒がしくなってきた。それは、貴族たちが『待たされていた』からであった。一階の様子に変化はない。だが、その変化がないということが問題だったのだ。歌手が現れないのだ。一階のコーラルは焦ったような表情を浮かべていた。二階のリーリエは無関心。フィゲルを探しているのか、周りをきょろきょろと見回していた。

 セリアは、なんとなくだが、コーラルに事情を聞きたいと思った。何か事故があったのなら、二階にいる貴族たちに説明出来ると思ったからだ。


「ノイフ、ソイル、私はちょっと一階へ行ってきます。あなた達はここに居て」


「かしこまりました」


 頭を下げるノイフ。ソイルも頭を下げていた。今のソイルは、セリアに対して頭を下げることに屈辱を感じてはいなかった。


 セリアは急ぎ階段を駆け下りた。一階にいるコーラルに会うために。

 階段を下って、演奏場の裏手にある控室に入った。控室には大量の箱や、楽器の整備に使われるだろうと思われる機材が並んでいた。

 その控室にコーラルがいた。セリアは一直線にコーラルへと駆け寄った。


「コーラル様、何か問題でもあったのですか?」


 その言葉に気づき、コーラルはセリアの方を向いた。短い茶髪が相変わらず絵になっているコーラル。


「セリア嬢……」


「なにかあったのです?」


「はい。歌い手の者が、思うように声が出ないと言っていて……このままでは、この演奏会の目玉である歌唱が披露出来ません。集まってくれた方々に、なんと詫びればいいのか……」


 コーラルは見るからに焦っていた。その焦りを見て、セリアは思った。助けたい、と。


「歌い手の方の体調不良だけが問題なのですね?」


「そうです」


「では、私に歌わせていただけませんか?」


「え?」


「私、歌唱には自信があるんです。コーラル様に恥をかかせたりしません。上手に歌うことなんて、容易いことですわ」


 セリアは優雅に微笑んでみせた。そして、頭の中は回転していた。歌いきれるだろうかと。この国の言葉では歌えない。必然、前世で培った歌を披露することになる。だが、不安な点もあった。悪女であるセリアが、いきなり私が歌います、などと言っても、コーラルには信じてもらえないだろうと。


「是非お願いします、セリア嬢」


 コーラルの言葉には少しの不安もなかった。頼りにするような目でセリアを見ていた。セリアの言葉を疑ってかからなかったのだ。そこにあったのは、絶対の信頼のみ。


「お任せください」


 連帯感。その言葉こそが相応しかった。


「お一人で歌われるのですね?演奏はいりますか?」


「はい。演奏も結構です。私一人だけで歌います」


「ありがとうございます」


「どういたしまして」


 二人共笑顔になっていた。そして、くすくすと笑う。

 可笑しい。子供の時に戻ったかのようだと、セリアは思った。一方、コーラルはセリアの気遣いに痺れ、もっとセリアのことを好きになったのだった。


「貴族の方々を待たせるわけにはいきませんね。さあ、行きましょうか」


 軽く唇と舌を鳴らせたセリア。その足は既に演奏場へと向かっていた。それを追い抜き、コーラルが先導する形で、二人で演奏場へと出た。

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