天使との出会い
「………うへぇっ」
"移動"とは人が偉大な発明の一つである。
まだ2本足で歩くだけの遠い昔。そんな時代から人はいかにして効率よく"移動手段"を探し、見つけ、作り出してきた。
そんな偉大な発明を使わずに僕はいま歩いている。
なんてことはない。お金がないのだ。
移動手段である電車も、タクシーも使えない。
レンタルな自転車さえも使えないほどにお金がない。
ここから家まではまだ10キロ先だ。この線路沿いをもう2時間も歩いているのだがたどり着く気配はまったくない。
「こんな、ことだったら…帰りの金まで……残しておけば……」
金がないのには理由がある。
簡単だ。カッコつけて後輩に奢ってしまったからだ。
酒の勢いとは怖いものだ。明日になれば給料日。だから残りの金を使っても問題ないと判断して奢った。
それが間違い、なんで帰りための金を残さないのか??
本当に過去に戻れるなら戻りたい。そして俺を殴りたい。
そんなことを何度も何度も考えてはハァーとため息を付きながら歩く。
何処かで寝ればいいというわけではない。いまは冬。寝たら死ぬ。
いま歩いているから少しは身体が温まっているが手足がヤバい。
「これ……マジで、ヤバい……」
もう3時間以上歩いているから酒も抜けている。
ポカポカしていた身体はとっくの前に冷めきっている。
風が吹くからも多少温もっていた身体も冷え本当にヤバい。
それにもう身体もクタクタなのだ。正直休みたい。
だがここでヤスンだら間違いく凍死する。それは嫌だ。
「……早く、家に………帰りたい……」
もうハッキリとした意識もなく、ひたすら歩く。
視界も悪い中でチラつく雪がもうヤバさを更に強めていく。
ふらふらと酒によるふらつきに似た症状を感じながらも歩くしかない。
そしていつの間にか、意識は遠のいていき……身体が…軽く………
「…………へっ??」
気づいたらなんか雲の上にいた。
………ぇ。これって、やっぱり………死んだ??
ま、マジかあぁ……し、死んじゃったのかよ……
あまりのことに頭を抱えて落ち込んでいると
「あの〜大丈夫ですか…??」
その声が目の前から聞こえた。
さっきまで誰もいなかったはずだが確かに聞こえた。
ゆっくりと顔を上げてみるとそこには天使がいた。
頭に輪っかがあり、背中には羽根、純白のドレスを着た綺麗な天使がいた。
「…………死んだんですよね??」
「えぇ…そうですけど……受け入れるの速くないですか??」
「目の前に天使ですよ。おじいちゃん風の神様とかより信憑性があります」
「アハハ……ちなみにその神様は私のおじいちゃんです」
「マジですか!?」
「もちろん嘘です」
「…………」
「…………」
「ここって地獄ですか??」
「お茶目なジョークじゃないですか!信じてくださいよ!!」
死んでるのは信じるけど、その死んでいきなり天界ジョークみたいなものを言われても正直あまり笑えない。
しかしたったあれだけで涙目になるぐらいの天使。
そこは間違いなく天界であり、目の前の天使は天使みたいだ。
「それでご要件は??」
「あぁ。そうでした。朝霧 海さん。"転生"に興味はありませんか??」
転生。それってライトノベルでよくある"異世界転生"というやつか?
それはもうそういう話、というか展開は大好物ではあるけど…
「特典とか、スキルとかって、貰えます??」
「えぇ。ただ朝霧さんが選べませんが……」
「選べないんですか??」
「あまりにも強すぎて人格が変わったりとか、世界を救うはずが滅ぼす側に回るとか………色々ありまして……」
それを言われるとかなり覚えがあるな…ライトノベルだけど。
となると、その特典次第になるのかなー
「どんなものかは聞けますか??」
「それは大丈夫です。もう決定してますので。えーと朝霧さんは……、"MOVES"ですね」
「…………なんですかそれ??」
全然ピンとこない。
"ムーヴス"??確か日本語だと"動く""移動"とかだったかな??
「移動しただけポイントが手に入りますので、そのポイントで色んなものと交換できるスキルです」
「………。それだけ??」
「はい。それだけです」
…………。そんなハッキリ言われるとなんか言いたかったことが出てこないというか………。
しかしこれからお世話になるスキルだしちゃんと聞いておかないと。
「えーと、このスキルって僕が死ぬ前にやっていたことが反映されてる……みたいな」
「ですね。朝霧さんの魂に一番濃ゆく残っているものから選ばれたスキルですので」
そりゃ、死んだ理由ってきっとずっと寒い中歩き続けて疲れ切っての凍死みたいなもんだとは思ったけど…
「それって俺TUEeeeeeって、みたいなものですか??」
「うーーん……初めてみるスキルですのでなんとも……」
「交換できるものって、なんですか??」
「それも、言ってみないと……分かりません……」
つまりは、運任せかよ……
さすがにこれは堪えたカイ。思わず膝をおり両手を地面について落ち込んでしまう。
「で、でも!他の異世界に比べて比較的危険性は少ないところですので!」
「……でも、危険性はあるんですよね??」
「…………魔王は、いますね……」
「すみません。リタイアで」
「待って下さい!考え直して!!」
いや、そんな運任せで魔王は倒せないよ。
そんなに気楽に倒せる世界なら勇者が魔王を倒してよ。
しかしなんか必死になって転生させようとする天使。
……もしかして、なにかあるのか??
