物の中心にいる者
これは、うちのじいちゃんが聞かせてくれた、恐ろしい話だ。
その、じいちゃんの話というのは――。
「物の中心というところには、人間以外の者がおる。空間の真ん中、ちゅうところだわな。真ん中が無い場所でも、ぐるぐると回ることでその回った中心が真ん中になる。部屋のド真ん中に寝る人はそうそうおらん。落ち着かんからな。なぜ落ち着かんかというとそれは、真ん中というのは人のいる場所でなく、神様のいなさる場所だからだ。だから廊下の真ん中は歩いてはいけない。神社でも、鳥居をくぐるときは鳥居の端をくぐらんといかんよ。だって真ん中は神様が通るところだからな。そういえば、神社といえば、おれが、このジジイが子供時分のとき、とんでもないいたずらをした子がおってな。小学校で同級の、大ちゃんという奴がおった。ひょうきんな奴でな、よくみんなを笑わせようとしてくれるんだけぇど、度が過ぎることがよくあったわ。その大ちゃんがな、ラジカセを買ってもらったってはしゃいどるときだった。当時は高かったな。いかつくて、おっきなラジカセは、昔の小学生からしたら格好のいいもんで、憧れだった。ある日、大ちゃんはな、そのラジカセに、自分の声を吹き込んだのよ。もうカセットなんて使わんけど、ラジカセちゅうのは、カセットに声を録音できるんだわ。じいちゃんもよく、ラジオで好きな曲が流れると録音したもんだわ。そんで大ちゃんの話な。大ちゃんはあるとき、ラジカセに自分の声を吹き込んで、神社までラジカセ担いでいった。たしか、小学5年の夏休みだったわ。いつもの遊び仲間5人で、神社で遊んでいた。夕方帰る時、なんでそんなことをしようと思ったのか、境内の真ん中にラジカセを置いて、自分の吹き込んだ声を流し始めた。男のあれの名前だの、品の無い言葉をただ口に出しているだけの、まことにくだらん内容だった。大ちゃん、そのラジカセを置き去りにして、そのままおれたちと帰ってしまった。夜中に、大ちゃんの母ちゃんから電話があってな。まあ、これはただごとじゃないとすぐわかったんだが。『大の様子がおかしいから、すぐに来てくれ』と、電話に出た、おれの母ちゃんから聞いて、大ちゃんの家に飛んで行った。大ちゃんの家にあがるなり、震えが来てしまった。大ちゃんがもう、人の姿じゃなかったんだわ。四つん這いのような、寝そべるような恰好で、床に這っておった。指先や足は、縮こまって、妙にこわばっていたし、目ん玉は自分の額でも見ようとしているぐらい上に向いていた。それになにより恐ろしかったのは、獣のように唸っていたことだわ。ひょうきんな大ちゃんでも、これが演技でないことはわかった。その場の雰囲気が異様だったからな。おれは、大ちゃんのカカアに昼間の出来事を話した。大ちゃんが神社にラジカセを置き去りにしたこと、下品な言葉を吹き込んだ声を流したこと。大ちゃんのカカアは、『それだわ!神様のいるところでふざけたもんで……』と泣きそうな顔をした。夜が明けてすぐに、大ちゃんのカカアは大ちゃんをその神社に連れて行った。神主に事情を話したそうな。神主は大ちゃんを引き取って、そのまま奥へ引っ込んだ。次の日、神主のお祓いのおかげで、大ちゃんはなんとか人間の姿を取り戻したそうだ。神主が言うには、神様ではなく、犬や猫や、その他の動物霊がくっついた霊が大ちゃんに乗り移ったらしい。その霊の中心的な存在が飼い猫の霊で、人に大事にされたことがある猫の霊だったそうだからなんとか許してくれたそうな。大ちゃんがラジカセに吹き込んだ言葉の中に、そういう霊を怒らせる言葉があったのだそうなんだな。だから、神社やお寺では、決してふざけてやってはいけないことがあるんだと知ったわ。そいで後日、大ちゃんがどんなことを吹き込んだのかとみんなでカセットを再生してみたんだ。まあ、最初に聞いた通り、下品な言葉を淡々と口にする大ちゃんのみっともない声が流れてきた。でもな、その声の後ろで、獣のような低い唸り声がずっと聞こえていた。地獄の底から響くような唸りだった。最初に聞いたあのときは、そんな唸り声なんぞ入っとらんかったのにな」