「あの〜天使さん」
「リリィって呼んでください」
「リリィさん。なにか隠してます」
「……なんのことですか??」
なんかちょっと間が空いたよね。
つまりはあるんだろうなー。きっと話さないだろうけど。
しかし異世界にいって移動すればポイントがつく。
その分だけポイントで何かと交換かぁー
「僕、魔王とか倒しませんよ??」
「それは大丈夫です。勇者がしますので」
「それ僕が異世界にいく意味ありますか??」
「朝霧さんには"世界を救う"ではなく"世界を変える"をしてもらいたいのです」
世界を救うじゃなくて、世界を変える??
……いい方の違いみたいに思うんだけど……
「魔王だけじゃないんですよ。人間同士の争いとか、流行病とか、天災とか、魔物とか、あげたらきりがないぐらいに変えてもらいたいものが沢山あるんですよ」
「いや、そんなに変えられない……」
「もちろんできる範囲で大丈夫ですので。そこの世界にも他の転生者はいるので仲良くしてください。あっ、なんかトラブルを起こしそうな転生者がいたら教えてください。状況次第ではその世界から退場してもらいますので」
なんか色々あるんだな異世界にも。
どの世界にも争いや病気や災害、起きてほしくないものは必ずあるんだな……
「でも、教えてくださいって、どうすればいいんですか??」
「教会とかで私に会いたいと祈ってください。そしたら会えます」
「分かりました。でも僕が他の転生者から通報されるかもですね」
「それはないですよ。これ、朝霧さんだけしか教えてませんから」
その言葉に固まる。うん?いま、なんて言った??
僕しか教えてないって、それってつまり……
「僕に他の転生者の監視をしろってことですかッ!?」
「え、ええーと………てへぇ」
「いや、それじゃ誤魔化せませんよ……マジか……」
だから転生してくれって言ってきたのか…
そしてその異世界には少なくとも一人は問題児みたいややつもいると…
でも、勝手にその異世界から退場させられないからこうして監視役が欲しくて…、ってところか……
「まぁ、いいですけど…見返り。ありますよね??」
「もうー天使に脅迫なんてメッ!ですよ」
「可愛くやらなくてもいいですので、どうなんですか??」
「なんかドライになってきましたね…」
そうなる原因を作ったのは誰ですか??
……まぁ、魔王を倒すより転生者を監視するほうがまだ気が楽だ。
それなら、まぁ、異世界に行ってもいいかなーと思った。
「でもそうですね。やることが他の転生者より多いのは間違いないですし……特別ですよー」
「本当にくれるんですか??」
「これもランダムですけどもう一つスキルを付けます!」
おおっ!これならもしかしたらなんとかなるかもしれない!
するとリリィの掌からキラキラ光る本が現れて風も吹いていないのにペラペラとページが捲れていきあるところで1ページがピン!と立ち止まった。
「えーーと……"日によって運気の上昇が変化"するスキルですね」
「…………………やっぱり止めていいですか??」
「これ私のせいじゃないですよ!!」
それでもまぁ、運気が上がるならまだいいか。
それにこれ、上下するじゃなくて上昇だけなら常に運はいいだろうし。
とにかく運によるトラブルは回避されただけマシかな。
「じゃこれでお願いします」
「い、いいんですか??」
「リリィさんもどうしようもないなら仕方ないですよね」
「よ、良かったよ〜!本当にありがとう!!」
なんか泣きそうになっているリリィをみるとこっちが申し訳ないように感じる。まあ、ここまて良くしてもらえたし魔王を倒さなくていいなら結構のんびりと異世界を満喫出来るかもしれないし。
「それじゃ異世界に送りますね。他の転生者のことお願いします」
「ちなみにどこにいるとかは……」
「それは大丈夫です。転生者同士引かれ合うのでいずれ会えます」
「そうですか。ならそれまではのんびりとやらせてもらいます」
「はい。では朝霧 海さん。次の異世界では良き人生を」
すると身体が徐々に薄くなっていき目の前のリリィも見えなくなっていった。
完全に消えたカイを見送ったリリィ。
するとフッとその背後に軽くリリィの身長を超える老人が現れた。
「彼は行ったみたいだね」
「もうー!こういうことはおじいちゃんがやってよー!」
「すまない。彼に会うわけにはいかないからね」
「……会っても覚えてないのに??」
「それでも、彼には本当に申し訳ないことをした。だから会うわけにはいかないんだよ……」